表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/30

孤高の王者――2

PAGE25

 僕は産まれて初めて乗る新幹線に幾許の恐怖を感じていた。

「え、初めて? 本当? 本気?」と、何度もしつこく問う由兎の言葉の裏側には明確な嘲笑が覗える。実際、単純に驚いているだけなのかもしれないけれど、余裕のない僕としては嫌味のようにしか聞こえなかった。


 五月二日、早朝である。

 結局の所、僕は思い出したくも考えたくもない地獄の日から、一度も殺戮の世界に足を運んでいない。

 毎日のように出向きたい、と考えていたことは真新しい事実なのだけど、身を引き締めなければならない、というのも歴然とした真実なのだ。

 平和な世界で殺戮の世界の人間に襲われるなんて、揺るぎなく異常なことだ。

 それについて由兎も不思議そうに首を傾げていたし、僕もやっぱり不思議だった。花恋もそんな話は聞いたことがないと言う。

 そのことも踏まえて、僕は試合の時以外は地下に行くのは止めることにした。大会もあることだし、少しでも体を鍛えておきたいという想いが先行した。

 なので、あれから僕は自分に肉体的な虐待ともいえるトレーニングを課したわけだけど、まあ、ある程度は付け焼刃の気苦労減らしだ。そこまでの効果は望んでいない。

 たかだか一週間の鍛錬で人が変わったように強くなれるなら、人の域を超えた連中が蠢いている。

 僕が通っていた道場の草薙にしろ、紅練師範にしろ『化物級』と呼ばれはしても『化物』とは呼ばれていない。その微妙な違いこそが明白な理由だ。ただ――龍神は人の域を超えているとしか思えないけど。


 軽く今回の旅行についての資金源を説明しておかなければならない。

 その資金源、殆どが由兎持ちだ。

 僕と花恋も多少は出したのだけど、十分の八は由兎持ちである。

 第一に宿泊施設なのだが、これは以前に由兎に聞いていた通り、殺戮の世界で使える通貨――ポイントを使用して予約している。

 となると残りは移動資金なのだが、こちらもポイントを使っている。

 最初、僕は訳が解らなくて首を傾げたのだが、殺戮の世界のポイントを現実の日本通貨に変えることが可能なのだとか。レートは日本通貨の方が圧倒的に高く、相当のポイントを使って移動資金を出したなのだと由兎は言っていた。

