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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
二年目
79/139

妹と兄のひと悶着、再び 2




「そういうところに問題があるんだろ! 星乃はおまえのこと心配して声をかけただけなのに、八つ当たりしてんじゃねえよ!」


「はあ?」


 月子は負けることなく言い返す。


「関係ないところで死ねって言ってきた人に言われたくないんですけど! 記者がいるからって救急車呼ぶのためらってましたよねぇ?」


 その一言で、メンバーの視線が千晶に向く。


「な……ちがっ……おまえ、それ語弊があるだろ!」


「語弊? どこが? 事実でしょ?」


 事実だ。純にはわかる。月子は先ほど純に向けていた感情とは違うものを千晶に向けていた。


 本気で、千晶()を叩きのめそうとしている。高慢に、見下すような笑みを浮かべながら。


「ようやく売れ出したからって調子に乗るな! あんたがいいのは顔だけだから! 演技力もトーク力もない! そのうち飽きて捨てられるわ!」


 千晶は言い返せず、顔をゆがませる。コンプレックスに感じている部分を、月子は的確についていた。


「あんたに顔がなくなったら何が残るの! 腕を傷つけても仕事が来る私と一緒だと思うな! あんたの演技なんて私から見れば大根よ!」


 状況に収拾がつかなくなったころ、ようやく迎えの車が月子のそばに停まる。平山が月子を抱きかかえ、迎えの車に無理やり押し込んだ。


 抵抗しながら、月子はまだ吠える。


「イノセンスギフトなんてポッと出のアイドルにしか過ぎないから! せいぜい今のうちに仕事楽しんどけばぁ?」


「月子ちゃんやめて! わかった! わかったから!」


 暴れる月子をなんとか乗せ、ドアを閉める。ため息をつきながら純にむきなおった。


「……お騒がせして、申し訳ありませんでした」


 乱れたスーツもそのままに、平山は純に向かって頭を下げた。純は悲哀を帯びた目で見すえる。


「気にしないでください。俺は、大丈夫ですから、こちらこそ、刺激してしまってすみません」


 純の後ろから、イノセンスギフトと一緒にいた熊沢が、わざとらしく声を放った。


「あーあ、大丈夫か星乃。災難だったなぁ。ああいうヒステリックな女子中学生が担当じゃなくてほんとうによかったよ」


 純に限らず、平山にもちゃんと聞こえている声量だ。


「本当に申し訳……」


「本当に気にしてないので大丈夫です」


 純は平山に対し、すべてを包み込むような笑みを見せる。頭を上げた平山は、悲壮感を漂わせていた。


「……あのとき、星乃くんが言っていたとおりになりましたね」


「ねえ。残念ながら」


「……僕、もう、どうしたらいいかわからないんです」


 顔を伏せた平山から、今にも泣きそうな声が漏れる。


「僕は、月子が仕事の多さに苦しまないでほしくて……。ついこの間まで、良い関係を築けていると、思ってたのに……。なにがだめだったのか考えてみたけど、それも、わからなくて……」


「とりあえず今は、マネージャーの仕事だけをしていたらいいんじゃないですか?」


 純にしては、突き放すような口調だった。


 わかっている。平山が悪いわけではない。月子に対して思いやる気持ちも、心配する気持ちも本物だ。それが月子の気持ちと噛み合わないだけ。


 今ならきっと、平山も純の言葉をしっかり聞いてくれるだ。純は冷静に続ける。


「平山さんは、月子ちゃんの地雷を踏んじゃったんでしょうね。だから、それまでの信頼も何もかも、月子ちゃんの中で吹き飛んじゃったんじゃないかな」


「でも、僕は……」


「わかってます。平山さんがちゃんと、月子ちゃんのことを大事に思ってるってことは。だからこそ、なにが地雷かわからない状況で、余計なことをすべきじゃないんです」


 純は一歩、近づいた。顔を寄せ、手で口元を隠し、平山にしか聞こえないほどの声を出す。


「だって、月子ちゃんは、平山さんにマネージャーとしての仕事以外は、求めていなかったでしょ? それが、すべてなんです」


 平山の顔はますますバツの悪いものへと変わっていく。


「……今はつらいでしょうけど耐えてください。俺は、平山さんを絶対に辞めさせたりしません」


「えっ」


 純は少し離れ、人当たりのいい笑みで続けた。


「ごめんなさい、引き止めちゃって。月子ちゃん、まだまだ不安定な時期だから、平山さんがそばにいてあげてくださいね。ただ、それだけでいいんです」


 平山は真剣な顔をして、もう一度頭を下げる。背を向けて、月子が乗った車に乗り込んだ。


 発進した車を見届ける純のもとに、背後から爽太と空が駆け寄る。


「ねえ、大丈夫? なにに首つっこんでんだよ」


「渡辺月子になにしてんだよおまえは~! 見てるこっちがヒヤヒヤしたんだからな!」


 二人は本気で純のことを心配していた。月子の怒声が強烈だったのか、月子が去った今も顔を青ざめている。


「大丈夫だよ、友達だもん」


 にこやかに言い切った純は、二人と一緒に事務所の中に入ろうとした。が、視線に気づき、立ち止まる。


 純を見すえていたのは千晶だ。憎々し気にゆがんだ顔でにらんでいる。端正に整った顔だからこその迫力があった。


 千晶のほうから目をそらし、先に事務所へと入っていく。純のとなりにいた爽太が、鼻を鳴らしてつぶやいた。


「妹が妹なら、兄も兄だな」



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