奇妙な魔女――6
PAGE11
二十分。二十分間こころは話し続けた。その間の彼女の音声はどうやら流されていないようで、ちらほらと退屈をしている観客が他の何かに興味を持っていたりする様が見える。液晶画面には先程の戦闘シーンがリプレイされていて、それに熱中している観客もちらほらいた。僕はといえば当事者なのだから逃げ場が無く、退屈の度合いでいうならば最高なのだけど。
「東の魔女さんですよね!きゃー!!ずっと戦闘拝見してました!!」
と、何故か由兎には敬語であった。
「拝見っていうか実況してたじゃないの」
溜息を吐きながら由兎は面倒臭そうに返事していたけれど。
こころは自分をアイドルだと認識しているかどうかは知らないが、見ているとアナウンサー。それも、一般市民に近いアナウンサーとしての立ち位置を彷彿とさせた。由兎を有名人として扱っている点から勝手に判断したのだけれど、それはきっと中々に的を得ているのだと思う。
「でもでもでもでも本当に凄いねきみっ!ぼぐって一撃でやっつけてしゅぱっって一蹴しちゃってねえもうかっこよすぎだよ!相変わらず由兎さんは綺麗でした!電光石火でしゅびびーんってすぱすぱなのは何回見ても鮮やかで醜男の血も魔女さんに切られたら耽美甘美超美麗です!あ、そういえばお二人ってお付き合いされてるんですか?ねえねえ付き合ってるの?沈黙無言は怪しいんだー!素敵関係だねらぶらぶなんだね!いつまでもいつまでも応援してる!あ、そういえばあの蹴りって――」
これは二十分の中のほんの一部だ。息継ぎなしでとにかく話し続ける人間を前にするとこうも圧倒されるのかと知った。同時に感心もしたし、お近づきになりたくないな、とも思った。
「今回の対価の事なんだけど」
と、痛みが大分薄れてきたのか冷たい声で存外に言い放つ由兎。ということは骨が折れていたりはしていないようで、少しだけ安心する。
「あーごめんなさいっ!私ったら大事なこと忘れて話しまくっちゃって……うう、こんな女の子嫌いですよね?」
め、面倒臭い。しかも女の子って言いやがった。女の子って言っていい年齢なのかどうか気になる所ではある。
感情の起伏が激しいのか目には薄らと涙を浮かべている。猪突猛進なタイプで、僕の友達にはいない性格だ。最も、僕がそういった人間を避けているという点は否めないのだが。
「嫌いじゃないですから静かにして下さい。今回は相手のポイントを全部貰う、という風にしてほしいんです」
もうさっさと事を終わらして欲しい。疲れもあるし眠くなってきた。時間が全くわからないけれど深夜に近い気もする。親は心配しているだろうか?それもまた面倒な話だった。
「はあい」
話を終えなければいけないことを残念そうに返事だけをして、こころは髭面の大男の元にとぼとぼと歩いていった。何かしら話しをしているように見える。それは事務的な会話のように端から見れば思えるため、今回は長くなりそうにないなとほっと胸を撫で下ろした。
「強烈なアイドルだね」
「うん」
見るとやはり由兎もうんざりしているようで、先程の闘いの時に打ち付けられた箇所を気にしているようだった。
「大丈夫?」
「ん?平気だしへっちゃらだし余裕だよ?あのままリングで闘えたぐらい」
まあ、それが気丈な嘘であることは解っているから彼女の面目を保つためにもそっとしておこうという前提で僕は口を閉ざした。本音を言えば、今は誰かと会話してられるほどの元気はない。久々に、時間にしておよそ八年振りに、人を殺した。当時とは違った意味合いで人を殺した。それが今更僕に罪悪感や背徳精神を持たせることはないのだけど、単純に馴れないことをした僕は、単純に疲れてしまった。
今回のことにしろあの時にしろ、どうやら僕は気分で人を殺してしまう人間のようで、例えるならそれは異常なバグを時折発生させる破壊コンピューターと言った所だろうか?その例えにどれほどの意味もないのだけれど。
その姿を発見したのは偶然だったのか?いや、考えてみればその姿がこの地下ホールにあるのは必然でしかない。だが、やはりその姿を発見したのは偶然だったのだ。必然と偶然が絡む。
「ごめん。僕、ちょっと行ってくる。由兎はあのバーで待ってて」
そう言って由兎に後を任せた。少しだけ驚いたように僕を引きとめようとした由兎だけど、僕の視線の先を読んで理解したらしい。急に走り出した僕にアイドルのこころは若干名残惜しそうにしていた気がしないでもない。ただ、こうなった今、僕はアイツに聞かなければいけない。聞かなければいけないことがあるような気がする。
二階にその姿はあった。だから僕も急いで二階に上がる。多分、アイツは僕を見ていた。僕がアイツを見たことも知っている筈だ。
二階に上がるとアイツの姿は消えていた。だけどそれは姿を眩まそうとしたのではないと思う。二階のアイツがいた辺りをくまなく見渡す。先程の戦闘で僕の顔は当然知られていて、何人かの男や女が声をかけてきたけれど「五月蝿い」と一言告げるだけで怯えたようにもう話しかけてはこなかった。
一本の通路を発見する。その通路はどこかに続いているようだ。それはもしかしたら外に通じているのかもしれない。これだけの人数があの小さなバーから出入りするとは考えにくい話だ。僕はその通路にアイツがいる気がして、疾走した。