 それに対して当然のように僕は遠慮したのだけど、「遠慮したところでお金なんて持ってないでしょ?」と言われて、僕は素直に頷くことしか出来なかった。

 僕達はまだ中学生なのだ。

 まあ、それでも、由兎はまだまだポイントが溢れるようにあるみたいだけど。

 僕も多少は日本通貨に変更しておいたけど、驚愕する位に高かった。ババロア兄弟戦のポイントがあらかた無くなった位だ。

 それでも中学生にしては財布が暖かい。一万円札が四枚、財布の中で寝息を立てている。


 新幹線に乗っている間、由兎も花恋も静かだったし、僕がずっと吐き気を催していることを除けば順風満帆だ。

 やたらと二人がUNOに誘ってくれたがどうにもそんな体力は無かったとだけ言っておこう。



「着いたーっ」


 東京。

 駅を出た瞬間に圧倒された。やはり僕は田舎者だったのだと感動の中で知ったのだ。

 軒並み建ち並ぶビルはどれも空にまで続いていて圧迫感と同時に胸が震える。


「ちょっと春空君。そんな所で固まってたら田舎者丸出しだから止めてくれないかなー」


 声の方に振り向くと由兎が恥ずかしそうに俯いていた。


「あ……」


 何故だか僕はそんな由兎を見て、全然彼女とは関係ない人物を思い出す。

 そういえば確か、僕があの村に行った時、あまりの田舎さに良い意味で感動していた時、今の由兎と同じような言葉で僕に声を掛けてきた奴がいたなー、と。


「どしたの? 本当に固まっちゃって」


「ん、ああ、ごめんごめん。なんでもないよ」


 そもそも、由兎とあいつじゃ似ても似つかない。ただ、懐かしい記憶を思い出せたことは僕にとって悪くないものだった。


「ふーん、そう。それじゃ、行くわよ」


「おう……って、花恋は?」


「あれ?」


 周りを見渡して花恋を探す。

 人並は想像よりは酷くないが、それでも大勢の人間が沢山いて、あの小さな花恋を見つけることは出来なかった。


「仕方ないわね」


 そう言って、由兎はポケットから携帯電話を取り出す。

 馴れた手つきでボタンを操作して電話を掛け始めた。

 僕はまだ携帯を持っていないから少々羨ましい限りである。


「もしもし。今何処にいるの?」

「え? 何処にいるか解んないって?」

「あーもう。周りに何かない? うん、うん。」

「解った解った。そこから動かないでね。直ぐに行くから。それじゃ」


 携帯電話をポケットに戻すと由兎は心底疲れたように溜息を吐く。


「どこにいるって?」


「そんなに離れてないから問題ないわ。はあ……先が思いやられるなあ。春空君も勝手に移動したりしないでよ?」


「わかった」


 ご立腹、では無さそうだけど、田舎者のお守りというのは面倒なのかもしれない。

 とりあえずここは由兎に従っておいた方がいいだろう。

 実際、行くべき場所も解らないのだし。


 花恋はそう遠くにいるわけじゃなく、案外近くにいて直ぐに見つかった。

 そこから僕と花恋は由兎にくっつくように並んで歩いた。否、由兎が離れるなと口煩かったから、ということもある。なぜだか言い訳がましくなってしまったけど一分の理由もない。


 目的地に向かう道中、昼時になったのも手伝って腹をすかせた僕達はファーストフード店で食事を済ませた。

 そして、目的地の駅に着いた時――否、実際はその前から驚きで溢れていた。満腹の満員電車も混雑しすぎたプラットホームも。けれど、目的地の駅、名前はよく聞く渋谷に着いた時、僕は改めて驚き、感動し、肝を冷やし、吐き気を催し、頭脳の神経伝達が活性化し、視界がぱちぱちと弾けるような――結果としてそれは不快でしかなかった。

 知らなかったが、ここまで多くの人が雑草のように、蟻のように群れているというのは相当のストレスらしい。


「ゆ、由兎。早く行こう……」


 僕が体の不調を訴えながら促すと、由兎は肩を竦めてから足を動かした。


「やっぱり()てられちゃったか」


「中てられた?」


「そう、中てられた。群集の中で生活できる人間とできない人間は元々いるけど、私や春空君のようなあちら側の人間はできなくて当たり前なのよ。ほら、花恋もこんな風になっちゃってるし」


 そう言われて花恋を見ると、とても辛そうに由兎に寄りかかりながらなんとか歩いている、という感じだ。


「以前に言ったでしょ? 遺伝子に元々殺人ができないようにプログラムされてるんじゃないか、って話。あれを仮定としてね、もしもそうなら、殺人できないプログラムが私達に無かったとしたら、人を見ただけで殺っちゃいたくなるんじゃないか、って思うの。あの地区は人が少ないから考えたりはしないけど、ここまで人が多いとね。枠組みが外れそうになるのよ。だから大都市の方が殺人件数が多かったんじゃないかな、昔は」


 言われてみて妙に納得する話だった。まあ、あくまでも仮定なのだから事実ではないかもしれないけれど、それが事実でも首を縦に振れる話だ。


「でも、由兎は平気そうだね」


「私は馴れてるから。我慢も馴れれるものなのよ」


 そういうものなのか。

 ともあれ、僕達は足早に目的地へと向かった。

 確か前に由兎が言っていたけれど、東京の出入り口は風俗店にあるのだという話だ。

 そのお陰で人ごみから避けることはできた。

 昼間からこんな場所を歩く僕達三人は目立つのだろうけど、夜に歩いていたら警察に止められかねない程に問題だ。


「……えっちな……お、店…………いっぱ、い……」


 どうしてだか花恋は目を輝かせて妖しい絵が描かれた看板を凝視している。

 この天然娘はいつもそうだが、見かけの割りに相当耳年増である。言動も些か問題だけど。


「ほら、行くわよ」


 由兎の先導の元、僕達は歩く。


「もうそろそろよ」


 と由兎が言ったが言わぬがその矢先の事だった。

 人気のない細い道路。並ぶ建つ如何わしい店の一件から、一人の男が待ち構えていたかのように飛び出してきた。

 片手にはウイスキーのボトル。迷彩柄のズボン。黒く光るアーミーブーツ。紺のタンクトップ。焦げ茶の髪がボサボサで、髭もだらしなく伸びきっている。


「久しぶりじゃねえか……糞ガキ共」


 岳虎寅一(たけとらとらいち)

