03
沙織の現実→詩織の過去へと続きます。
双子の姉である詩織が死んでから私、沙織の人生は一変した。
「あら、おはよう。詩織」
「詩織、おはよう」
お父さんもお母さんも私のことを『詩織』と呼ぶようになっていた。
「お、お母さん、お父さん、私は詩織じゃなくて沙織よ! 間違えるなんてヒドイわ!」
お父さんもお母さんも間違えてそう言ったに違いないと最初は思った。
それなのに。
「何を言っているの? 沙織は死んだのよ」
「沙織が死んでお前も泣いていたじゃないか」
「な……っ」
両親の言葉に私は絶句した。
双子の姉の詩織が死んだ時、私は確かに泣いた。
正しくは。
(泣いていないわ。泣いているフリをしていたの!)
詩織が死んで清々していた。
けど、悲しんでいるフリをして皆の同情を得ようと思っていただけ。
死んだのは詩織なのに。どうして私が死んだことになっているの?
時間が経てば『沙織』である私が生きていることに気付くのではないだろうかと淡い期待を持ったこともあった。
けど、そんな期待はすぐに打ち砕かれた。
誰も彼もが私のことを『詩織』と呼んだ。
『沙織』と呼んでくれる人は誰もいなくなっていた。
(どうして? どうしてみんな、詩織と呼ぶの? 私は沙織よ!!)
自分を認識してもらえない現実に堪えきれなくなった私は死ぬことも考えた。
けど死ねなかった。
死のうとすると誰かの声が聞こえた。
━━詩織を死なせたくせに自分も死のうとするのはどういうことだ。
そんな声を聞いたあと、私は一命を取り留めることになった。
そんなことの繰り返しだった。
私のことを『詩織』と呼ぶ世界になってから、誰も私の、『沙織』の話をしなくなった。
「ね、ねぇ、わた……。沙織のことはどう思っているの?」
詩織のことを褒め称える友人に対してそれとなく聞いてみた。
「沙織って誰だっけ?」
「詩織の双子の妹よ」
「ああ〜。そういえばいたっけそんな人」
(…………なっ)
私は信じられない気持ちになった。
聞き間違いであって欲しいと思いたかった。
それなのに。
「詩織に比べたら出来損ないよね」
「男に媚びを売ることしか能のない女」
「男に対する態度が違いすぎで不快だったな」
(やめて。……やめてよっ)
私に対する数々の悪口を聞き私は耳を塞ぎたくなった。
けれど、私は『詩織』としてなんでもないフリをした。
それしかできなかった。
(こんなことになるなら事故に遭う前に詩織を巻き込もうとするんじゃなかった)
今さら後悔してももう遅すぎるけど。
***
双子の妹の沙織は私とは違い、明るくて可愛くて社交的だった。
同じ顔をしている私とは違い、沙織の周りにはいつも人が集まっていた。
私は……。自分でも思っていたけど、可愛げもなく、それでいて聞き分けのいい、『いい人』になっていた。
「詩織、悪いんだけど、これ私の代わりにやってくれない?」
同じ会社でも同じ部署で仕事をしていた訳ではないのに、何故か私は沙織の代わりに仕事をさせられることが多かった。
それはひとえに私と沙織が見分けがつかない双子であったせいでもある。
(沙織がするはずの仕事を私がするのっておかしくない!?)
そんな風に思ったことは数知れず。
それでいて、私の仕事を沙織がしてくれるという訳でもなく。
(絶対おかしいでしょ!! コレ!!)
そうは思っても、結局引き受けてしまう私も私なのだけど。
自分の仕事と沙織の仕事をすることにより、当然私はいつも残業組だった。
要領が悪くいつもどれから手をつけようかと迷う始末。
自分の仕事を優先したいのに沙織の仕事の締め切りのほうが早いということがほとんどだった。
毎日、休みなくフル稼働していた。
それなのに。
「沙織、すごいね! また表彰されたね!」
「上司も一目置いているくらいだもんね!」
「そんなっ、私なんてまだまだだよ」
手柄は何故かみんな沙織のモノになっていた。
褒められて上機嫌の沙織を目にするたびに私は思う。
(いつか困ったことにならないといいけど)
その困ったことはすぐにやってきた。
「し、詩織! ど、どど、どうしよう!」
珍しく慌てた様子の沙織に私は一抹の不安を覚えながらも何があったのかを訪ねてみた。
「今度のプロジェクトリーダーに選ばれたの!」
「そう。良かったね」
「良くないよ! 企画案を考えてくれって言われたの! ど、どうしよう!」
心底困った様子の沙織だったが、私は手伝うつもりはなかった。
「リーダー、がんばれ。私は自分の仕事があるから」
そう言って自分の部署に戻ろうとしたけど。
沙織に捕まってしまった。
「詩織、代わって?」
「……は? イヤよ!」
プロジェクトリーダーなんて私に務まる訳がない。
むしろ。
「人をアゴで使うことなんて沙織の得意分野でしょ?」
「そんな言い方ひどい!」
「どっちが? 毎回仕事をやらされている人間の気持ちは考えないの!?」
私は我慢の限界にきていたのだろう。
言葉が止まらなかった。
「やりたくなかったのならそう言えば良かったでしょ!?」
「言ったら言ったで私を悪者にしようとするじゃない!!」
「そ、そんなことっ」
「ないだなんて言わないでよ」
実際、書類整理のミスを指摘され、注意を受けた沙織に責められることがよくあった。
(責めるくらいなら自分の仕事くらい自分でしなさいよ!)
そう思ったことも数知れず。
不意にガチャッとドアが開いた。
「まだ残っていたのか?」
沙織の部署の上司が姿を見せた。
「あっ、し、失礼します!」
沙織は私に傷つけられたかのような振る舞いをしながら部屋を出て行った。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
詩織の過去話はもう少し続きます。