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回想――とある殺人犯の愛した物

回想PAGE3


 白の女。

 白から連想される幾つもの事柄を春空は幼いながらにも感じていた。

 清潔、基、潔癖。

 輝き、基、天空。

 神、天使、善、透明。

 或いは空白であり、現象。

 様々にそれぞれが交錯し何を見出すわけではない。だが、何よりも不可解な感動が春空にはあった。

 それが――戦慄。

 白い女は瞬時に判断できる程に衰弱しきっていて、針金細工のような線の細い体はぐったりと土に塗れている。

 その中で、不釣合いな瞳。

 ぎらぎらと力強く、敵意と悪意を放つ淡い虹彩の眼球が、女の雰囲気をがらりと固定していた。


 春空も姫子も幼い子供である。

 その上、山中で遭難、という異常事態も加わり二人の精神は弱っていた。

 だから、女の迫力は二人を怯えさせるには充分だった。充分すぎるほどに十全で、それが女の狙いだったのかは解らない。

 どうみても、このまま女が一人置き去りにされれば、女は成す術もなく死に至るのだろう。

 それなのにも関わらず、女は二人の子供を遠ざけようとしているだけだ。その真意は計れやしないが、誰にも計れないが――何より二人の子供はその真意どころか、白い女の行いに怯えるばかりではあるが、その筈なのだが――


「……大丈夫?」


 と、少年は言った。

 春空は怯えていない。戦慄し気圧され衝撃を受けたものの――それが怯えには繋がらなかった。

 春空の背中に隠れるようにしている姫子がくい、と裾を引っ張る。

 耳元で決して白い女には聞こえないように少女は囁く。


「逃げようよ」


 それは普通の反応だ。

 当たり前の反応であり、この場合異常なのは春空だった。

 ただ、春空にはどうしても逃げ出したくない理由があった。

 その理由を春空は漠然とした霧の靄としか受け止められていないが、それでもそういう物があるから逃げ出したくないと――否、白い女と話したいと、好奇心と興味本位に突き動かされて姫子の言葉に首を横に振った。

 姫子の制止を振り切り一歩、また一歩と足を踏み出して、元々少なかった距離を詰めた春空は再度口を開く。


「大丈夫?」


 未だ白い女の目は春空を一身に睨みつけていた。

 まるで人の目ではないかのような眼で、春空を睨みつけていた。

 余すことなく、春空が憎むべき敵であるかのように。


 その視線を存分に春空は感じている。

 それに対して怯えるわけでも、嘲笑するわけでも、臆するわけでも、見下すわけでもなく、春空は奥歯を噛み締めて心を決めた。


「ごめんね」


 一言謝ったのは、春空が子供ながらに女に嫌われていると感じたからだ。

 その憎しみ募る視線をその程度と感じるのは些か普通のことではないのだが、春空はなぜかそう思った。

 きっとそれは、春空が既に決めていたからのだろう。

 この女性を助けたい、と。

 だから春空は一言謝り、小さな自分の体躯の倍はあるだろう女を背中に担いだ。

 先述の通り女は衰弱しきっている為、かなりぎりぎりではあるが子供の春空でもおぶることが出来た。

 それでも、自分と同等の重さを持ち、尚且つバランスも保てず、相手からの協力もないというのはかなりの重労働であった。

 否、重労働という言葉では済まされない、拷問に等しい運動であった。


 春空がそこまでするならと、姫子も春空を手伝い、女を後ろから持ち上げ、少しでも春空の負担を軽くするように勤めた。

 その想いも通じたのか、春空達は下山することができた。

 無事、と表現できることはなかったにしろ、命の在るままに下山できた。

 とっくに夜は老けてしまっていて、二人は両親に存分に説教されることとなったが、なによりも、背中に担がれた女を見た村人達は、急いで救命活動に取り掛かる。


 春空は、親に散々説教され、尚且つ姉に散々泣き喚かれ、使い果たした体力を振り絞り、自らが助けた女がいる場所まで行き、その傍らで眠りについた。

 この時ばかりは春空の親も姉も、そして姫子も何も言わずに見守ったが、春空のどこか奇異な行動に首を傾げるばかりだった。




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