わたしの日記の1ページ
花の季節の3日目のことです。
わたしは婚約者のリック――エリック・オルレアンこーしゃく様――と一緒に、のんびりとお話をしていたました。
「……ねぇ、リック」
「なんだい?フィア」
「わたしが結婚相手でいいの?」
お話がとまって静かになったところで、わたしは手をぎゅっとにぎりしめて、リックにここ最近ずーっと考えていた質問をしました。
それを聞いたリックは初めて見るくらいとても驚いた顔でした。
……リックもそんな顔するんだ、とびっくりしました。
「……急にどうしたの?フィア」
リックは心配するような表情でわたしのことをじっと見つめて来ました。
リックはわたしのことを心配してくれていました。
でも、それが嬉しいはずなのに、わたしは喜べませんでした。
何故なら、なんか、もやもやしていたからです。
……ここ最近ずーっと。
「……わたしは6歳で、リックは18歳。……わたしたち、12こも年がはなれてるんだよ?だからその、わたしはリックにはふさわしくないとおもうの……」
ずーっと悩んで。
ずーっと考えて。
そうして、わたしが気づいたのは、わたしがリックの婚約者にふさわしくないんじゃないかということでした。
「……どうしてそう思ったの?」
リックはわたしに優しく聞いてくれました。
無理矢理じゃなくて、わたしの話せるペースに合わせて待っていてくれます。
……とても優しいです。
その優しさが嬉しいはずなのに、やっぱりもやもやしました。
わたしはぎゅっとスカートをにぎりしめてお話を続けました。
ずっとにぎりしめていたせいか、手は少し湿っていました。
「わたし、まだまだお勉強もお作法もできないし、よくカルラにも注意されるくらいおてんばで、ぜんぜん立派なレディじゃないの……。だから、そんなわたしよりふさわしい人はたくさんいるとおもうの」
足りないのは、年齢だけじゃなくて全部で、わたしには何もかもがなかったのです。
唯一あるのは――お父様が決めた婚約者という立場だけでわたし自身には何もありませんでした。
「お父様たちが決めた婚約だから、わたしにできることはほとんどないけど、リックは違うでしょ?……わたしのせいでリックを困らせたくないの」
リックはとーっても優しいです。
家族やメイドさん達だけじゃなくて、領地の人達にも。
まるで、物語の王子様みたいに見えるくらいです。
でも、何も無い、何もできない、無能なわたしにはもったいない……ううん、一緒じゃダメなのです。
王子様はお姫様のところに行かないとダメなのです。
そして、わたしはお姫様じゃないから――
「だからね……」
「ふふっ」
「ど、どうして笑うのっ!?」
そうやって一生懸命説明していたのに、リックは途中で笑い出したのです。
わたしはまじめに話していたのに……。
ちょっと悔しいというか、ムッとしました。
ぷんぷん、ぷくーっ……でした。
「ふふっ、ごめんね。フィアがかわいいからついつい……ね」
「ふぇっ!?」
でも、いきなりかわいいといわれて、びっくりして変な声も出てしまいました。
とても恥ずかしかったです。
ぷいっ……でした。
「ねぇ、フィア?」
「……なぁに」
そっぽを向いていると、わたしの頭に手が置かれてさらさらと頭を撫でられました。
それは、お父様と違って乱暴ではなく痛くもない、心地の良いものでした。
流石王子様です。
「僕がね、一番元気になれることって何だと思う?」
「……おいしいものを食べてるとき?」
頭を撫でられていると、リックはわたしにクイズを出してきました。
そのクイズはとっても難しかったのです。
わからなかったのでわたしの好きなことを答えました。
「ふふっ、それも元気になれるけどね、一番ではないんだ」
「……わからない」
でも、それは正解じゃなかったのです。
その後も頑張って考えました。
けれど、答えはわかりませんでした。
「それは、君に会うことなんだよ」
「……ふぇ」
リックから返ってきたのはそんな答えでした。
『わたしに会うことが一番元気になれる』と、わたしが必要だと、ふさわしくなくないと言ってくれているようで、まるで夢のような言葉でした。
でも、これは現実のことでした。
だって、後ろからぎゅっと抱きしめられていて、とっても温かかったのだから。
「君とこうやってお話したり、顔を合わせたりするだけで、僕は嬉しくて元気になれるんだ。……君はどうかな?フィア」
「……わたしもすっごくたのしい」
「そっか。それはよかった」
リックはわたしの手を優しくにぎってくれました。
まるで、わたしたちが王子様とお姫様のように思えました。
「だからね、僕は結婚するなら君がいいんだ。フィア。フィアはどう?」
「……わたしも、リックがいい」
「ふふっ。それならよかった」
リックはニコッと微笑み、またぎゅっとしてくれました。
今日は沢山ぎゅっとされる日でした。
お母さんが居なくなって以来、久しぶりのことでした。
「だから、心配しなくても大丈夫だよ。僕はフィアの味方だから」
「……うんっ!」
気づいた時には心のもやもやはなくなっていました。
やっぱりリックは凄い人です。
そんなリックの隣にいるために、立派なレディになっているといいなと思います。
ううん、絶対になりますっ!
そのために、これからはこうやって日記を書いていきたいと思います!
『花の季節、3日目 ソフィア・リーズベルト』
「ふふっ、懐かしいね」
「や、やめてください!恥ずかしいです……」
「そう?僕は恥ずかしくなんてないよ。あの日があったから、こうやって今も一緒にいられるんだから」
「そ、それとこれとは別ですっ!」
「あーっ!またとーさまがかーさまのこといじめてる―!」
「違うよルキウス。アレはいちゃついてるだけだよ」
「そうなの?アレンにぃ」
「そうだ、もう少し大きくなればお前もわかるようになるよ」
「……ごめんね。フィア。君がかわいいからつい……」
「い、いえ、わたしもそう言っていただけて嬉しかったので……」
「……ほらね?」
「……ホントだぁ」