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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
一年目
9/126

ここでは無能で出来損ない 1




「ほら、自己紹介して」


 稽古場で、純は社長に背中をたたかれた。


 目の前では、デビューが決まる七人と、厳しい顔つきをしているダンスの男性講師が並んでいる。


 歓迎する空気は、一切感じない。戸惑いと不審の感情がただよう中、メンバーの誰とも目を合わせることができなかった。


「星乃、純です。よろしくお願いします」


 純は頭を下げる。それぞれの視線が、頭頂部に突き刺さってきた。向けられるさまざまな感情に、酔いそうになる。


「星乃の息子なの。踊れないから、一から教えてあげて」


 頭を上げて、ダンスの講師をちらりと見る。


 腕を組んでこちらを見るその目から、嫌でも読み取れた。コネを疑い、才能を疑い、純に対する不快感を持ち合わせていることを。


 当然だ。メンバーを増やしたいのなら、ダンスや歌がうまい者をレッスン生から選べばいい。わざわざ、星乃恵の息子をいれる必要は、ない。


「星乃の息子だからっていうのもあるけど、彼は会長直々(じきじき)のスカウトよ。会長が取ろうとした人材を私が無理やり取ったの」


 社長は手を口元に当てる。宝石のはまる指輪がギラリと光った。


「……どういうことか、わかるわね?」


 社長なりの、下手なことはするなというけん制だ。守る、という約束は突き通してくれるらしい。


「じゃあ、よろしく頼むわね」


 社長は純の肩を優しくたたき、稽古場を出て行った。


 嫌な沈黙が続く中、ダンス講師は後ろを向く。壁際には、イノセンスギフトに携わるスタッフたちが並んでいた。そのうち、軽装の若い女性と目を合わせ、純を顎で指し示す。


 とにかく派手な女性だった。金髪で、色素の薄いカラコンを付けた、きつい顔の美人。数人いるダンス講師の中で、彼女が純の指導に選ばれた。


 近寄られた瞬間、純の肌はピリピリとした刺激を感じ取る。それだけでわかった。彼女は男性講師と同様、純に、良い感情を一つも持っていないということを。


 とはいえ、この人が嫌だとごねるほど、純は子どもではない。アイドルとして、まずはメンバーやスタッフに認められる必要がある。

 できて当たり前のことくらいは、頑張って身につけなければならない。


 能力を貢献するために入った純が、アイドルとして足を引っ張っては元も子もないのだ。


 すでに踊れるメンバーの邪魔にならないよう、純は稽古場の後ろで教わっていく。


「そうじゃない! ここでターン!」


「はい!」


 キビキビとうごく女性講師に、動きが硬い純。


 一つ一つ動きを教わっても、それまでにダンスの経験がない純は、フリをマネするだけで精いっぱいだ。


「はい、そこ間違えた!  違うって、ここは、こう! ……ああ、もう、だからさぁ」


 間違えるたびに、女性特有の高音が耳に刺さる。


「もう一回! 最初から!」


 教わった動きを一人でとおしていく。マネをするのはともかく、一人で最初から踊るとなると動きはガタガタ。


 ダンス講師からすれば初歩的なミスを、何度も繰り返す。


「違うっつってんだろ! ふざけんな! ちゃんとやれよ!」


 ひときわ強い怒鳴り声に、フリの途中で体が固まった。足がもつれ、前のめりに転倒する。


 派手な衝撃音は、練習していたメンバーが動きを止めて振り返るほどだった。


 痛みをこらえながら立ち上がり、女性講師に頭を下げる。


「すみません」


 女性講師は腕を組み、顔をゆがませていた。


「もしかしてわざとやってる? わざとだよねぇ? 社長のスカウトがこんなできないやつなわけないよね? ふざけてんだよね?」


 これ見よがしなため息。


 純の体は震え、顔を上げられない。


「ダンスの才能なさすぎ。父親のダメなとこが似たんだね」


「すみません……」


 講師の体から放たれる空気は、イラ立ちと、失望と、軽視。純に容赦なく突き刺さってくる。


 講師は前方で練習する七人をちらりと見た。七人は練習を再開し、アイドルらしいキラキラしたダンスを、いとも簡単に踊っている。


「わかる? あんたはね、あれくらいまで踊れなきゃいけないの。あんたが素人だから急遽きゅうきょ振り付け変えてんだよ! デビューまでもう時間がないのわかってる? 本気でやれよ!」


 強く突き刺さる高い声。心臓の鼓動が早くなり、冷や汗が流れる。


「はい……。すみません」


 時間がないのはわかっている。覚えなければならないのはわかっている。


 わかっているのに、何度くり返し練習しても間違える。


「はやく覚えろよ! こんなんじゃ間に合わないんだって!」


 ちゃんと教わったとおりに動かなければ。講師の機嫌をそこなわないようにしなければ。


 そう思えば思うほど、動きはぎこちなくなっていく。覚えていたはずのステップまで、崩れてきた。


「あたしのこともしかしてバカにしてる? とろとろすんなよ!」


 向けられる怒声とため息に、体がどんどん硬くなる。ミスが増える。怒鳴られる。


 最悪の循環だ。


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