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平和な世界――10

PAGE23

 夢がなんの為に存在するか。

 この場合、眠っている時に脳の記憶処理に見る夢だろうと、人間が将来の目標として見据えて想像する夢だろうと同じことだ。

 どうして人は夢を見るのか、診るのか、観るのか、視るのか。

 双方に共通しているのは決してポジティブな笑い種ではなく、ネガティブだと笑い種にされる問題点。

 全ては現在ではない、という点に限りそれは正しい。

 生態学における夢も、抽象観念の夢も、過去であり、未来の妄想だ。

 そんなことを考えていた。

 純真な闇の中で。

 限りない闇。限りない黒。

 夢の中で僕は瞼を閉じている。

 光が視たいなら開ければいい。だけど、閉じてなければならない理由があるから閉じているのだと認識している。

 ぼう、と浮かび上がる右側には低俗な笑い声で由兎を侮辱したとある兄弟の片割れ。

 ぼう、と浮かび上がる左側には金に目の眩んだプロの殺し屋である傭兵の姿。

 限りなく黒い闇の中で、更に影を持って存在を示す。

 僕とこの二人の何が違うと言うのだろう。

 僕とこの二人の何が違うと言えるだろう。

 総じて、僕もあいつもこいつも、人殺しじゃないか。

 人を殺して快楽を得る――人間の中で化け物扱いされる存在じゃないか。

 人の肉を抉り、人の骨を砕き、人の喉を刈る、化け物じゃないか。

 何も違わない。全てが同じではなくても、何も違わない。

 認めると、二人の姿は闇に融解した。

 そんな中、一人、浮かんだ炎の存在。

 白い鬼。

 どんな闇の中でも一際の光で存在を放ち闇を穿つ純白の鬼。

 彼女は、彼女だけは。

 そう、違った。僕とは何もかもが違った。

 言うなればその純白の鬼は、まだ人を殺したことすらなかった。

 奪われつくした存在だった。

 その純白の鬼を呼び出して――そう、山だ。

 山の中に呼び出して、太陽が赤焼けを放ち森が大きく燃える頃、僕は彼女から奪った。

 奪ったのだ。

 最後の欠片。

 彼女の希望。

 彼女の人としての部分を。

 僕は彼女に触れることすら敵わない。



     ***


 目が覚めて一番に飛び込んで来たのは姉さんの顔だった。

 瞳に涙を一杯溜めて、僕と目が合った瞬間に全てが弾け、大泣きを始める。


「ばかあきー、ばかあきのばかー」


 名前の略称と共に一気に三回も馬鹿呼ばわりされて苛立つ力も入らない。

 直ぐに把握は出来なかったけど、どうやらここは病院のようだ。

 姉さんがいる、ということは平和な世界の正規の病院なのだろう。

 簡素なベッドの上に仰向けで寝転がっている視界を少し動かして、姉さんとは逆側の位置に何かがいると感じる。

 それは金髪で、窓の外は夜で、蛍光灯に鮮やかに照らされた神に見初められた美しさを持つ少女。

 一見にして彼女を少女というのは間違いだろう。何せ彼女は時折、男から見ても凛々しいと感じさせる側面があり、中世的な美貌を備えているのだから。


「おはよう、由兎」


 姉さんは未だに僕の右腕に泣き崩れている。もう少し放っておくことにしよう。


「おはよう、春空君」


 現状の把握は出来た。

 が、状況の把握は雲を掴むような物だ。


「僕はどうして此処にいるの?」


 そう、由兎に聞く。

 すると由兎は少女らしからぬ大人びた顔つきで微笑んだ。

 こんな怪我を負う何かに出くわしたんだ。記憶が錯乱していて問題はない、筈。


「覚えてない? 貴方は変態の暴漢に襲われたのよ。私が直ぐに救急車を呼んで助けを求めたのだけど、その暴漢は嬲るだけじゃ気が済まなかったのか、貴方のカッターシャツを奪って逃走したわ。本当に災難だったわね」


