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平和な世界――5

PAGE17

 会計所で僕を待っていた由兎は僕を見て瞼をぱちぱちと動かした。鳩が豆鉄砲を食らったような顔というものを初めて見た。それぐらい由兎は、困惑している。

 原因は解りきっている。僕の袖を未だに掴んで離さない花恋が全てだ。そして、今からあの場所に行くのにどうして部外者を連れてきたの?といった怪訝な表情を僕に向けている。


「春空君、その人は?」


 由兎は値踏みするかのように花恋の姿をくまなく見詰めている。敵対心を剥き出しにしているのだろうか?とにかく、和やかな雰囲気とは掛け離れている。


「白百合花恋って言って、今日学校で知り合ったばかりなんだ。たまたまさっき見かけて――」


 見かけて、これ以上なんと説明したらいいのだろうか?花恋が全部を知っているかのように振舞っている。どうやら僕達がこれから行く場所も知っているらしい。これはどういうことだろう?

 そう説明、否、質問してもいいのだけど、当人の目の前で当人を疑うような真似、というのはどうにも気が引ける。


「花恋、僕の友達の相羽由兎さん」


「……はじめまして」


「初めまして、白百合さん。春空君の恋人の相羽よ」


 わざわざ友達というのを恋人と言い直してる意味が解らない。そんなに貫きたい設定なのだろうか?確かに、花恋は同じ学校ではあるけれど。


「ちょっと彼女と二人で話がしたいから、待ってて貰っていいかな?」


 これで断られたら正直とても困る。

 本当に花恋をあの世界に連れて行ってもいいのか。もしかしたら花恋は当てずっぽうに適当なことを言っているだけなのかもしれない。これだけ変わった女の子だ。角度を変えれば壊れた女の子だ。そんな適当な言葉を吐いても、有り得ない話ではない。ただ、壊れた女の子だからこそ、あの世界に適合する。あの世界が似合う。あの世界に栄える。だから、もう知っていてもおかしくはない。


「……いいよ」


 花恋がそう言うと弓矢のように僕の手を引いて由兎はその場から少しだけ離れた。


「なんなのよ、あの子」


 耳元で囁いてきた由兎は怒ってもいるし混乱してもいるようだが、とにかく説明を求めている。


「さっきたまたま見かけたから挨拶して、名前を聞いて、じゃあねと別れを告げたら”私も行く”って言ったんだ。それで花恋に引っ張られてここまで来た。僕にも何がなんだか解らないんだよね、本当に」


 最初、僕に疑いの眼差しを向けた由兎だったけど、僕を疑っても仕方が無いと思ってくれたのか一つ息を吐いて落ち着いてくれた。由兎は花恋を横目に見やり、釣られて僕も花恋を見る。天井でも見ているのか顔を上げてぼうっとしているようだ。


「あんな子、私も見たことないんだよね。あの世界にいたとしても目立ちそうだから、一度位見たことある筈なんだけど……記憶力には自信があるんだけど……」


 と由兎は口篭る。となると花恋はあの世界の住人ではない可能性が高い。由兎の記憶力がどの程度で、もしかしたら花恋は髪を染めたりしているのかもしれないけれど、今は確証のない言葉でも信じるしかなかった。


「じゃあ、花恋を連れて行かない方がいいよね?」


「そうね。それに、あの世界は完全会員制みたいな節があって、中に入るには紹介が絶対に必要なのね?それで、紹介された人間が世界にそぐわず平和な世界で存在を暴露したりしたら、紹介した人間は刑罰を負うことになっているのよ。内容は拷問。それはそれはめくるめく拷問なのだそうよ」


 めくるめく拷問。僕の想像の範疇を遥かに超えた痛みがありそうだ。


「だから、そんな簡単に紹介しちゃいけないのよ」


「そっか……。でも、それなら由兎はどうして僕を連れて行ったの?そんな危険な刑罰だってあるのに」


「君は王様お墨付きだったしね。少し話しただけでも春空君のこと、ちょっとだけ解ったから」


 あの時話していた言葉の数々で由兎は僕を試してもいたのかと小さく驚く。別にそれは不快に思ったりはしなかった。だって、人と人とが付き合っていく過程で試すことなど山のようにあるのだから。


