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奇妙な魔女――5

PAGE10

 

 荒波を直接体で受け止めたかのような振動が僕の体を震わせる。瞬間の出来事にホール内は静寂だった。そして、僕がスキンヘッドの男を殺した瞬間――まだ辛うじて息をしようとしているが――地上に突き抜けんばかりの大歓声が割れたように巻き起こった。


『おおおおおっとぉ!蟻の子を散らすかの如く残虐非道のババロア兄弟を一蹴したー!一体この少年はどこの戦闘民族なんだー――!!?』


 液晶画面に映る殺しのアイドルの調子は最高潮だ。だけど、戦闘民族という表現には苦笑せざるを()ない。

 リングの外に出て仰向けに寝ている由兎の上半身をそっと起こす。彼女はもう起きていたようで、苦痛の汗を滲ませながらも平気な素振りをして笑っていた。


「なんだ……春空君って、滅茶苦茶強いんだね……一瞬だったじゃんか」


「そりゃあ、あんな奴らに負けることはないけど……強くなんかないよ」


 それは別に謙遜じゃない。そもそも、あんなモーションの大きい後ろ回し蹴りなど戦闘において、実戦において論外だ。現実に当てるならどれだけの隙を相手に作らなければいけないだろう。もしも避けられたらどれだけの痛手を負うだろう。それに、空手をしている人間が構えたら利き手には十分に気をつけなければいけない。僕を含めて人間大砲と同じ威力を持つから。だから、今回僕がこうも簡単に勝てたのは、僕の情報を相手が持っていなかったことが一番の理由だ。確かに、もう七年は空手を習っているけれど、僕に空手の才能はないようで、達人にもなれそうにないし全国一位にもなれそうにはない。素人相手に使える程度の護身術だ。

 そんな事情を大雑把に由兎に話す。


「それでも、私は今回助けられちゃった」


 と真面目な顔で言うもんだから、僕は照れてしまって俯いていしまった。


「これは、だから、お返し。あのアイドルに言わせればご褒美ってところかな」


 あのアイドルとは液晶画面に映っている彼女のことだろうか?なんてことを曖昧に考えていると、口に、当たった。

 由兎の唇が僕の唇に触れて、そっと離れた。


「私のファーストキス、あげるよ」


 いやいやいやいや。これで貸し借り無しと考えられるということは由兎は自分の美貌のレベルに気づいているということであってそれは別に想像通りだから良いのだけどというかこれで貸し借り無しなら寧ろ得した気分のようになるのだけどってそんな事はどうでもよくて。

 あまりにも驚いて俊足で後ずさると支えていた体が勢いよく重力に引っ張られて由兎は頭を豪快に打ちつけた。


「痛いなあ、もう」


「ご、ごめん……」


 混乱している時には人間本当にどうでもいいことを考えるようで、ファーストキスって死語じゃなかったんだ、と、唇に初めて触れた暖かい物に僕は意識を奪われていた。


「あ……」


 まだ体がまともに動かないだろう由兎が懸命に体を起こしてリングを見詰める。その先に何があるのかと釣られて視線を追うと、リング中央では髭面の男が豪快に泣いていた。兄弟の死に立ち会い動揺しているらしい大男は僕から見て、とても滑稽だった。まるで、遠くの異国で知らない誰かが地雷を踏んで粉々になってしまったかのような、そんな道化さが見え隠れしていて笑えてくる。そして僕はこの世界では自分を偽れないのだと思い知った。

 ふらふらと体を揺らしながらもリングに登る由兎。髭面の男が鬼の形相でこちらを睨みつけてきている。万が一を防ぐ為にも直ぐに僕もリングに登り由兎を護るように前に立つ。そうだ。まだ死合は終わっていない。


「まだやるの?」


 自分の方が満身創痍にも関わらず強い口調で彼女は言った。たとえ僕がここにいなくても、同じ言葉を彼女は吐くのだろう。相手に負けることはあっても決して屈服したりはしない。そんな強さが彼女からは漂っている。


「……もう、やらねえ。ギブアップだ」


 そしてまた観客の大歓声。決着は既についていたがここで勝敗も決まった。すると、由兎が僕を見上げてくる。元々小さな背が体の痛みで更に小さくなり、見上げることでさえ辛そうだ。