三分程度走った所で、僕はあの姿が偽者ではないと確信する。元々確信に近かったのだから、認識したと言うべきかもしれない。
怒髪ではないけれど逆立った青い髪。それは、この街の自由として名を馳せた、僕の幼馴染にして”親友”の男。
「珍しいこともあるもんだな。春空が俺を追いかけてくるなんて」
そう言って、いつもの雰囲気とは全く違った風に、天童泪は振り向いた。
「見てたよ、さっきの死合。最初っから最後までさ。あの女が調子に乗ったまんまで終わるのかと思ったけど、あの有様で。よく今まで生きてこれたもんさ。しかし、まあ、安心はしてたけどな。春空とあの肉豚が対峙した時も不安になることはなかった。必ず春空が勝つんだろうと確信してたよ。春空は昔っから強かったもんな。何回闘っても春空には勝てなかった少年時代を覚えてる俺にとっちゃあ、不安になる要素なんか無いんだ。けど、けどさ――」
やけに悲しそうに僕を見ている泪は、まるで世界の終わりとでも立ち会ったかのような暗い声で、先程の闘いを称賛する。
「やっぱり春空にはこの世界の存在を知られたくなかったよ、俺は」
「でも、泪が言うには僕はもう”こちら側”だったんだろ?」
泪は僕が人を殺したのが今日で二度目だと知らない筈なのに、泪は既に知っているかのようだった。知らずして理解しているようだった。
「そうだよ。春空の目や、雰囲気を見れば一目瞭然なんだ、そんなこと。まあ、それはこちら側の世界の人間の数人しか解らない程度なんだろうけどな。だけど、これは勝手な願いなんだろうけど、春空にはこのまま普通に暮らして欲しかったんだ。春空にはきっと、そういう道もあったと思うんだ」
「泪は僕の親かよ」
そして泪の言葉は嘆きのようにも聞こえた。俺にはこの道しかなかったんだ、と、そう悲観しているようにも見える。
「そりゃあ親じゃないさ。けれど、俺は、世界にたった一人しかいない春空の友達なんだぜ?」
「それはまた随分なナルシズムだな。なんで昔から泪が僕と仲良くしているか知らないけれど、僕は泪の友達じゃない」
きっぱりとそう言い切った。この言葉を泪の前で言うのは初めてだったろう。けれど泪は――
「知ってるさ、そんなこと」
知っていた。
「それにどうでもいいんだよ、そんなこと」
諦めてもいた。
「けど、俺と友達やってられんのは世界ただ一人しかいない気がするんだ。そんなの、間違いだって解ってんだけど」
知りながら諦めながら、それでも泪は、必死だった。
「自分の異常性を知った時に、傍にいた異常な人間は春空だけだったんだ」
果てしなき自由への滑走。それが泪の異常性。
「俺が自由なら、春空は神様かなんかか?」
「いくらなんでもそれは買被りすぎだよ。僕は神様と最も遠い」
「でも春空は自分の命さえどうだっていいだろ?」
鋭い言葉に息を飲む。
「それって要するに、究極に自由なんじゃねえの?」
自分の命さえも放棄出来るから、それが自由。あまりにも安直な気はするけれど、一つの答えではあるんだろう。一つの答えでしかないのだろうけど。
「だったら自殺したら英雄な世の中になっちゃうじゃんか」
「そうじゃない。そうじゃないさ、春空。自殺は敵前逃亡だ。死刑でいい」
自殺して尚死刑とはなんと世知辛い世の中なんだ、それは。
「誰も彼もがどうでもよくて自分さえもどうでもいいと心の底から上辺まで思っているのが、春空。お前だろ?」
「そうでもないよ。だって僕は今さっき、由兎が足蹴にされているのを見て怒り狂ったばかりだから」
「それは認識として誤りがあるんじゃないか?あの女が足蹴にされてて腹が立ったんじゃなくて、あの肉豚が足蹴にしてて腹が立ったんじゃないのか?春空の基準に違反したから腹が立ったんじゃないのか?」
「……泪、思ったよりも理解があって有難いといえば嘘じゃないんだけど、泪は僕を自殺に追い込みたいのか?」
泪が言う僕は、僕が心底それである変わりに、僕が心底隠していたい醜い人間だ。
気持ちはいくらでも摩り替えられる。いくらでも嘘がつける。だから今までもきっとこれからも嘘をついていたかった。
「そんなつもりじゃないさ。ただ、知っているとアピールしたかっただけなんだ。けど、もう、無理だな。春空。お友達ごっこはもう、終わりだな」
それはそれで突飛な話だ。ごっこを終わらせる必要も意味も意義も理由も何一つ僕には見当たらない。
そんなに表情には出ていなかった筈だ。けれど泪はそれを読み取っていた。それもまた、僕を知っているからこそ解ること。
「その内に解るさ。その内にな。その時が来たら否が応にも解っちゃうんだよ。だから、春空――ばいばい」
言葉と共に人が消えたのならそれは魔法だ。だけどこの異常世界がいかに異常だとしても現実世界なら魔法は存在しない。
僕の視界は急に真っ暗になった。と同時に腹に鈍い痛みを感じた。完璧に油断していた。泪が僕に攻撃してくるなんて想像していなかったのだから。それに、泪が僕の目を隠すように手のひらでも覆わせたのだろうけど、その挙動さえも見えなかった。
何が春空は強いだよ。とっくに僕なんか越してるんじゃないか。
意識が途絶える。きっと僕は大袈裟に倒れた。