「どうやって断ろうか?」


 話を戻して由兎に聞く。すると、由兎はしたり顔で鼻を鳴らす。


「まっかせなさいっ!」


 由兎に手を取られて花恋がいる位置に戻る。今日は引っ張られることの多い日だなあ、なんて考えていると、おもむろに由兎が口を開いた。


「ごめんなさいね、白百合さん。私達これから不純異性交遊するから白百合さんには悪いんだけど二人っきりにしてほしいの」


「ぶっ!」


 口に液体を含んでいたら豪快に吹き出していたことだろう。唐突に何を言い出すんだ由兎は。確かにそれなら流石の花恋も諦めそうなものだけど。


「ふじゅんいせいこうゆう……?……ああ、性行為……」


 改めて露骨な言葉に直されると気恥ずかしくなってしまう。


「そう、だから――」


「いいよ」


「へ?」


「別に構わないよ……不純異性交遊……」


 な、なんなんだこの女の子。壊れているとかいう次元ではなくて別の世界の生き物みたいだ。

 こんな切り替えしを絶対に想像していなかっただろう由兎は慌てていい訳めいた言葉を口にした。


「で、でも今日が私と春空君の初めての日だからやっぱり二人きりがいいんだけど……」


「二人も三人も……一緒……」


 完全に由兎が押し負けている。花恋には何を言っても通じなさそうだ。というか花恋、あまりにも空気を読まなさすぎだろう。

 それに僕もいい加減に辛い。健全な男子中学生には刺激の強すぎる話だ。


「花恋、本当にごめん。とにかく今日は――」


 なんとか今を誤魔化して今後花恋と会わないように回避するしかないと踏んだ僕は無理矢理にでもこの場を後にしようとした。

 唐突に花恋は制服のポケットに手を突っ込んで、一枚のカードを取り出した。

 僕も由兎もそのカードに釘付けになった。細い指に捕まれた黒のカード。曇った赤い文字で真ん中に”Black Box”と表記されたそのカードを、由兎はとてもよく知っているし、僕も忘れてなどいない。

 それは僕が昨日貰ったあの世界の入り口を通るパスカードだ。そして、個人IDでもあり身分証明書の役割も持つ、あの世界でだけ通用する通貨が入ったカードでもある。

 ゆっくりと花恋の顔を見る。何一つ表情の読み取れない無機質な瞳からは有無を言わせない力強さがあった。


「嘘つきは……泥棒の……始まり……ね?」


 ぞくりと背中に悪寒が走る。一気に紐が引っ張られたかのように空気が張り詰めた。目を離せない。離すことが出来ない。それでも、由兎は事の深刻さを僕よりも理解しているかのように、重く、低く、威圧するかのように、口を開く。


「一体なんの目的があって近づいたの?」


 目的。そう、目的だ。僕と由兎があの世界の住人であることがバレている。それはつまり、あの世界で見られたということだろうか?確かに僕達は昨日、派手に過ごした。あの戦闘で顔を知られても不思議じゃない。加えて僕達は制服を着たままだった。居場所を特定されても不思議ではない。

 けれど、この平和な世界で近づいてきたのにはなんらかの目的があるのだろう。わざわざ殺戮の世界ではなく、平和な世界で接触を試みたという事実。何かしらの目的があり何かしらの事情があると踏むのは早計じゃないはずだ。


「……目的……そう、目的…………実は……あの世界には魔物がいてみんなでやっつけなきゃいけないの……」


 こ、これが事実なのか?


「くすっ……うそだ、よ……くすくす」


 花恋が言うと冗談に聞こえないのだから不思議だ。というよりも、この緊迫した状況で冗談を言う図太さに感服してしまう。


「意味の解らない冗談は置いといて、実際の所どうなのよ?」


 痺れを切らして由兎が花恋に問い詰めた。花恋の話し方はいつだって慢性的に遅く、彼女の周りの時間だけが狂ってしまっているかのようだ。


「……目的は…………」


 ごくりと喉を鳴らした僕がいた。

 ”君たちを殺しにきた”と敵対されても花恋の独特な雰囲気からみて言い出しかねない。


「春空と……」


 僕?僕と、なんだ?

 いつもに拍車をかけて更に花恋は沈黙を続けた。

 口を開かず、静かに息をして、大きく一つ吸い込み、ゆっくりと息を吐き出す。彼女は深呼吸を三度して、もう一度大きく息を吸って、やっと言葉を紡いだ。


「仲良く……なりたかったから…………」


「なか……よく?」


 由兎は絶句している。僕は混乱した。

 そもそも、それは答えにならないのではないか?

 答えになるのか?そもそも答えは一つか?

