不幸
誤字脱字など有れば指摘していただけると幸いです。
それからはあっという間に時間が過ぎた。
救助、事情聴取、葬式と気付けば春休みは終わっていた。
新学期が始まって少しした頃、あの男はやってきた。
男はシライと名乗る警察の人間だった。
警察署で話すほどのことでもないからと喫茶店で待ち合わせた。
「いやあ、新学期が始まって忙しいのに時間を設けてもらって申し訳ないね」
「いえ、それより山で起きたことは以前説明したと思うんですが。今日は何の用ですか」
「単刀直入に言うと、本当に全部説明してくれたのかなって少し疑ってるんだ」
「疑ってるって言われてもお話したこと以上の真実はありません」
「ほお、君に会う前に事情聴取の記録を見てきたんだけど、時計を持ち去ったことは書かれてなかった気がするんだよねえ。もしかして記録漏れだったのかなあ」
どこか予感はしていたが、やはりあの時計のことを聞かれてしまった。
しかし、どうやって持ち去ったことが判ったんだ。
あの場には私しかいなかったのに。
私が言い出そうか逡巡しているとシライが痺れを切らして話し出した。
「どうしたのかな。少しコーヒーでも飲んで落ち着こうか」
そう言って店員にコーヒーを2杯注文する。
「別に怒っている訳じゃないんだ。緊迫した状況では冷静な判断ができないこともあるからね」
「お返しすればいいんですか」
「そういうことになるね。しかもあの時計は普通の時計じゃなくてね。一般の方が扱うには危険なものなんだ」
少しの間があって私は口を開いた。
「シライさんはご両親は健在ですか」
「かなり前に亡くなってしまったよ」
「そうですか。私は今回の事故で母親を失いました。これはどこからどう見ても不幸なことです。しかし、生き残った私や父の人生は続きます。このまま不幸で人生が覆われるのは嫌なんです。だからあの日から思ったんです。私は幸せにならなきゃいけない。それも並の人の人生とは比べものにならない程に。そして私を不幸にさせるものは何であっても許さないと」
「その許さない相手に含まれちゃったかな。でもね、時計を返すぐらいのことで不幸になるのかい」
「あれは母の手の中にあったんです。あの状況で唯一持ち帰れる形見ですよ。私からそれを奪うことは不幸なことですよ」
「若い人の理屈は理解できないなあ。まあ、つまるところ時計は返してくれないっていうことだね?」
「元々あなたのものじゃないですよね。返す道理がありません」
「そっかそっか。じゃあ危険物を持った君も危険ということになるね」
私は鞄から時計を取り出し、シライに見せつける。
「この時計がそんなに危険だって言うんですか」
「やっぱりね。形見というぐらいだから肌見離さず持ってるよね。悪いことは言わないから腕にはつけない方が良いよ」
「あなたの言葉はどれも私を不幸にさせるものばかりだ。私は幸せになることしかしない」
私はシライの目の前で時計を腕に巻き付けた。そしてそのまま店を飛び出してやった。
シライは私を追いかけて来なかった。
1人残された店内でシライはコーヒーを啜って独り言をつぶやく。
「あの様子なら良い働きをしてくれそうだなあ。あとは然るべき時まで待つしかないか」




