07
私は今、とても困っていた。
「な、名前……?」
ルイに質問されて気がついた。自分には今、まだ名前がなかったことに。
「そう。ギルドの一員になるには名前が必要だしね」
ルイは当たり前のように言った。
けど、私は困っていた。
(名前……。どうしよう?)
まさか自分で自分の名付けをしなくてはならないなんて誰が思うだろう?
私はこの時まで考えていなかった。
(けど、確かに名前がないと不便だよね……)
それはわかっているが、ぱっとすぐに出てはこなかった。
うーん。うーん。と頭を悩ませている私の近くで水晶がキラリと一瞬だけ光った。
━━ソフィア
「……え?」
私は突然、聞こえてきた声に困惑した。
「? どうかした?」
私の様子がおかしいことに気がついたルイが声を掛けた。
「ルイ、今……」
今、誰かが名前を呼んでいなかった? とルイに聞く前に水晶がまたキラリと光り……。
━━ソフィア
また、誰かがそう言った。
(ソフィア? 誰のこと?)
まさか私に言った訳じゃないよね? と思いながらも私は心の中で聞こえてきた声に聞いていた。
返答はなかったけれど。
水晶がキラリと光ったことを目にした私は、水晶の中にぼんやりと影があることに気づいた。
━━ソフィア
その影から光が放たれ、まるで私が呼ばれているかのようにも思えた。
(あなたは誰?)
その質問に影は答えなかった。
(ソフィアと名乗ってもいい?)
その質問に影は光を出した。
━━お前はソフィアだから。
それだけを言うと影は用は済んだとばかりに消えていた。
(私がソフィア……?)
どういう意味だろう? と考えてみたところで答えが出てくるとは思えなかった。
「私、今日、今この瞬間から“ソフィア”と名乗るわ!」
気を取り直し私がそう宣言すると。
ガシャーンッ! と何かが割れる音がした。
驚いてルイと共に音がしたほうを振り向くと。
妖精王様が立っていた。
呆然とした表情をしながら、目線は私のほうを見ていた。
「妖精王、様?」
私が声を掛けるとハッとしたように妖精王様は落としたモノを拾おうとしていた。
「手伝います」
私は妖精王様に近づこうとすると。
「来るな!」
突然の拒否発言にピタリと体が止まった。
その後、すぐに妖精王様は強く言いすぎたことに気がついたようだった。
「す、すまない」
どうしてかわからないけど、妖精王様はオロオロとし始めた。
「いえ。大丈夫です。あの、妖精王様……」
「ルミナス」
「……はい?」
私が妖精王様と言い掛けた途端、妖精王様はそう言ってきた。
「我の名はルミナスという」
「は、はぁ……」
(突然名前を名乗られても)
私は戸惑ったけど、ルミナス様の様子からなんだか名前を呼んでもらいたそうにも見えた。
「ええと。……ルミナス、様とお呼びしてもよろしいですか?」
「も、もちろん、許す!!」
もしもしっぽがルミナス様についていたなら、ものすごい勢いで振っていたのではないだろうかと思うくらいに嬉しそうにルミナス様と呼ばれることを許された。
突然の変わりように私だけじゃなく、ルイまで戸惑った表情をしていた。
「……我の名前を知っても思い出さないのか?」
「え?」
ぽつりと呟くようにルミナス様は何か言ったようだったけど、私には聞こえてこなかった。
ルミナス様はなんでもないというように首を軽く振り私のほうを真っ直ぐみた。
「ようこそ、ソフィア。異世界妖精派遣ギルドへ」
「お、お世話になります。今日からソフィアと名乗ることにしました。よろしくお願いします」
私はそう言ってルミナス様に頭を下げた。
「………………」
ルミナス様は何も言わずただ、私のほうを見ていた。
「? ルミナス様?」
私が声を掛けるとルミナス様は我に返ったかのような表情になった。
「あ、えーと。ラル、ナル、ウル」
「「「はーい! 妖精王様!」」」
ルミナス様に呼ばれた3人の妖精が一瞬で現れた。
三姉妹だろうか? 1人目は赤色をした髪色と目の色の妖精。2人目は青色をした髪色と目の色の妖精。3人目は黄色の髪色と目の色をした妖精たちだった。
(信号機の色?)
そんなことをつい思ってしまったけど、可愛いらしさや華やかさがある、私よりも少しだけ小さい妖精たちだった。
「ソフィアだ。このギルドのことを説明するように」
「ソフィア?」
まん丸な目を更にまん丸くしたかのように目を見開く三姉妹。
(え? な、何?)
ソフィアという名前を聞いた途端に三姉妹は私のことをマジマジと見ていた。
まるで何かを確かめるかのように。
居心地の悪い視線を感じ続けて数分後。
「ソフィア様だ〜!」
「……は?」
(ソフィア、様?)
「お帰りなさい! ソフィア様!」
「お会いしたかったですぅ〜!」
「ちょ、ちょっと待って!」
なんのことかわかっていない私は三姉妹を止めた。
「私はただのソフィアよ?」
(自分で考えた名前ではないけど)
「違いますよ〜」
黄色の髪色と目をした妖精が言う。
「ソフィア様はルミナス様の妹さんです〜」
「え!?」
(い、妹!?)
私は驚くのと同時にルミナス様の様子が変わったことの意味を理解した。
ただ、私はルミナス様の妹と言われてもピンとはきていなかった。
薄情と思われるかもしれないけれど、ルミナス様を見ても懐かしい感じが全然しなかったからでもあった。
私は困ったように笑うしかなかった。
「あの。できればギルドの説明をしてもらえるとありがたいかな〜?」
話題を変えるように言ってみると三姉妹は思い出したような表情になった。
「そうだった! このギルドは妖精であれば誰でもギルドの一員になれるよ!」
「ギルドの一員になるには名前登録が必要なのです〜」
「登録を完了したら、能力テストをしてもらうことになるけど、能力テストを合格したらあとは好きなようにできるよ」
言い慣れているのかスラスラと言葉が出ていた。
「異世界に行って働きたい妖精はワタシ、ラルの所に来てもらえれば紹介するよ」
赤色の髪色と目の色をした妖精、ラルがそう言うと。
「まだ働きたくない、遊びたーいっていう妖精はアタシ、ナルのところに来てね」
青色の髪色と目の色をしたナルもそう言い。
「ワタシ、ウルのところに来る妖精たちは……。派遣されてもご主人様に捨てられてしまったり、異世界で命を落としてしまった妖精たちが来るところなんだ〜。できれば来ないほうがいいね〜」
ウルはのんびりとそう言った。
そこまで聞いて私は考えた。
異世界に行って働くか、それともこの場所に留まるか。
選択肢は2択だったけど、迷う必要はないみたい。
「私、異世界に行く」
どうせなら働きたい。人間じゃないけど、誰かの役に立ちたい。
「ソフィア!」
今まで黙っていたルミナス様が突然、私を呼んだ。
「はい?」
私は首を傾げながら返事をした。
ぐっとルミナス様は私の腕を掴んだ。
「異世界に……行くのか?」
ルミナス様は苦しげにそう聞いてきた。
「はい。そのつもりです。私にどんな力があるかはわからないけど、私の力を必要としてくれる人がいるなら、その人のために使いたいです」
「…………!!」
ルミナス様は目を見開いて驚いたあと、手で顔を隠した。
(ルミナス様、私がソフィアと名乗ると言ったのを聞いてから情緒不安定だな)
私はまだ信じられなかった。私がルミナス様の妹だなんて。
(何かの間違いよね? ……そうであって欲しい)
そう考える私の近くにあった水晶の中でまたキラリと光を放っていた。