 紛れもなく僕は混乱していた。


「春空は……かっこいいから……昨日のたたかいを見て……同じ学校だったし……仲良くなりたいなって…………だめ?」


 その問いは僕に向けられた言葉ではなくて由兎に向けられた物だった。

 小動物のように縋る瞳はうるうると潤んでいて、由兎は見下ろす形で花恋を見ているがどうやら由兎も困惑しているようだった。

 断られたら死んでしまうと裏に隠してるのではないか?といった花恋の非力さはただそれだけで僕の胸を打つ。一応、花恋も気にはしているのかもしれない。だからこうして僕の彼女と宣言している由兎に許しを得ているのかもしれない。

 由兎を見ると、悩んだように何かを考えていた。その悩みは幾つか僕と共通しているのだろうと思う。

 一つ、それは真実なのか。現状で確かめる手段はないが、真実にしてはあまりにもくだらなく突拍子なようにも思える。

 二つ、真実だとして行動を共にしてもいいのか。花恋は見ていて凄く独特な、不思議な少女だ。危険だとも言える。そんな子を傍に置いていていいのだろうか。

 三つ、彼女は正体不明なのだ。彼女の名前は彼女の口から聞き、制服や彼女の発言で同じ学校だと思っている。その程度の偽装は子供にだって出来る。

 三つを統合して彼女を信用することは難しかった。こんな毒にならないような女の子もいないが、毒にもならないような人間がいるということが有りえるのか?この平和な世界で。平和な世界だからこそ。


「うん……とね」


 由兎は躊躇いながらも言い出す。敵対心剥き出しだったのにも関わらず、毒気をまるで抜かれてしまったかのようだった。確かに花恋は天然記念物、否、天然小動物のよう。人間でありながらある種完璧に。


「白百合さんがあの世界の住人だってことは解ったんだけど、私は白百合さんをみたことがないの。見たら忘れなさそうな感じがするのにさ」


「それは……私が…………ROM専だから……」


 ROM専?観客ってことか?でも、それなら由兎が見たことありそうなものだけど。


「いつも……家で…………」


 家?家ってもしかして――


「なあ、由兎。もしかしてあの世界での死合って家のパソコンかなんかで閲覧出来たりするのか?」


「ああ……そういえばそんなサービスがあったわね。私は使ったことがないし、使ってる人と話したことが無かったから忘れてたわ……」


 成る程。それなら今までの悩みは杞憂となって終わりそうだ。花恋が自宅でしかあの世界に関わらなかったとしたら話の筋は大体通る。それでも僕と仲良くなりたいからっていう理由はあまりにも不思議過ぎて、個人的には納得できない。


「そっか。それなら私がどうこう言える問題じゃないね。ほんとはね、私と春空君は付き合ってないんだよ」


「……え?」


「だから、私の了解なんていらないんだよ」


 まるで姉のように。まるで母のように。そこはかとなく慈愛を魅せる由兎の優しい声。


「泥棒さん……だね……」


「ふふ、そうね。泥棒かもしれない」


 相性が悪い二人のようにも見えた。けれど今はこうして笑いあっている。

 同姓でさえ理解不能なのに、異性となると神がかって意味不明だな。と、思う傍ら、結局の所花恋は一体何なんだろう?という疑問が頭から離れなかった。

 ROM専だという事実さえ、彼女の発言によって知った事実であり、真実だと確認する術は今のところないのだ。


「……春空…………?」


 花恋はどこか罰の悪そうな顔をしていた。口をもごもごと小さく動かして、照れているようにも見えた。


「ほんとのほんとに……よろしく……ね?」


 頭の片隅にあった疑問を更に奥へと押しやった。何故かって、どうでもいいかと楽観視したからだ。

 癒されたとでも言うのだろうか?花恋の癒しが思考をぶつ切りにしたと。だとしたら癒しというのは無気力の源なのかな、と鼻で笑う。


「ああ、よろしく」


 こうして僕と由兎と花恋はあの世界に行く為に歩き出した。

 端から見れば両隣に美少女と美少女を連れたなんとも羨ましい男子中学生――その程度で思われていたらいいな、と思う。下手な勘繰りを入れられてしまって探られたら、露見して不味いことが沢山ある僕達だから。

 例のビリヤードバー。実際、ビリヤード台は置いてなくて、看板にビリヤードバーと表示されているだけなのだが、その場所はこの通りとレトロな通りに繋がる路地にある。

 大概どの路地にもこういった店がある。夜に輝く店も全て路地だ。いやはや、この繁華街に無いものはどこにも無いのではないかと、改めて思う僕の考えはそんなに間違ったものではないような気もしてきた。






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