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平和な世界――9

PAGE21


 傭兵ザグナル。

 いざ殺し合おうと一歩踏み出し対峙してみると、改めて解る迫力と強さ。

 ババロア兄弟は巨大だった。だが、彼等はプロレスラー体型ということもあって筋肉の上に脂肪がある。だから、巨大なのだ。

 このザグナルという金髪の男。刈り立った髪を支えるのは百戦錬磨を思わせる自信満々の顔つき、そして余すことなく膨張された筋肉。

 ババロア兄弟が巨大というなら、ザグナルは強大だ。圧倒的に強力なのは一目見れば解る。

 ザグナルはガムを噛んでいるのか口を動かしながら笑みを浮かべている。正に余裕と言わんばかりの表情に頭の片隅が怒りでスパークしそうになる。

 だが、もしそうなれば――僕は死ぬだろう。

 身長百七十一センチの僕に対してザグナルは百九十を越していそうな体躯だ。

 まず、一撃の重みが圧倒的に違う。僕が何撃打ち込めばザグナルを倒せるか解らない。だが、ザグナルの一撃で僕は沈む。圧倒的な違い。

 スポーツで階級が分けられているのはその為だ。当然、体が重ければ動きが遅くなる。しかしそれは一般論だ。果たして一般論がこいつに通じるかどうか――試すか。


 ソーンナックルを装着した拳を顎の前で構え、足は踵を少し浮き気味にして全身を柔らかくする。

 所謂ボクサーの真似事だ。空手家の僕としては動き難い構えではあるけど、避けるという一部分に対してはこの構えの方が動き易い。空手はあくまでべた足だから俊敏性にかける、と言った点は否めない。僕は達人でもないのだし。

 構えた所――ザグナルは打ち込んでこない。余裕の表れかどうか、と考えている時。


「ヘイヘーイ、弱虫ボーイ、Come o-n!!」


 ザグナルがお前から来いと態度でも示す。

 こめかみに血管がぴくりと浮く。

 余裕の表れにしろ腹が立つものは立つのだ。

 だが、ここで怒れば破産だ。闇に突っ込むような馬鹿には成りたくない。

 油断しているならチャンスだ。僕の方から突っ込まなければならないのが問題だが。

 正直、相手の出方を見たかった。情報もなくプロのプレイヤーと闘いたくはなかった、がこれ以上待っているのは無駄だろう。

 なにより――癪だ。


「黙れ!」

 挑発に乗ったフリを一言発して猿真似宜しくにボクサーの構えのまま体のリズムに任せて直進する。

 待っていたかと言わんばかりにザグナルが片手を振り上げた。

 カウンターというにはお粗末な開始地点だ。なにせ僕はまだ拳を動かしてはおらず顎の前なのだから。

 ザグナルは狙っていたのだろう。僕が怒りに任せて直進することを。

 そんな頭の回らない馬鹿と同じに扱われたことに対して苛立ちはするが。


 ザグナルの振り下ろされた右拳を容易に左斜め前に踏み込み避ける。

 隙だらけのわき腹に一発ぶち込んでやろうとし、悪寒を感じてザグナルの顔を見た。

 こいつ、僕を見ている。

 それも恐怖に怯えたわけでも、これから来る痛みに耐えるわけでも、避けられたことに対する驚きの表情でもない。

 悪魔の如き顔だ。未だ変わらぬ余裕の笑みが酷く歪んで狂喜に満ちて――僕は気付く。嵌められたのだ、と。

 ザグナルは最初から油断していなかった。全力かどうかは計れないが、余裕ではあったのかもしれないが、最初から油断は何一つしていなかった。

 だから、シミュレートされていたのだ。

 僕が突撃し、ザグナルが殴る。その攻撃を避けた時の俺の行動を既に予測演算(シミュレート)されていたのだ。

 つまりそれは、例えば僕が右に避けた可能性もバックステップで避けた可能性も、そして――左に避けた可能性も考えられていて、そこまで考えているということは単純に反撃の行動まで決めているということ。

 だからザグナルは――既に腰の回転を戻して左の拳を横に刈り取るように僕を狙い放っていた。

 ザグナルのわき腹に隠れていた僕だがザグナルの回転で真正面に来てしまっている。仮にこのまま僕が一撃をザグナルに放つとしても僕の拳が届ききる前に僕が吹っ飛ばされてしまうだろう。

