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平和な世界――4

PAGE16

 放課後になるのが待ち遠しかった。

 放課後になればまたあの世界へと行ける。平和な世界には有り得ない現実と狂気がある場所に。その上、そこは僕の望んでいた世界なのだ。待ち焦がれてはいなかったけれど。

 こんな僕にだって理性がある。だからこそ今まで自分を制御して生きてこれた。だからこそ今まで自分を欺いて生きてこれた。社会の基準に(のっと)った善悪を知識として知っている。理性と知識が噛み合えば自分を抑えつける事に疑問はなく、難儀ではない。不満も不信も抱かなかった。不純だらけだとしても問題は無かった。

 元々あの世界は社会に塗れる事が出来ない人間の為の措置だと由兎は言っていた。けれど、それは本当だろうか?殺戮の世界を知ったからこそ今までも、そしてこれからも耐えていくことが出来た筈の人間に切欠を与える役割を与えている気がする。僕自身がその一例だ。そして、あの世界で血の味を覚えた連中の中に頭が物凄く悪く愚かな人間もいただろう。そいつらは果たして一般人を殺さずにいられるのだろうか?どこまでいっても世界は一つだ。分別できるだけであり、一つのなのだ。地球の解離性人格障害なのだ。もしそうなれば――否、過去に無かったとは思えない。有って当たり前とさえ感じる。中学生の子供が行き着く推測に国の連中が気づかない訳がない。それでもあの世界は存在する。逸脱人の楽園は存在している。それは、おかしな話なように思える。

 と、そんな無意味な思考を巡らせている内にチャイムが鳴った。それはとても待ち焦がれていた六間目終了を報せる音だった。

 ……どうでもいいか。とにかく今は、あの世界に行きたい。ただそれだけだ。

 後ろを振り返り由兎を見る。由兎も気持ちは同じだったのか、或いは僕の心境を察しているのか、落ち着きを払い、それでも無駄な行動をする訳でもなく帰り支度をしていた。


「行くだろ?」


 ただそれだけ問うとにやりと妖しく笑って頷いた。


「あ、でも、行く前にCDショップに寄りたいな。好きなバンドのアルバムが出たんだっ」


 由兎も待ち焦がれていた物はあったらしく、そしてその言葉を聴いて再認識する。

 目の前にいる大人びた美少女も、リングの上で笑いながら切り刻む美少女も、一介の中学生であることには変わりないんだよな、と。

 それは当然、僕も含めて。



***************


 繁華街はこの街の娯楽がぎゅっと濃縮されたアーケード街だ。それは見栄っ張りの田舎とも寂れた都会とも言えるのだけど、発展したスラム街だと僕は思っている。

 浮浪者も密集し非行人も集う場所なのだから治安も悪く、市の財政が潤っていないからなのか職務怠慢なのかは知らないが警察の姿を見かけることは少ない。

 このアーケード街は三本の道で構成されていて、その中でも最も大きく三本ある中の真ん中の一本道を歩いていく。傍らには飯屋に服屋に靴屋に電気屋と様々な店が営んでいてここに無いものは国内中何処にも無いんじゃないか?とさえ勘違いしてしまう。

 他の二本の道の内一本は老人が好むような店が多くあり、この市の名物であるかまぼこや飴玉もあおの通りで色んな名前で売られている。全体的にレトロな雰囲気をしていていかにも年配者が寛げそうな道だ。一店舗だけ有名な店がある。有名、といっても知る人ぞ知る老舗店なのだが、小さな店の奥ゆかしい畳の上で食べる和菓子は心ごと満たされていくようで素晴らしい。そうだ、今度由兎も連れて行ってやろう。

 もう一本の道は店舗数も少なくまだまだ伸びしろの多い通りなのだが、僕は二度程しか行ったことがない。その通りはサブカルチャーを軸とした店しかない、一風変わった道となっていて、俗に言うオタクが集う場所でもある。他にも楽器店や鋲付きハードジャケットが売られている服屋等、とにかく逸れた場所だ。一度は小学生の頃に泪に連れられて歩き回った。二度目は去年、姉に呼び出されて行った。姉はこの通りのメイド喫茶でバイトしている。とてもじゃないが想像出来ない。あの慌てることが特技の姉がメイドだなんて、一種の冒涜である気もする。