 姉さんがいるからだろう、由兎はなるべく感情的に話すように勤めているようだ。

 あまり淡々と話していては真実味に欠ける、と踏んだのだろう。

 カッターシャツ? と、視線を明後日に向けて考えてみるが直ぐに理解した。

 ああ、そういえば返り血でベッタリと汚れていたな、と。僕が出血するような怪我を負っていない筈だから由兎が捨ててきたのだろう。

 ということは由兎に上半身裸の状態を見られたわけか。

 ううん、なんだか気恥ずかしい。


「目が覚めたのなら良かったわ。検査で三日間入院の後、退院だそうよ。それじゃあね」


「うん、ありがとう」


 立ち上がり帰ろうとする由兎を感じて泣きじゃくっていた姉さんが体を起こす。


「あ、あの、救急車を呼んでくれて、本当にありがとうね」


 過程は大幅に違うけどね、と心の中で姉さんに思う。


「いいですよ。春空君は大切な友達ですから」


 と、返した由兎に流石の姉さんも膨れっ面で対応、なんてことは無かった。

 由兎は足取りを軽やかに病室から去っていく。


「ねえ、春空ー」


「どうしたの?」


「あの子、いい子だねー」


「あー、まあ、うん。そうだね」


 由兎が善い子か良い子か僕には判別できない。

 彼女もまた、人殺しに快楽を求める同種だから。

 世間ではそれを善い子とは呼ばないだろう。


「付き合ってるの?」


 姉さんがそんな言い方をするものだから、由兎の方から付き合っていると自己申告しているようではなかった。


「いや、友達かな」


「良かったー。あんな綺麗な子が相手じゃ姉さん敵わないよー」


 いや、競うなよ。

 ぐでー、と僕に覆いかぶさるように倒れる姉さん。

 あ、あの、正直申しますと滅茶苦茶痛いです、姉さん。

 という言葉を心の中で留めて置いたのは、少なからず姉さんに心配をかけてしまい、また、僕が嘘をついているという引け目があったからなのだろう。

 ――夜が存在を濃くする。

 夜が老ける。


     ***


 昨晩、両親もロビーに来ていたという事実を知ったのは二人が尋ねて来た時だ。

 一応面会時間は終わっているものだから二人はロビーで待っていたらしい。

 姉さんは「離れたくないー」と駄々を捏ねて看護師さんを困らせたらしい。

 全く、あれで高校三年生なのだと言うから問題だ。

 いくらなんでもアレはないだろう。

 バイト先のメイド喫茶も楽しくやっているようだし。

 両親に「少し記憶がないんだけど」と、暴漢に襲われたという前後の記憶がないこと説明すると、僕の具合を少し心配もしたが、致し方ない、と納得し、暫くして帰って行った。姉さんは帰らなかったけど。