 初対面では由兎に喧嘩を吹っかけマスターに銃を突きつけられ静止され、もう出番はないだろうと思っていたら二度目の登場で僕に決闘を挑むという形で現れて、これが三度目の登場。

 由兎はこめかみの血管を動かしながら臨戦態勢に入り、花恋は由兎の後ろに隠れた。

 僕は一歩前に出て、岳虎と睨みあう形で対峙する。

 三度目の登場。そして――四度目の対面である。


「久しぶりじゃんか、岳虎」


「おう、元気にしてたか? 糞ガキ」


「……は?」


 背中越しに由兎の呆気に取られた間抜けな声が聞こえてきた。


「なんでそんなに普通なの? 春空君」


「いや、僕が入院してた時なんだけどさ。どうやって調べたのか、見舞いに来たんだよね、こいつ」


「ああ? こいつ呼ばわりたぁ、相変わらず糞生意気なガキだなお前」


「そん時に意気投合しちゃってさ。話してみると意外に面白いんだよ、このおっさん」


「俺はまだ二十三だぁ!」


「……う、そ…………」


 花恋が珍しく感情を表情に出して絶句している。岳虎の年齢は髭やぼさぼさの髪のせいで確かにもっと老けて見えるが花恋を唸らすほどだったとは。


「でも、なんだか苛立っちゃうわね。このジジイ、私を散々侮辱したもの」


「うん。僕もそれは許せない。だからさ、次に岳虎と由兎が会った時、僕はこうしようって決めてたんだ」


 言いながら岳虎の腕を後ろから羽交い絞めにする。


「お、おい、糞ガキ。お前何を考えてやがる……」


「やっぱ世の中ギブアンドテイクじゃんか。狼藉(ギブ)アンド体罰(テイク)ってね」


「意味が丸っきり変わってんじゃ――ごふっ……」


 岳虎の言葉が言い終わならい内に由兎は岳虎の無防備な腹に怒りの拳を突き刺していた。鳩尾のいい所に入ったようで目をひん剥いて息が吸えないらしい。


「許してやるわよ。春空君が折角こういう機会を与えてくれたんだしね」


「寛大だな、由兎」


「てめぇら……勝手に納得してんじゃねぇ!!」


 声の怒気の割に殴りかかってくる気はないようで、岳虎は僕の腕を振り解くだけに終わった。

 まあ、見舞いに来た時に和解したからこそこの程度で済んでいるわけだけど。

 見舞い。

 元々は見舞いではなかった。

 最終的に何事もなく和解したから見舞いといえるだけで、あんなのは襲撃だ。


 簡略的に説明をするとこうだ。

 岳虎が僕のいる病室に肩を揺らして登場、出会い頭に岳虎にぶん殴られる、そのまま素手で喧嘩、和解。

 ……改めて考えるとなんなのだこの茶番劇は。馬鹿馬鹿しすぎて涙が出る。


「それじゃ行くわよ」


「…………おー……」


 だが、一番不憫なのは岳虎なのかもしれない。

 急に三枚目扱いだ。戦闘狂(ベルセルク)も形無しである。


     ***


 由兎が前に言っていた通り、東京の出入り口は風俗店の中にあった。

 それでも昼で営業していなかったのが幸いだ。営業していたらとてもじゃないが中に入れる雰囲気ではなかったと思う。

 店内は電気が点いていないから薄暗くてろくに前も見えなかったが、由兎が馴れで先導してくれた為に、目的の出入り口には直ぐに着いた。

 そこは個室の一つとされている場所。

 僕は由兎の後ろについて、その扉の向こうへと進んだ。


「これに乗って下に行くの」


 それはエレベーターだった。

 そういえば僕の地元の出入り口は長く揺るやかな下り坂を歩かなければならなかった。けれど、此処はエレベーターで一直線のようだ。

 これも都会や田舎の差なのだろうか?

 いきなり動き始めたエレベーターは体に物凄い負荷をかけた。

 臓物がせり上がっているのが解るほどにだ。

 それも、中々止まらない。一直線ならば直ぐに止まってもおかしくないのに。このスピードでこんなに下ると……どこまで行くのだろう。

 恐るべきことにエレベーターが止まったのは一分後だった。こんな重圧を一分というのは、変に癖になってしまいそうな感覚だ。

 遊園地にあるフリーウォールというアトラクションに似ている。


「……う…………うぇぇ……」


 花恋は酷く体を震わせていた。彼女はお気に召さなかったらしい。

 まあ、女の子にはキツイ感覚だろう。


「さーて、着いたわよー」


 たまに由兎が女の子かどうか不思議に思うことがある。例えば今とか。


「東の魔女ってのは肝の据わった嬢ちゃんだったんだなぁ。っかぁ、大変だなぁおい、糞ガキ」


「何か勘違いしてないか? 岳虎」


「……なんだよ、お前、魔女に惚れてんじゃねえのか」


「そう見えるか?」


「ああ」


 堂々と迷うことなく頷く岳虎。

 僕として全く本当に全然そんな気はないのだけど、そう見えるのだろうか。岳虎の目がおかしいのではないか?