 そして、ここで話は戻る。

 僕の一撃とザグナルの一撃、物理的に重みは違いすぎる。

 ザグナルの拳が届く前に――僕は飛んだ。

 元々ザグナルの攻撃を避ける為に僕は左側に踏み込んでいる。ザグナルのわき腹に一発入れようと踏みとどまった僕だけど、慣性の力は瞬間では消えない。

 だから、咄嗟に飛んだ。

 ザグナルに臆したと言えなくもない。

 ザグナルの殺気に臆したわけではない。

 ザグナルの確実な殺力に臆した。

 ザグナルの一撃で僕を葬れるという過信ではない自信に臆した。

 だからどうした、と僕は思う。

 恐怖は自身を護る十全な武器だ。恐怖なくして無傷は有り得ない。そして、ザグナルを相手にするなら無傷でないと勝てない。


 飛んだ僕の後ろで豪腕が唸ったのが風を伝って理解できた。

 幸い、足を掴まれることもなかったらしい。

 直ぐに前転で受身を取って立ち上がり振り返る。


「A-ha!! hahaha-!! ボッちゃん、こいつ弱すぎマース」

「ごめんよ、ザグナル。久々に呼び出しておいてこんな雑魚が相手で。でもね、殺さなきゃ駄目なんだよ」

「いいデース! ボッちゃん金モチ! 金をクれるならなんでも殺しマース」


 は、はは。

 笑えてくる。久々に己の弱さを痛感した。

 最近は空手の大会にも出ていなかったし、僕より強いのは館長だけだったもんな。

 これは真面目に命の危機かもしれなかった。

 だが、まだ大丈夫だ。

 なにせ勝算はある。

 あまり好きではないにしろ今の攻防で一つ解った。

 俺はこいつを――殺せる。


 額に流れた冷たい汗を裾で拭き取る。 

 ザグナルはまた俺に焦点を合わせてにやりと笑った。

 全く(したた)かで問題児だ。ここまで強ければ普通、油断も過信も抱くのだが。

 強かだからこそ最強。弱いから強い、か。

 ならば逆も然り、強いから弱いも当て嵌まる。否、それは結果論だ。だから俺は――当て嵌める。


 両手を横に広げて強く睨む。

 だが、あくまでも強かに。

 そう、こちらが強者であるかのように。


「来いよチキン野朗。直ぐにホットドックの具にしてやるからよ。ケチャップは多めでいいよな? お前の血の味がするだろうが」


 強いなら弱い。

 強さの悪魔は自信だ。自信を逆手に取ればいい。

 ザグナルは噛んでいたガムを地面に吐き捨て、その昔、日本人に鬼と形容されたのが納得出来る面で僕を見下ろした。人にもよるが自国のジョークの形で挑発されるというのは耐え難い苦痛と感じる外人は多い。幸いかどうか、日本人は自国を大切にする心が低いからそうはならないのだが。

 最強のプライドはとても強固で巨大だ。

 だからそれが最弱に繋がる。

 ……ザグナルがさっきまで何パーセントの実力を発揮していたかが問題ではあるけれど。


「ブッ殺してやル! イエローモンキー!」


 ザグナルが筋肉隆々の体を揺らして迫ってくる。

 本番はまだまだこれからだ、と僕は左手を前に、右手を腰元に、半身引いてのいつもの構えを造り上げた。



     ***


「ありがとう、大好きだ。由兎」


 妙な告白、ではなく春空にとっては高揚の一種でその言葉を口にしただけなのだろうが由兎の方は真面目に慌てていた。


「い、いきなり何言い出すのよ、馬鹿じゃないの、TPOを弁えなさいよ、TPO知らないの、ねえ?」


 と、由兎が聞き返した所で春空はとっくに臨戦態勢に入っていてザグナルと対峙している。由兎の声はどうやら耳に入っていないようだ。

 そんな春空の態度に機嫌を害した由兎は頬を膨らませて「後で覚えておきなさいよ……」と拳を握り振るわせる。

 しかし、由兎にとっての当面の問題は春空への復讐ではなく、残された雑魚の片付けだ。

 二人にとって残りの五人は雑魚なのだから、由兎が一人で相手をしても雑魚なのだ。だが、雑魚を放っておいて下手にザグナルとの戦闘に介入されては問題となる。雑魚でも春空のリズムを狂わせることは出来るだろう。