 姉さんは学校を休んだようだったけどバイトは休めなかったらしく、三時頃に一回家に帰ると姉さんは帰っていった。

 この病室は大部屋で四人が同席している。

 昼過ぎのこの時間、最も活発化している時間帯なのか隣の人も少し騒がしかった。

 まあ、姉さんの騒がしさの比ではないけど。

 四時過ぎのことだ。

 珍客、ではないのかもしれないが僕にとって会うのはまだ二度目だし、珍客と言えなくもないのだと思う。


「来てくれたんだ、花恋」


「由兎に……聞いた…………」


 相変わらず独特の空気を持った少女だ。

 僕の時間と彼女の時間がずれているような錯覚は言いえて妙だが錯覚ではない気がする。

 薄紫色の髪の毛が空いた窓から流れる風に踊っている。確か、初めて見た時も髪が踊っていた気がする。

 まあ、長い髪だから当然ではあるけれど。


「かけなよ」


 さっきまで姉さんが座っていた椅子に腰掛けるよう薦めると「ありがとう」と淡白に返事をして花恋は座った。

 まるで人形がそこにいるかのような精巧な顔の作りに少し、息を呑んだ。

 その瞳の焦点は僕に向いている、というより最早凝視に近い。


「……だいじょう、ぶ……?」


「まだ体は痛いけどね。一日眠ったお陰か動くようにはなった」


 正直、昨日起きた後は全身が痛くて体が動かせず、トイレに行くことすらままならなかった。

 姉さんがいてくれたのは助かったといえる。

 右腕は未だに動かせそうもないけど。


「……あっちの……世界の……住人だって…………」


「……そうなんだ。だから、花恋も僕達の近くにいたら不味いかもしれない」


「へい、き」


 その言葉は花恋にしては反応が速く、又、強気な口調でもあった。


「私も……闘えない……ことはない……」


「だけどさ……」


「へい、き」


 押し切られてしまった。

 由兎も花恋も共通して頼りなさげな体格なのだが、由兎は流れで一度、強いというのをこの眼で見ているしあの性格だからそこまで心配はしていない。

 けど、花恋はどうだろう。

 由兎よりも二周りは小さい体つき。のんびりとした性格。

 とてもじゃないが見ていられないと思う。


「実、は……合気道の……神童……」


「そうだったの?」


 それなら心配所か大戦力だ。

 下手をすれば僕より強――「う、そ」


 嘘かよ。なんの嘘だよ。

 というよりこの場面で嘘をつくなよ。


「間違え、た……冗談」


 言い直す必要あったのかよ。しかもこの場面で冗談かよ。

 流石花恋だよ。天然お嬢様万歳だ。

 勝てる気がしない。


「でも、大丈夫……じゃなくても……護って……?」


 僕は花恋の言葉に図々しいと感じることはなく、逆に、護ってあげたいとさえ思った。

 何処の世界にいるというのだろう。

 美少女に「護って?」と――決して花恋だから涙を潤ませてはいないのだが――お願いされて首を横に振るような奴。

 僕は何も考えずにOKサインを出した。

 ああ、これはこれで面倒な気がする。

 僕に人を護りながら闘い抜く力があるとは思えない。

 近々真面目に特訓しなければならないのかもしれない。

 受験生だってのに、何をやってるんだろう、僕。


「はぁ」


 どうしようもない溜息が一つ零れ落ちる。


「あれ、そういえば由兎は?」


「用事があるとかで……いない……」


「そっか」


 由兎に昨日のこと聞きたかったんだけどな。

 僕が意識を失った後、由兎ならあの糞ガキから何かを聞き出せたのかと思ったんだけど。


「……あ」


 思い出した。

 岳虎寅一との闘い、忘れていた。

 闘争溢れる性格だから僕がベストコンディションになるまで待っていてはくれるだろうけど、なんだか情けない話だ。

 ……まあいいか。なんだかもう、面倒くさい。

 少し疲れたというのも間違いではない。

 待っていて貰おう。その内に来るだろう。やらなければならない時に、やるべき時が。


 なんだか心の中が随分と楽になった気がして安心したのか大きく伸びをした。


「いってえ!」


 激痛が体中に雷鳴のように走る。

 まだまだ本調子には程遠い。


「くす……くすくす……」


 そんな僕の様子を見て花恋が笑っていた。

 面白い、のか?


「……えい」


 と、花恋が突いたのは包帯塗れの僕の右腕。


「――っ!! 何するんだよ、花恋!」


「……くすくすくす」


 完璧に遊ばれている。

 ……まあ、いいか。

 滅多に笑わない花恋が解り易い位に笑っているんだし。

 程よい気候の中で花恋の空気に染まったのか病室内はどこか穏かに時を刻んでいた。

 外をみると、まだ晴れだ。

 今にして思えばまだ由兎と会ってから五日しか経ってないのだな、と思うと不思議な気分になる。

 一ヶ月も二ヶ月も経ったかのような、そんな濃密な時間を過ごしていた。


「春が終わる、か……」


 陽気もずっと続くことはない。

 寧ろ終わるから始まる陽気なのだ。

 そして、この陽気が終われば次に来るのはどんな季節だろう?

