異常なアイツ――2
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大変な騒ぎになっていた。
元々転校生というのは目立つ存在だ。影が薄そうな人も光を放つ人も千差万別の注目度を保有することになるが、一種の流行に似た祭りに持ち上げられるという点においては平等だろう。
加えてこの時期に、中学生活最後の年という時期に転校してくるには些か謎があるのだから、注目度は加算される。まあ、もしもその事が関係なくても登場の瞬間に全ての美人を引き立て役に下落させた相羽由兎ならば、結果は今と全く同じだったと思うが。
僕も当然三年生な為、僕のいる――相羽さんのいるクラスは三年のクラスが横並びする二階に在る。因みに七組なのだがそれは差ほど意味がない。ともかく、この騒ぎは相羽さんが三年生だからこそこの程度の騒ぎに収まったのだと思う。もしも相羽さんが二年生だったらこの二倍になっただろうし、一年生だったら三倍だったのではないかな?というのが僕の見解だ。クラスの中の人口密度はクラスメイト総数四十三人の三倍になっていて、廊下には相羽さんを一目見ようと人がごった返している。流石に小生意気な下級生も上級生のテリトリーに入ってくる者は少ないようで、だからこそこの程度に収まったのだ。
僕は、異常な人の多さに思わず吐き気を催してトイレへと駆け込んでいた。割り込む者には厳しい行列も出て行く者には寛容で、便器に顔を突っ伏せながら「ある種の世界の縮図だよな」と、くだらない事を考え、また吐いた。
そこまで人が嫌いなわけではない。寧ろ、僕は人に対して好意的だとさえ思っている。けれど、僕はあまり人と係わりたくない。仲良しこよしでいたくもない。きっとそれは、僕が弱いから。弱いから恐くて弱いから近づけない。
嗚咽が落ち着いた所で口を水で漱ぎ、備え付けの鏡で無愛想な面を垣間見る。言葉にして刹那でしかない瞬間で、直ぐに嫌になってしまう。僕は僕が果てしなく嫌いだ。永遠に愛してるという壊れた告白があるのなら、永久に大嫌いだという汚れた告白があってもいいではないか。
廊下は相も変わらず人波が出来ていた。授業開始のチャイムがこんなにも愛おしいのは生まれて初めだ。と、そこで、有名な顔を見た。その顔を見ると、つい僕は気分が萎えてしまう。
有名人も僕に気づいて駆け寄ってくる。ああ、来るか、と身構えて、軽く右手を上げて挨拶。
「おはよう。泪」
「おっはよーぉぉぉぉ!春空ぃ!」
ああ、こいつはどうしていつもテンションが振り切れてるのだろう。感情の起伏が極限通り越している。完璧に校則違反な真っ青な髪。怒髪ではないが天を突く一束一束。笑顔で異性を射止め泣き顔で異性を虜にする天然の小悪魔。天童泪。多分、この中学で、地域で、最も自由という言葉が似合う男だ。
古い知り合い。幼馴染。元々仲が良かったわけではない。が、妙に泪は僕を気に入っているらしく、幼稚園の頃から勝手に僕の家に遊びに来たり、学校で会えば叫び無邪気に挨拶してくるわで、お陰様で無駄に僕まで注目される。まあ、泪は学園中至る所で叫び散らしているのだから僕がとても知れ渡ることはない。それに、極力僕は泪を避けている。
それが今回このような事件に近い騒ぎのせいで不覚にも大勢の前で泪に見つかってしまった。
僕は自分を平凡だと思っている。思っているだけでそうなりたいわけではないから、正直注目されようがなんだろうがどうだっていいと云う話になるのだが、本当にそうか?と問い詰められればそうでもなく、無駄に目立つのは嫌だった。
だが、もう、遅い。
「春空は噂の転校生のこと知ってるかぁ?」
「知ってるよ。同じクラスだし」
そして何故だか僕の後ろの席だし。
「そうなのか!よし!行こう!」
まあ、これは予測済みだ。もうこれで目立ってしまう。注目されてしまう。手を繋がれ引っ張られて一緒に歩くのだ。あの天童泪と。
腐れ縁の泪にはちょっとした通り名がある。それは”Selfish Bomb《我侭な爆弾》”だ。この名前だけで想像が出来るかもしれないが、有名な不良でもある。泪は自身を不良だとは思っていないだろう。理性の枷が常に外れている泪はただ自分のしたいことをしているだけなのだから。それがどれだけ迷惑で問題で非常識で反社会的だということを、泪は一欠片も意識していないだろう。だが決して泪は悪くない。理性がなければそれらは考えないことだ。だから、きっと、誰も悪くないのだと思う。きっと。