「どうするの?」


 それは勝利者に与えられた願いを催促しているのだと知った。そういえばそんな事を直前に言って驚かせてくれたなこの魔女は。


「そうだね。こいつを殺す意味も理由もないし」


 そういう言葉を使うならこの世界で殺される全ての人間に確かな理由があるのだろうか?その理由が悪しきにしろ、理由もなく殺される人間なんているのだろうか?理由もなく人を殺す奴とは一体どんな人間、否、怪物なのだろうか?もしもそんな人外がいるのなら僕は是非聞きたい。どうして人を殺すんですか?と。


「こいつの持っているお金……ここでのお金。だからポイントか。それを全部貰おうかな」


 ここで生きていくには通貨が必要だろう。無いよりも有るほうがよっぽど問題がない。今回の死合でファイトマネーもどの程度かは知らないが入るのだろうけど、殺す必要も無いし、他に欲しい物やこの大男求めている物もない。大男の瞳が別段輝いているわけもないのだから。


「そっか。それじゃあ腕を上に伸ばして人差し指を天に向けて」


 由兎に言われるがままに行動するが何故だか情けなく思って恥ずかしくなった。


「これはね、勝利者の合図。サインは二つ合って、一つは今の格好。もう一つは親指を下に向けるサイン。地獄に落ちろっていうアレね。親指を下に向けたら敗北者に勝利者が自ら何かをするという意味で、人差し指を天に向けたらあんな風に人が出てくるんだけど……うわっ、凄いレアかも……」


 由兎は腕を上げて場所を指し示すことさえ億劫なようで顎で場所を知らせてくる。が、直ぐにきょとんとした間抜け面になった。

 丁度僕の真後ろらしいその場所に振り向くと、凄く見慣れた女が小走りで駆けてきた。液晶を見ると全く同じ女が全く同じ場所を走っている。僕の目の前で肩を揺らして息をする女は思っていたよりもずっと可愛い、殺戮の世界のアイドルだった。

 猫のような耳を頭につけて、赤渕の眼鏡をかけていて、茶色の髪の毛を土台に様々な色の三つ編みが揺れていて、黄色のシャツに真っ青なスカートにピンクのカーデガンと、カラフルと形容するには言葉が足りない程の派手派手しい格好をしていた。猫耳のカチューシャは思いの外良質なようで、アイドルが揺れるたびにふわふわと一緒に揺れている。


「凄い!すっっっごいね!きみ!」


 対峙した瞬間に褒めちぎられて「はあ」と曖昧な返事を返す。


「自分の二倍はある大男をあっさりとだたーんどたーんだもんね!」


 きゃっきゃと飛び跳ねてはしゃぐアイドル。言われて髭面の男を見るがどう見たって二倍はない。僕はそんなに小さくもないし。それにだたーんとはどういう言葉だ?擬音語として成り立つのか?


「あの……」


 さっきの由兎の流れから察するにここに出てきた人間に旨を伝えるのだと思うのだが、アイドルは僕の話を聞く気がないほどに高揚していた。


「改革だよ!革命だったよ!龍が世界を舞っちゃったよ!あ、ごめんごめん。私の名前だよね?」


 違う。このアイドル、見た目のままにおかしいのだろうか?俗に言う電波という輩なのだろうか?


「私の名前は天使心身(てんしこころみ)!というのは芸名で、本名は件心巳(くだんこころみ)!面倒だからこころちゃんって呼んでくれたらいいよ?」


 自分からちゃん付けで呼んでくれといった人間は希少価値があって然るべくなのかもしれないが、あまりの鬱陶しさに溜息を吐いてしまう。


「うわぁ……近くで見るとちっっちゃくて細っこいなあ……」


 自称こころちゃんは僕よりも小さいくせにお姉さんのような年上の雰囲気で僕を観察している。いや、聞いてはいないが実際に年上なのかもしれない。

 ここから二十分、僕と由兎がそのくだらない会話に(といっても僕は「はあ」とか「へえ」とか相槌を打っているだけなのだが)心底飽きるまでこころは話し尽くした。と、思いたい。

 

 掲載ミスしましたwww

 いえ、笑い事ではないですよね。ごめんなさい。

 あちらの感想ページで教えて下さった方、ありがとうございます。

 ではでは。

3月4日追記点――心身の容姿。

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