 そんなことを考えていると、僕の腕に小さな妖精が絡まってきた。


「……春空は……わた、しの…………」


「……――がーっはっは! なんだよ糞ガキ、唾つけられてんじゃねえか!」


「花恋は少し変わってるんだよ」


 本当に変わってる子だ。どうしてだか僕に懐いているけど、花恋が僕に言う『好き』ってのは、本人さえも勘違いをしている別物なのだと思う。なにより僕は花恋が恋の対象には見られないわけだし。


 そんなやり取りを岳虎としていたら扉は開いていて、東京の地下ホールの全貌をこの目に映していた。


「凄い……滅茶苦茶大きくて広いんだな……」


 僕の目に映ったのは地元の地下ホールの二倍の面積はあろう場所だった。

 現在、一階にいるから天井が更に高く見えている。


「ここは本部みたいなものだからね。あの地方のホールとは比べられないわよ。四階あって、リングは二つ。その上、リングの周りを囲む観覧席もある。元々この大会を目的にして造られたかのような場所なのよ」


「……それ、に…………忘れちゃいけないのが…………東京地下名物……おでん……」


 花恋はおでんが好きなのだろうか。


「……おで、ん……」


 二度言ってきた。上目遣いで。瞳を潤ませて。

 後で買ってあげなくてはならないという強迫観念が迫る。末でなく現在進行形で恐ろしい子だ。


「はは、後でな。とりあえずエントリーしなくちゃ」


「そうね。それで……あいつはいいの?」


 由兎が指差したその先にはショットバーで開かれている簡易酒飲み大会に参加している岳虎の姿だった。


「いいよ。あいつはきっとそういう役割だから」


「あらそう。それじゃ、行くわよ」


 由兎の返答もまたあっけないものだった。

 和解したとはいえ、どうでもいいという観念はあるようだ。

 まあ、僕もそれには大いに賛成である。酔っ払いの相手は面倒だし。岳虎って酒癖悪魔のように悪いし。

 それも前に見舞いに来た時に知ったことだけど、あの時は看護師さんにセクハラばかりして大変だった。本当にあのおっさんは二十三才なのか疑うところである。


 岳虎を放って僕と由兎はエントリーをしにいった。大会初日の受付最終日だったが空いている訳ではなく、それなりの列が並んでいた。


「どれぐらいの人数が参加するんだろうな」


「さあね。去年は百二十人位だったから、それ位じゃないの?」


「結構多いんだな」


 確か、実際に死合をする闘士は三百人位なのだっけ。それで、大会に参加するのは百人ちょいか。納得のいく数字だ。

 そんな思案をしていると、僕は初めて実際にその姿を見た。

 そいつは生きる伝説とも呼ばれる、生きる屍造の大量殺人鬼。


「あれが龍神薫。神か……」


 龍神は背丈に不釣合いな大きいコートを羽織っていて、黒いフードを深く被って顔を闇に落としている。

 禍々しい。あんな人間がこの世に存在するのかと背筋が凍る。紛れもない化物の存在に動機が激しくなる。

 きっと、僕以外の奴も同じ気持ちになるのだろう。

 あれの素顔を見てみたい。

 たとえ黒かろうと悪魔だとろうと、龍神は間違いなく澄んでいる。澄みきった悪だ。様々な悪がいるこの世界で頂点に登り詰めた純粋な悪。


「珍しいわね。闘いの時以外に表に出てくるなんて」


「うわ……ほんも、の……」


 二人も龍神に注目していた。

 否、ホールにいる全ての人間が奴を見ていた。

 現れるだけで威圧感を。傍にいるだけで恐怖を。

 何百人もいる筈の大ホールが一瞬で静寂に堕ちる。

 命惜しくば姿を消せ。

 龍神は何も言っていないのにそう牽制されたかのような心になる。

 正しく神。神の如き存在感だ。

 圧倒された。

 圧倒の中で、僕はもう一つの姿を見る。

 その姿はとても懐かしい。そんな想いを僕に抱かせる。

 会わなくなってまだ三週間と少しなのに。

 それなのに、もうずっと会っていなかったような、そんな気がした。


「あの二人が並んで立っているなんて……聞いたことがないわ」


 龍神薫。

 天童泪。