「ここでこいつらが春空君の邪魔をしたら、後で何言われるか解んないわね」


 一つ溜息を吐いて自慢のペーパーナイフを構える。


「東の魔女も王様の側近には形無し、か」


 言っていて若干悲しくなる言葉ではあった。

 春空には由兎の脆い部分を見せてしまったせいかどうにも強気に出られない時がある。

 こと、春空が殺意を零れだしている時――岳虎寅一に言わせてみれば狂戦士(バーサーカー)状態の時は特にそうだ。


「五人で掛かれば問題ねえ! 行くぞ!」


 あからさまに三流の雑魚の台詞に由兎はもう一度溜息を吐いた。

 少し、面倒ね、と。


 瞬殺、というのは春空が一人目に倒した男。

 そして、この時の由兎の戦闘も又、瞬殺だった。


 五人の男達は一斉に由兎に襲い掛かった。

 配列としては二人、二人、一人とそこまで悪くはなかったのだろう。

 ただ、雑魚を固めても雑魚は雑魚だ。

 中国が三国に分かれていた時代に一騎当千という言葉が作られたという事実から推測される真実。

 圧倒的強者の前で弱者は塵にも劣る。

 塵ならば――目に入り由兎の視界を奪う可能性もあるだろう。

 弱者ならば――彼女の体に触れることすら敵わないだろう。

 正に一瞬だった。

 瞬殺、なればこその一瞬だった。

 迫り来る五人の男の間をただすり抜けただけだった。

 否、実際にはそれは違うのだが、彼女の動きを完璧に捉えることは春空ですら難しい。

 魔女が通り過ぎた時、その場に魔法がかかり時が止まったかのように五人は微動だにしなかった。

 刹那――廃墟に響く五人の断末魔。

 雑魚はそれぞれ血の涙を流して必死に片目を抑えていた。

 とても柔く脆く鍛えようのない眼球から流される血の涙。


「はあ、疲れる」


 今の動きこそが相羽由兎のトップスピードであり、本気だ。

 油断も余裕も取っ払った真実の力。

 魔女の異名に違わぬ実力だった。



     ***


 傭兵が主になんの武術を訓練しているのか僕は知らないけれど、ザグナルの動きは野生的で武術の流れを汲んだ動きではなかった。

 だから、勝算がある――わけではない。

 それは僕にとって有利に働く事象じゃない。

 喧嘩屋の動きは読みづらい。まさかこんなところで? と考えたくなるような大技を使ってくるかと思えば小気味な技を使ってくる。

 喧嘩屋は暴力に意地と快楽を見出している。自衛と闘争を表裏にする武術とは根本が違うのだ。

 純粋な暴力。その言葉が喧嘩屋に最も適していると言えるだろう。


 ザグナルは俊敏に間合いを詰めて僕をなんの変哲もなく押そうと左腕を突き出している。

 この状況に置いてそれは正答だった。

 少なくとも僕には充分な効果を発する。

 今の僕の構えなら踏ん張ることは出来る。それでもバランスを崩すことになる。つまり、隙が生まれる。

 だから僕は避けなくてはいけなかった。

 今のザグナルは僕の言葉に血を活性化させている。細かいシミュレートは困難だろう。

 僕はザグナルの左腕を――避けなかった。

 僕の元々前に出している左手でザグナルの左腕を内側からひょいと押す。

 それだけでザグナルの動きが乱れる。

 受けられることを想定していなかったのかザグナルは酷く単調な右ストレートを放った。


 ……先程の攻防で解ったこと。

 ザグナルの動きが見えるということだ。

 圧倒的な実力差はない。素早さに関しては僕の方が一歩秀でている。

 怒りに浸透したザグナルの動きは先程よりも確かに速い。だが、それだけだ。速いだけで問題はない。

 だから僕は先に一歩踏み込んで右の正拳を腹に打ち込んだ。

 ザグナルの右腕が止まり体も一瞬硬直した。

 いかに破壊力に差があろうと僕の拳は棘付きの重り付きだ。効かない訳がない。

 それでも流石に屈強な傭兵だった。

 直ぐに僕を捕まえようと両手を動かす。

 だが僕の動きは元から止まっていない。

 一瞬止まったザグナルの動きと、ザグナルより速く動ける止まっていなかった僕の動き。

 僕の左の正拳突きがザグナルの腹に刺さりこむ。

 心地いい音でザグナルを喰らう左拳。だがまだ止まらない。

 再度右の拳をザグナルに放った。

 そして、その拳は見事にザグナルの喉に突き刺さる。

 打ち込まれても吹っ飛ばされることなく倒れることない屈強で強大な体が招いた悲劇とでも言うべきか、お陰で三連撃をザグナルに放てた。

 結果としてザグナルには腹に穴が八つ。喉に穴が三つ開いた。


「なにっ!?」


 それなのにも関わらずザグナルは戦意を喪失することなく両手を交差させて目の前にいる僕を捕まえた。

 ベアハッグ、と言う業か。力があるだけで技術はいらない業。そして、僕とザグナルの体格差ならかなり効果的な業だ。

 ザグナルは喉に穴を開けている。これが気道に達していれば重傷、否、瀕死なのだがどうやらそうではなかったらしい。

 浅かったか、或いはザグナルが咄嗟に一歩後ろに下がったのかもしれない。

 なんにせよ状況は最悪だった。


「HahahahaAaaAA!!」


 悪魔は狂喜し更に力を強める。


「う、うあがっ」


 肉も骨も悲鳴をあげていた。

 力の差ではどうしようも敵わない。

 三連撃与えたことで僕に油断が産まれたのかもしれない。

 そういえば、館長も「大切なのは残心だ」って口を酸っぱくして言ってたな。


 ザグナルが僕を捕まえたまま体を移動させる。

 僕はどこに移動しているか解らないが揺れているのは把握できた。

 再度力を込められて一瞬の最大出力に対して僕の腕が奇妙な音を立てた。


「あああぁぁぁぁあぁぁあ!!」


 痛みとして認識出来ない痛みは喉から叫ぶことでしか表わせられない。

 ぶちん、という音と共に右腕が垂れ下がった。

 骨が折れたんじゃない。肉が断裂したのだ。


 痛みに意識が朦朧とする。

 このまま眠らせてくれとさえ幻聴が鳴る。

 でも――負けたくない。

 右腕を失おうとも、例え口だけになろうとも、負けたくはないのだ。

 憎い、こいつが憎い。類稀な体格を手に入れたこいつが憎い。

 僕の右腕を奪ったこいつが憎い。

 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!

