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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
二年目
88/139

初めてのロケと純の人柄




 スタジオでの振る舞いが評価された結果なのか、「ティーンエイジャー・アイドル!」のロケに出る仕事をもらった。アシスタントの月子と一緒だ。


 ロケ地は若者の街として名高い繁華街。周囲には高層ビルや商業ビルが目立つ。純や月子を含む撮影クルーの周囲を、おしゃれに着飾った若者が通り過ぎていた。


 この日は二月。外はかなり寒い。番組の都合上、衣装は制服で、その上からピーコートを着て出演する。それでも白い息を吐き、震えるくらいには寒かった。


「あ、月子だ!」


「まじで?」


 月子は純から離れた場所で待機し、ヘアメイクや衣装の確認をしてもらっている。通りすがりの若者たちがスマホで写真を撮ろうとするのを、平山がとめていた。


「撮影始めます! 渡辺さん! 星乃さん! 前にどうぞ!」


 スタッフの声で、二人はカメラの前に立つ。ADが合図したあと、カメラが撮影をはじめ、月子が第一声を放った。


「さあ、今回はですね。イノセンスギフトの星乃純くんと、ロケに来ております」


 待機中の落ち着いた表情とは一変し、穏やかな笑みで続ける。


「純ちゃんは、テレビでのロケ初めて?」


「ですね。デビューして初めてのロケになります」


「なるほど~。では大先輩のわたしが、リードしていきますんで」


「よろしくお願いします。期待してます」


 ロケは導入からスムーズだ。さすが天才女優。世間を揺るがした騒動の影響を、一切感じさせない。


「あ~寒い。みなさんこれおわかりいただけるようにすごく寒いです~。今日のロケは屋内らしいので! はやく、中に入りましょ」


 ロケの内容は、十代の流行を実際に体験してみる、というものだ。新たにオープンした商業ビルやアパレルショップを見て回り、順調にロケは進んでいく。


「すごいよね純ちゃんって」


 次のお店へ移動中、カメラが回る前で、月子が話しかける。


「はじめてなのに、そんなに緊張してないでしょ?」


 声に、複雑な感情が乗っていた。騒ぎを起こしてしまった月子なりに、純へ歩み寄ろうとしてくれている。


 真面目な表情の月子に対し、純はやわらかく笑う。


「そう見える?」


「うん。スタジオにいるときよりリラックスしてる気がする」


 月子の指摘に、確かにそのとおりだと自覚する。初めてのロケで、人の目もたくさんあって、カメラの前なのに、緊張が体に出ない。


「確かに、そうかも。イノギフのダンスレッスン以上に緊張することってないかな」


「いまだに緊張しちゃうんだ? ダンス苦手だもんね」


「うん」


 ここには嫌みを言うマネージャーもおらず、他のメンバーと比べられることもない。環境が違えばこんなにも楽なのかと、自分で驚くほどだった。


 二人は、若者に人気のカフェで食レポをさせてもらう。純はカメラの前で、チーズに包まれたオムライスを一口ほおばった。


「あ、意外と多いんじゃない? 大丈夫?」


 初めての食レポを、となりに座る月子が見守る。


 純は口元から伸びたチーズを必死に口につめこんだ。やっと入れきると目を細め、満面の笑みを浮かべる。


「おいしい~」


「おいしい? どんな感じなの?」


「あのね……語彙力が一気になくなるくらいにおいしい」


「なにその食レポ」


 月子もオムライスを食べ始める。純とは違い、スプーンにのせる量が少ない。


 純と同じように、のびるチーズに苦戦していた。なんとか口に入れ、うなずく。


「あ、おいしーい! とろとろしてる。卵が甘いね!」


「おいしいよね」


「ね! ……いや、食べるのはやくない?」


 月子はスプーンで一口食べたばかりだというのに、そのすきに純は半分も食べ進めていた。


「俺、わりと大食いだから……」