 神と王が並び立ち、けれどお互いの存在を知らないように、餌を探すように、三階から一階を眺めている。

 瞬間、僕は泪と目が合ったような気がした。

 少し前までならばこんな言い方ではなくて――目が合ってしまった、と言っていたのに、今ではこんな言い方しかできない。

 それが僕達の関係性だろうか。元々僕達はなんだったのか。それさえも僕には解らないけれど。

 友達? 親友? 本当にそうだったのだろうか。

 

 泪が奥に姿を消した。

 暫くして、龍神も姿をくらました。

 二人がいなくなったことでホールに活気が取り戻される。

 いつの間にか僕は息を止めていたようで、肺に溜まった二酸化炭素を勢いよく放り出した。


「春空君。言っておくけど……万が一、龍神と死合(しあう)ことになったら、躊躇わずに棄権しなさいよ。あいつは容赦もしなければ加減もしない。間違いなく君は殺される」


「不甲斐ない話だけど、そうだな」


 今回、よほど組み合わせがよくなければ僕は優勝できないだろう。

 これはリーグ戦ではなくトーナメント戦だ。

 組み合わせ次第で誰が優勝するかなんて解らない。

 もしかしたら、龍神と出会う者全てが棄権して奴が優勝するかもしれないのだ。

 だから、どうなるかなんて解らない。


 僕達はエントリーを済ませて地下世界のホテルに向かう。

 部屋はもう予約済みだ。荷物を一度置きに行かなければならない。


「ごめん、先に行ってて」


 その道中。

 まるであの時の再現のようにあいつはそこにいた。

 僕は由兎にそう言って、荷物を置いて駆け出した。

 その姿を追いかける。優雅な廊下。真っ赤なカーペット。高価そうな電飾。

 きっと待っていたわけではないのだろう。

 そいつはどこかに向かっているようだった。


「待てよ。泪」


 泪の髪はまだ青いままだった。

 高校に入った当初はオレンジ、次は金、赤、と色々試して固定された青は変わらず、青いままだった。

 無言で振り返る。

 怒っているわけでも苛立っているわけでもない様子で、天童泪は僕を見た。

 無機質な瞳で。

 僕が誰だか解っていないかのように。僕なんて問題がないかのように。


「久しぶりだな」


「……そうだね。会うことになるとは思ってたけど、こんなに早いとは思わなかったよ」


「そりゃ早くにも会うだろう。あの時の借りもあるしな」


 あの時の借り、とまでは考えていない。いきなり腹を殴られた。別にそこまで気にしていることじゃない。


「思ってたより心が狭いんだね、春空は」


「そうだな。だから、我侭だって言うさ」


「我侭?」


「どうしてあの時、あんなことをいきなり言い出したんだよ。友達を辞めるとか、意味が解らねえ」


「良いじゃんか。春空はその方が良かったんでしょ? 俺と友達じゃない方が、良かったんでしょ? だから、それで良いんだよ」


「ふざけるな!」


「ふざけてるのは春空だろう!」


 初めて泪に怒りを向けられた気がした。

 なんだかんだで泪は、僕に怒ったことなんて一度もなかったような気がする。

 今まで生きてきて、唯の一度も。


「だから……言ったんだ。会うのが早すぎたって。まだ春空は俺のことを知っていない」


「なんだよそれ。意味不明だ」


「それでいいよ。今は。だから、今は悪いけど――さよならだ」


 何か来る。

 そう思って身構えてしまった。

 それが泪の計算通りだったのだろう。

 泪は一瞬を見逃さずに踵を返して逃亡した。

 直ぐに後を追いかけたけれど、元々あいつは天性の人間。

 僕と泪では基本的な身体能力が何から何まで違っていて、大した逃走劇もなく、見失ってしまう。


「なんだよ、あいつ……」


 それに。

 何がしたいんだ、僕は。



 暫く考えても答えは何一つ見つからなかった。

 僕は荷物を部屋に置きに行く為に元いた場所に戻る。

 先に行っていていいと言ったのに、そこには由兎と花恋まだいて、僕達は三人で部屋へと向かった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