 海の底より深い、マントルから湧き上がる濃い生粋の憎しみ。


「あああぁぁぁあああぁぁぁあああぁぁあああああぁぁぁぁあああああ!!」


 殺す。

 殺してやる。

 口だけになろう、ともだ。



 両腕で拘束された僕に残されているのは正真正銘口だけだった。

 その口で、眼前にある逞しいザグナルの胸筋に噛みつく。

 微動だにせずに腕に力を込めるザグナルだが、今の僕に痛みはなかった。

 噛みついた顎に力を込めて、込めて、込めて、込めて、噛み千切る。


「Ohuuuu!!」


 肉を噛み千切られて痛がらない人間はいない。

 ザグナルの腕の力が緩んだ刹那、僕は残っていた左腕を伸ばして穴の空いたザグナルの喉に指を突っ込んだ。

 きっと、この世で味わう痛みではないだろう。

 そして、自分の体を侵食されているという奇妙な感覚に吐き気を催すばかりだろう。

 知ったことか、と僕は指に力を入れた。

 ゆっくり、少しずつではあるがザグナルの喉に僕の手が食い込んでいく。

 この時になってようやくザグナルは腕で僕の手を掴みにかかった。

 だが――遅い。

 地に着いた足に力を込めて、僕は指を釣り針のように曲げて一気に引っ張り肉を裂いた。


「AAAaaaaaAAaAAaAAaAAAAAAaAAAAAAAA!!」


 止め処なく流れ溢れる流血は噴水のように。

 ザグナルは両手で喉元を抑えるが撒き散らす流血に際限はない。


 僕は、残った左手を握り締め、ただ刺すだけの目的でザグナルの腹に幾度も撃ち込んだ。

 穴だらけになったザグナルの腹。数が数だけに痛みにもがく。拷問器具と由兎に呼ばれたソーンナックルの本領発揮だった。

 ザグナルが喉と腹に手を当てて屈んだ時。

 それが勝負の終わりを告げた。


「死ね」


 ザグナルに撃ち込んだ最後の拳。

 場所は――眉間。

 身長差で届かなかった必殺の急所。

 そこに僕のソーンナックルが穴を開けた時、ザグナルは叫ぶことを忘れて前のめりに倒れた。


「はあ、はあ、はあっ……はは……ははははははははあはははははははははははあはあはははははははっははははあはあははあははあはあははあはっはっははははは

ははははははっはあはははああはははははっははははははっはははははああはっははあはははははあっはああはあははあああああああああああああああああああああ

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 殺した。僕が殺した。この手で、この拳で、この力で。

 快感が一気に溢れ出す。

 噴火した火山のように止め処なく。

 けれど、それもあまり長くは続かなかった。

 僕は受けた痛みが大きすぎたのか、絶頂の中、果てることなく意識を閉ざしてしまったから。



     ***


 まさか春空がザグナルに勝てると、由兎は思ってもいなかった。

 それは春空が弱い、という意味ではない。

 ザグナルと春空の相性が悪い、と由兎は踏んでいたのだ。

 春空もスピードが速いが、どちらかと言えば力と技で押す必殺の人間だ。そして、ザグナルは力で全てを砕く必殺の人間だ。

 ならば上を行くザグナルの方が有利だろうと踏んでいた。そして、春空は確かに一度、どうしようもない敗北に向かっていた。

 ザグナルに捕まり負けが確定していた。否、確定したと由兎は思った。