 目的のCDショップに辿り着き、由兎を先頭に後ろを歩く。僕は基本的に歌を聴かない。たまに聞く程度で、主に聞くのは音だけの音楽だ。クラシックもジャズもブルースも聴くが、一番相性が良いのはユーロやトランスだ。聞き流せる適当さが心地よくてそれだけの理由で一番好きなジャンルとなっている。


「これこれ!良かったー、あって」


 由兎が手に取ったのは有名なロックバンドのアルバムだった。有名過ぎてそれをロックと呼ぶに相応しいのかどうか、という話も聞くのだから、由兎は思いの外ミーハーなのかもしれない。


「ちょっと待っててね、会計済ましてくるからっ」


 とても嬉しそうに会計所に向かう由兎の背中を見送る視界の片隅で何かが動いた。当然、人はそれなりにいるのだから何かが動かなければいけないのだが、興味を引かれたのにはそれなりの理由がある。動いたそれに元々興味を持っていたから、だ。

 見間違える訳も無い儚さに思わず僕は駆けようとしたけれど、ふと由兎を思い出して由兎に「ちょっと待ってて!」と逆にお願いをしてから彼女を探した。

 別に彼女は走っているわけでもない為簡単に追いつくことが出来た。華奢な体の小さな撫で肩に手を置いて呼び止める。


「まだ――」


 振り向いた彼女は驚いたように僕を見て困惑している様子だった。

 もしかしてもう忘れられた?と疑問を抱いたが、直ぐに彼女が何かを閃いたかのように首を小さく縦に振った所を見て認識されたのだな、と安堵する。


「まだ、名前を聞いてなかったよね」


 どうしてここに?や、どうして名前?と言った一般的な返答を彼女はせずに、僕の質問に最も適した回答を述べる。


「白百合……白百合花恋(しらゆりかれん)…………貴方は……?」


「香燈春空。改めてよろしくね」


「……うん…………よろしく、春空……」


 名を呼ばれ、初めて女の子に呼び捨てにされたのだと気づいて胸を若干熱くさせる。同時に、白百合が後輩なのだということも思い出し、やっぱり変わった女の子だな、と小さく笑った。


「白百合さんは――」


「花恋」


「え?」


「花恋でいい」


 その言葉には何故か迫力があり思わずたじろいで頷いた。


「花恋はどうしてここに?」


「……」


 問うと、花恋は辺りをきょろきょろと見回して充分に沈黙した。頭を捻って眉間に皺を寄せて何かを考えているようだ。


「……散歩」


「散歩!?」


 CDショップに散歩とは物珍しい。


「かな?」


 しかも自分の行動を僕に聞いてきた。

 もしもここで僕が「違うよ買い物だよ」と知っているかのように言ってしまったらそれはそれでとても恐い話に違いない。


「そっか」


「うん」


「……」


「……」


 二人で立ったまま向かい合って、いるだけだ。漠然と時間が過ぎていく内に由兎のことをふと思い出す。先程といい由兎をやたら適当に扱っている気のする自分が解らない。


「それじゃあ、またね」


 出来れば花恋とはたっぷりと時間のある時に向かい合わせの席で飲み物でも飲みながら喫茶店で淡々と時間を過ごしたいな、と考えながら踵を返して会計所に戻ろうとした。すると、服の袖が二度引っ張られて、首を動かして見やると花恋が上目使いで僕を見ていた。これはなんとも、反則だ。


「私も……行く……」


「……え?」


 今、花恋は私も行く(・・・・)と言ったのか?だけど、だけど僕は、花恋に今から何処に(・・・・・・・・・)行くのかなんて言っ(・・・・・・・・・)てないぞ(・・・・)


「私も……、行く…………」


 ごくりと、気づかれないように生唾を飲む。

 そうさせるだけの迫力が花恋にはあって、上目使いが俯き隠れた時、どうにも僕には花恋が笑ったように思えた。


「……行こう…………?」


 僕の袖を引っ張って花恋は会計所へと向かった。

 何度も何度も反復して疑念が積み重なっていく。

 どうして?なんで?

 花恋の背中はとても小さくやはり儚げで消え入りそうなのだけど、時折見せる花恋の迫力が彼女の存在を僕の脳裏に強く刻みこんでいた。

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