「おなかすいてた?」


「うん、めっちゃ動き回ったから……」


 月子も撮影クルーも、和やかに笑う。


「知らなかった。純ちゃんが大食いだったなんて」


「一緒に食事することってなかったからね」


「ほんとだね」


 食レポも無事に済ませ、ロケは終盤へ進んでいく。


 ついにエンディングの撮影が始まった。オープニングと同じ場所、薄暗い空の下、月子があいさつをしようとするところを、純がさえぎった。


「さあ今日のロケはですね。二月ということで」


「ん? どうした?」


 月子はきょとんとしている。純は気にせず続けた。


「ぼくとスタッフ一同で、こんなものを用意してみました。お願いしま~す」


 いきなり流れ出した誕生日ソング。同時に、カメラマンやスタッフたちのあいだから、台車に乗せたケーキが二人の前に運ばれてくる。


 普通の真っ白なケーキではなく、さまざまなフルーツの断面で覆われたドーム状のケーキだ。ドームの頂上には、チョコプレート。『月子ちゃん誕生日おめでとう』と書かれている。


「月子ちゃん、誕生日おめでとうございます」


 手の空いている撮影クルーたちと一緒に、盛大な拍手を送る。


 月子はケーキを見て、純やスタッフにぺこぺこと頭を下げた。


「あ、こんな……わざわざ、ありがとうございます」


「もうすでに切り分けられているみたいですから、ちょっと食べてみてください」


 純が器用に、一切れを皿にのせる。


「うわぁ~みてみて! この断面!」


 ドーム状にかぶせられたスポンジの中には、さまざまなフルーツがクリームと一緒に敷き詰められている。


「なんか、純ちゃんのほうが喜んでるよね」


「だっておいしそうじゃないですか~」


 メッセージプレートを乗せることを忘れず、フォークと一緒に月子へ渡す。


「食べていいですよ。月子ちゃんのケーキなんで」


「あ、うん……」


 月子は小さく切り分けようとするが、中身のフルーツが大きくカットされており、はみ出てしまう。見苦しくならないようすぐにフォークで突き刺し、口に入れていた。


「あ……!」


 月子は目を見開き、うなずいている。


「おいしいですか?」


 月子はうなずき続け、ケーキを再び切り分けて口に入れた。純はカメラに体を向ける。


「ケーキはですね、最近SNS映えするケーキとして話題になっております、Uユーフルーツパーラーさん直営のパティスリーでご用意させていただきました」


 カンペに出ている説明文を読み上げ、一言付け加えた。


「ちなみに、スタッフは他のタルトだったりチョコレートケーキがいいんじゃないかと話してましたけど。ぼくはこれがいいと、決して曲げず」


 スタッフたちは苦笑いを浮かべ、うなずいている。


「へえ、意外。純ちゃんって周りに合わせるタイプかと思ってた」


「そうですよ。でもせっかくですから、月子ちゃんには好きなものを食べてほしいじゃないですか。それにフルーツ好きだっていうのはきいてたんで」


「うん、好き」


 月子の好物は平山から把握済みだ。ストイックに体型管理を怠らないことも。


「生クリームたっぷり、よりもフルーツぎっしりのほうがいいかなって」


「うん、嬉しい。ありがとう」


 月子は笑った。大きい猫目をほそめ、口角をきゅっと上げている。


 純にはわかる。その笑みが演技ではなく、本物なのだと。


「純ちゃんも、食べてね。私一人だけじゃ食べられないから」


「もちろんです。ずっと食べたくてしょうがなかった……」


「いいんだよ、気にしないで食べて」


「じゃあ、スタッフの皆さんも食べましょうね」


 純がケーキを皿にのせ、手の空いているスタッフに手渡していく。こうして、エンディングの収録を、無事に終えることができた。


 後日、スタッフにすべてのケーキを渡した純が一口も食べていないことを、スタジオで共演者につっこまれることになる――。



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