 だが結果としてはどうだろう。春空は執念で勝利を収めた。あの苦しみから脱却し春空の体を再度動かしたのは憎しみでしかない。

 その憎しみの量が痛みも苦しみも凌駕した。


「……恐ろしい奴ね」


 春空が由兎の敵に回ることはないだろう。

 だが、万が一にも敵に回れば。

 そのことを考えた時、由兎の背筋に言いようのない悪感が走る。

 それは何よりも恐ろしい。

 狂喜乱舞している彼に私は勝てるだろうか、と。

 由兎は考えたくもない未来に頭を振った。


「あ……春空君!」


 快感に酔っていた春空が急に声をぴたりと閉ざして倒れた時、由兎は迅速に春空の元に駆けつけた。

 体を支えてみると意外にも軽く、この体重差でザグナルを倒し殺したのかと考えると改めて由兎は春空に感心する。


「あっは、負けちゃった」


 そんな二人の様子を見て、沈黙を破ったのは主犯の少年だ。


「ザグナルなら香燈春空君を殺せると思ったんだけどねー」


「何言ってんの。あんた馬鹿? 春空は一人で闘ったのよ。二対一なら余裕だったじゃない」


「無かった過程に興味はないよ。それに、絶対に一対一になると思っていたからねー。あっは、予定通りなのに結果が違うなんて、本当にムカつく」


 少年の顔が醜く歪む。

 その顔こそが本性なのだと言わんばかりに。


「君達、覚悟しておくといいよ。これから、こっちでもあっちでも君達は狙われる。四六時中緊張を解かないことだね」


「あんたを逃がすと思ってんの?」


「逃がすさ。逃がす代わりに、そうだな。こんな情報をあげよう。知りたいんだろ? 僕のバックに付いてるのが誰か」


 少年の言う通りだった。

 元々、由兎は少年を殺す気はない。そもそも、この平和な世界で人殺しをすれば犯罪だ。

 良くて警察に捕まり、悪ければ殺戮の世界の死神と呼ばれる断罪部隊に捕まる。

 前者は時の中断を意味し、後者は人生の破滅を意味する。

 なにより、後者に至っては今回の少年の行動にも充分に向けられる。

 そして、由兎が知りたいのは少年のバックが誰なのか、だった。

 なんの理由で春空と由兎を狙うのかは現段階では重要ではないが、元を叩かなければ終わりはない。

 だが、本当に教えるのか?と、由兎の頭に疑問が浮かぶ。

 先述の通り断罪部隊が動く内容だ。バックの名前が解れば断罪部隊にリークすればいい。


「僕のバックに付いてるのはね――」


 だが、由兎は知る。

 それは真実の可能性が高いのだと。

 そして、どうして断罪部隊に恐れずに言えたのか、と。


「――――  さ」


 少年が告げた名前に魔女は動揺を隠し切れなかった。


「そんな……」


「それじゃあね、東の魔女。また次の機会に会いましょう」


 そう言って少年は駆けていった。

 撤去予定の廃ビルには九人の怪我人と一体の死体、重傷を負った春空。そして、困惑し答の出ない問題に頭を悩ませる魔女が一人、佇んでいた。


「どうして、なの……」


 魔女の声が、ただ悲痛に廃ビルを漂う。

もしも何か想うところが少しでもあれば感想下さい。

感想は元より酷評も当然有りです。寧ろ酷評は嬉しいです。若干ヘコみますが活力になりますので。

いや、まあ、アレですけどね。

感想を書きたくなる小説を書けって話なんですが、

作力向上の為にも――と言い訳させて下さい;

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