とにかく、天童泪とはそういった側面を持つ人物だ。だから、それに手を繋がれているというのは相羽由兎の存在に霞むとはいえ、目立つ行為に変わりはない。
「はいどいてどいてーぇ!」
それだけで。泪がそう言っただけで人ごみは声に反応して道を作った。その声の言うとおりにしなければ泪の「邪魔」という言葉と共に大怪我を負うことになるからだ。一人残らず。
教室は人で溢れているのだから、急激な多数の移動は端にいる生徒にとって脅威だった。ドミノ倒しとでも言うべき光景はモーゼを浮かばせるよりも先にヒトラーを想像させる。
相羽さんの目の前まで一気に駆ける泪。その美しさに泪が黙るかはそれなりの面白みがあるのだが――
「うっわぁぁぁ!すっごい綺麗だね!お人形さんみたいだ!」
まあ、これも予測通りか。あの泪が他人に束縛されるわけがない。
急に褒められた相羽さんは笑顔を見せる。聴き馴れて、否、聞き飽きているだろう台詞に。そして、そのガラス細工のような虹彩鮮やかな金色の瞳を僕に向ける。もしかしたら相羽さんの金髪は生まれつきなのかもしれない。
「春空君の友達?」
それは僕に説明を求めた言葉。
ともだち?首を傾げる。いや、只の幼馴染ですよ、と言おうとした吸い込む息さえ遮るように先に泪が言葉を発した。
「友達なんかじゃないよぉ!」
ほう、意外な言葉だ。だが、こうも真っ向から友達じゃないと否定されると少しばかり憂鬱に――
「春空は、世界に一人しかいない俺のたああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああいせつな大!親!友!さ!」
終わった。なんかもう色々終わった気がする。僕は間違っていた。相羽さんの登場は僕の物語において切欠でしかなく、本当に僕の人生の分岐点を消去、基、破壊するのは他でもない(本人曰く)大親友の泪の方だったのだ。
超A級の不良と大親友などと公表されれば僕の人生はどうなってしまうのだろう。少し、いやかなり、不安。
「そうなんだ!私はね、この学校に来て一番最初に出来た友達が春空君なのっ!」
前言撤回。相羽さんも破壊者だ。
天下の不良の大親友で神の如く美しい女性の一番最初の友達。僕の肩書きにしてはあまりにも不釣合いである。
この二人は相当意気投合したようでこの後も始業ベルが鳴るまで会話を繰り広げていた。周りを囲む形と成っていた集団は数人の教師の引率により散ったが。
僕は自分を平凡だと認識しているだけであって平凡でありたいと願っているわけではない。だが、平凡だと認識している時期が長すぎたせいか平凡であることが普通となり平凡そのものに成っていた気がしないでもない。今回の事を当て嵌めるなら僕の平凡は他者の認識からすればいとも簡単に崩れたわけで、前提に置いた僕の存在を語るなら影が消え去ったのだ。
敏感に恐怖する僕の矛盾も、それならば理解の得る範囲なのだ。
だからどうだというわけでなく、ただそうなってしまっただけなのだが。
授業が開始して考えを纏めた僕は無意味に空を見上げていた。
すると、背中をつんつんと指らしき何かで突かれ振り向く。
「それでさ、三人でどこに行く?」
理解不能な相羽さんの言葉に固まってしまった僕は教師に注意された。こんなの、小学生以来だ。
どんな感想も聞きたいので何か感じてくださったら教えて欲しいです。それはとても嬉しいのです。
・後書き的な
今回このお話を書き始めた経緯を。
念願のパソコンを一ヶ月前に購入した僕は応募用小説を書いていました。けれど、どこか物足りない。やはり、読んで欲しい。そして、小説家になろうというサイトを発見し、何か書こうと考え、書き始めたのです。
……それは小説を此処で書くことにした経緯じゃねえかよ!
でも、それが事実でして、今回の話は本当に思いつきなのです。一話の前書きの通り設定もプロットも何も組み立てていないので、しいて言うなら、そう。タイトルから作ったお話なのでしょう。
「何かいいタイトルはないかな?」そんなことを考えこのタイトルが浮かびました。元々、僕は主人公に似た思いを抱いているので(あくまで似ているだけですが)とても書いていて楽しい。
そんなわけでこの先でどうなるか全く解らない物語ですが、もし興味をもたれましたらお付き合いくださるととても嬉しいです。