 考えもせず、それは夏だな、と思い当たる。


「花恋、夏になったらさ、海に行かない?」


「海……春空……えっち……」


「えっち!? どうして僕がいきなりそんな扱いに!?」


「海……スイカ……水着……」


「解った。水着を連想したのは解った。けど間にどうしてスイカを挟んだのかは解らない」


「……小粋な、ジョーク」


 決して小粋ではなかったと思う。


「いい、よ……私は……好きだから……」


「花恋も海好きなんだ。意外だね」


 真っ白な肌は太陽の光を知らないようにも思える。

 花恋が海で泳いでいたら、それはとても美しい光景なのだろう。

 そこに、由兎もいれば尚更だ。


「……そうだ、ね…………えい」


 つん、と負傷した今回一番の大怪我である右腕を突く花恋。


「――っ!!」


 どうやら気に入ってしまったらしい。

 突かれる僕としては勘弁して欲しいのだが。


 緩やかな時の中で僕と花恋は暫くの間、馬鹿みたいに友達を続けていた。

 うん、きっと、友達ってこういうことを言うのだろうなと感慨に拭ける。

 もっと早くに知っておけば、泪とも友達をやっていられたかな?

 その疑問に答えるあいつはもういないけれど。



     *** 


 松田デパートと言えば春空等が住む近くの商店街で最も大きく有名なデパートだ。

 八階建てのデパートはこの田舎町では珍しく、内容も充実していることから学生にも家族連れにも老人にも評判が良い。

 その屋上は子供達が遊べる小さなゴーカートと小さなメリーゴーランドがあった。

 そして、この松田デパートを一躍有名にしたのが、屋上の観覧車だ。

 観覧車は安全に安全を重ねて危険を排除している。その為、観覧車の設置されている場所は屋上の中心、と配慮がある。

 その位置なら万が一故障がおきても問題なく対処出来るだろう。

 その考えは正しかった。全く、間違いではなかった。

 ただ、それは故障に至っての話であり、ただそれだけで完結してしまう。

 こと、こういう場合においては屋上の観覧車は何も悪くない。

 悪いのは当然、反抗に及んだ者であり、その観覧車はその者に目をつけられてしまった。ただ、それだけだ。

 そして――時は春空と花恋が病室で雑談を交わしているのと殆ど変わらないその日も、デパートはある程度賑わっていて、観覧車にも五組の客が乗っていた。

 カップルもいれば、家族もいる。子供だけで乗っていることもある。

 そんな彼らにとってその日起きてしまったことは――悲劇でしかない。


「ふん、喜劇だ」


 だが、彼にとって喜劇でしかないようだった。

 その男はデパートから離れたビルの屋上で、双眼鏡越しに観覧車を眺め、携帯のボタンを幾つか押した。

 通話ボタンを押し、二度、鳴った時。

 観覧車を支える四本の柱が爆発した。

 八階建ての屋上で支えを失った観覧車が大きな音を立ててコンクリートにぶつかり、地獄絵図を見たかのような絶叫と悲鳴が叫ばれる。

 円形の観覧車はそれが正しい行いであるかのようにゆっくりと回り始め、壁際のフェンスにぶつかり、落ちた。

 悲鳴が幾度も重なり果てしない相乗を生み出し、商店街に響き渡った。


「喜劇の、始まりだ」


 その男は立ち上がり、大きな空をふと仰ぐ。

 天を突く青の怒髪、振って沸いた王の称号。

 幼い顔立ちに隠した鬼の心。

 天童泪。

 神の子は、その日、初めて地上に降り立った。



第三章、終わりです。

うーん……まだまだ続きます。

かなり続きそうな予感です。申し訳ないです。

宜しければお付き合いください。

それではまた。

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