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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
二年目
93/139

反抗と敵意と宣言




「今年もフローリアで出たらしいよ……逮捕者」


 雑誌撮影の控室には、不穏な空気が広がっている。この場にはイノセンスギフトのメンバーしかいない。


 すでに準備を終えてテーブルを囲み、スタッフからの呼び出しを待っていた。


「なんのはなし?」


「フローリアの先輩アイドルがほら……酒に酔って人を病院送りにしたってやつ」


「ああ……大丈夫なの? レギュラー番組とか。戻ってこれるの?」


「フローリアだから戻れるでしょ。社長がなんとかするよ」


「……わかんないなぁ。なんでそんなことするんだろ。自分の芸能人生、棒に振るようなこと」


 控室のドアが開く。熊沢が静かに入り、いさめる口調で言い放った。


「こんなところでそんな話するな。外にも声は漏れるんだぞ。誰かに聞かれたらどうするんだ。ったくこれだから星乃は……あぁ?」


 テーブルに、純の姿は見当たらない。


「星乃はどこいった?」


 誰も答えようとしないなか、勉強のためにノートを広げていた要が声を出す。


「トイレに行くって言ってましたよ」


「そうか。じゃあ、さっきの声はおまえたちだったか」


 疲れ切ったため息を、わざとらしくはいた。


「おまえたち自分のイメージが下がるのをなんとも思わないのか。どう見られてるのか常に意識してないとだめだろ。下世話な話をしてるようなアイドルを応援したいと思うか? 細かい言動も評価されてるんだからな?」


 メンバーの数人が不快気な表情を浮かべる。しかし反論はしない。


「特におまえだよ、氷川」


「……は?」


 要は顔をゆがめ、熊沢を見上げた。その手では、ペンを器用に回している。


「意味わかんないんすけど。大体、俺、勉強してましたから。マネージャーの言う下手なうわさ話には一切のっかってないんですけど」


「勉強、ね」


 熊沢が鼻で笑う。


「そんなんでいいのか、氷川。あの星乃でさえ番組のレギュラーが決まってんだぞ? 対しておまえは、ドラマもラジオもバラエティも、なぁんも仕事をもらえないなぁ?」


「うっわ。星乃がいないと俺にしかけてくるわけだ? 前から思ってたけど性格くそやばいっすね」


 要はペン回しをやめ、テーブルに放る。


 熊沢の言うことは事実だ。しかし純のように言われっぱなしでいられるほど、要は大人しくない。


「今は学校のほうを優先させてますから。事務所にも許可とってるんですけど?」


「勉強ばっかするのもよくないぞ。勉強優先だと仕事がもらえなくなるって相場が決まってんだよ、この業界」


「じゃあそれと同じことを上にいる人に自分で言えば? 下にいる俺たちにしか言えないってダサいっすよ」


 他のメンバーが声を出せないほどの不穏な空気が、一気に広がっていく。


 要の言葉に熊沢がひるむことはない。


「星乃の次に危ないのはおまえだからな。ただ注意してるだけだよ。星乃がいなきゃおまえが一番悪目立ちしてんだから」


「てめえ、いい加減にしろよ、さっきから黙って聞いてりゃぁよ!」


 テーブルをたたきながら要は立ち上がる。が、ドアの開く音で空気は変わった。


「あ、すみません。お手洗いにいってました」


 純が楽屋に戻ってきた。悪びれもせず堂々としている。


 顔をゆがめた熊沢が、振り向いた。


「ちっ。おまえな、勝手に単独行動してんじゃねえよ」


 控室の全体を見渡した純は、大体何が起こっていたのかを察した。要を見すえてほほ笑んだあと、熊沢に顔を向ける。


「すみません。でも撮影はまだですよね?」


「いっちょ前に生意気言ってんじゃねえよ。協調性持てっつってんだよ」


「はい。ですから氷川くんにちゃんと言って出てきました」


 熊沢の頭から、ぶちりと切れる音がする。


「おまえ調子のんのもいい加減にしろよ! 仕事もらえたのは自分だけの力です、みたいな顔しやがって」


 怒鳴り声に少し驚くようすを見せつつ、純は熊沢をなだめるように返した。


「そんな顔したつもりはないんですけど。でも、そうですね……」


 上を見て、なんと続けようか考え込む。


 その姿は、明らかに、以前のおびえる純とは違っていた。


「仕事がもらえるのは俺の父親と、イノセンスギフトと、事務所のおかげ、ですよね。マネージャーのおかげでないことだけは確かですけど」


「おまえは……ほんとに図に乗ってるようだな」


 熊沢の体は震え、表情筋がぴくぴくと動いている。その全身から湧き上がるのは、純に対する嫌悪と怒りだ。


「え、違うんですか?」


 なにも気づかないふりをして、純はきょとんとした表情になってみせた。頬に人差し指を当て、アイドルらしく首をかしげる。


「俺の仕事が決まったとき、俺の父親のおかげだなんだ言ってたのはマネージャーでしょ?」


 純のほほ笑みからは、熊沢へのあざけりが、わかりやすくにじんでいた。


「この野郎……!」


 マネージャーが歯ぎしりをしながら拳を握りしめる。


「あ、だめですよ。今はイノギフしかこの場にいないけど、さすがにクビになっちゃいます。二回目ともなると、さすがに上の人に告げ口するメンバーも出てくるでしょうし?」


 純には視える。熊沢の全身からにじむ、ドロドロとした黒い感情が。


 顔をゆがませながら純をにらみつけているものの、純は平然と笑っていた。


「てめえ、おちょくりやがって! このクソガキが!」


「そのように感じたのならすみません。でも事実を述べたまでです」


 純はあくまで丁寧に、淡々と言う。純の変わりように、メンバーもいぶかしげな顔を向けていた。


「正直言うと、俺、まだ熊沢さんを辞めさせるつもりないんです」


 純のキツネ目が、鈍く光る。


「……だって、俺が何をしてもしなくても、あと二年もないうちに辞ちゃうんですから」


「はあ? おれを脅してるつもりか!」


 熊沢の声が楽屋に響き渡る。さきほどメンバーに説教した立場のくせに、自分の評価までは考えられないようだ。


「それはないです。熊沢さんに脅すほどの利用価値はないので。辞めるまでの間、イノセンスギフトでもめ事を起こしてほしくないだけです」


「こんの……」


「トップを目指すイノギフに、あなたは必要ないんですから」


 熊沢が平手を振り上げる。メンバーたちは委縮し、顔を背けた。


 純だけが熊沢を見すえる。熊沢の手が振り下ろされる瞬間、ドアが開いた。


「すみません、撮影のほうお願いしまー……す」


 呼び出しに来た撮影スタッフが、ドアを開けて固まった。熊沢の手が途中でとまる。さすがの熊沢も、この場で純をたたくことはできない。舌打ちしながら、ゆっくりと手を下ろす。


 その姿を横目に、純はつぶやいた。


「よかったですね。ご自身の評価を、さげることにならなくて」



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