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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
二年目
78/139

妹と兄のひと悶着、再び 1




 ミュージックビデオの撮影を終えたイノセンスギフトは、バスで事務所に戻ってきた。


 最後に純がバスから降りたとき、焦りを含んだ声が近づいてくることに気づく。


 月子が平山とともに裏口に出てきた。声の正体は、平山のものだった。


「ねえ、聞いてる? 月子ちゃん! そりゃ僕だって、いろいろと配慮が足りなかったとは思うよ!」


 声が響き渡る中、先を歩く月子は無言を貫いている。まるで平山の声など聞こえていないかのようだ。


 イノセンスギフトには眼中もなく、乗り場へと向かっていく。迎えの車はまだ来ていない。乗り場の前で、月子は姿勢よく立ち止まる。


「でも僕は本気で心配してたんだ、月子ちゃんのこと」


 二人の姿に、熊沢やメンバーは腫れものを見るような目を向けていた。月子が起こした事件は、この場にいる全員、すでに耳にしている。


「言いたいことがあるなら言ってよ! そこがきみの悪いところだよ! なんできみはきみの価値が下がるようなことを平然とするくせに主張はしないんだよ!」 


 月子はただ、車道を見すえるだけだ。その横顔を、純は見すえる。


 以前、異変を感じ取ったときよりも、月子の瞳はどす黒い。顔色も青白く、唇も血色が悪かった。


 背中側に回している左手首には包帯がまかれ、痛々しい。


「ねえ、月子ちゃん。僕、月子ちゃんに対してそんなに悪いことした?」


 返事も反応もない月子に、平山は深い息をつく。先ほどよりも落ち着いた声で続けた。


「僕たち、コミュニケーションが不足してるんだと思う。だって、僕、月子ちゃんがなにに不満を持っているのかわかんないし……。月子ちゃんは自分の気持ち、話してくれないし」


 月子はすでに、平山に対して壁を作っていた。なにを言おうと、月子が平山に顔を向けることはない。


「月子ちゃん……」


 すでに月子は、誰にも心を許す状態にはなかった。そもそも、あのプライドの高い月子が、誰かになんでもかんでも話すことなど困難だ。


 不穏な空気が広がる中、純は空気に逆らうように歩き出した。


「やっぱり、月子ちゃんだ。元気? これから撮影? 俺は今終わったとこ」


 いつもどおりの笑みを浮かべて、いつもどおりの穏やかな声をだす。先日、台本を渡したときのことなど、なかったかのように。


 月子は近づいてきた純に、顔を向けた。とはいえ、その表情は硬い。


「聞いたよ、月子ちゃん。大変だったね」


 ここで放っておけば、本当に手遅れになる。渡辺月子という女優は、終わる。


「腕、大丈夫だった?」


 周囲は凍り付く。それでも、純は笑顔で続けた。


「すごく、痛かったんじゃない?」


 月子の目つきは、純のことですら突き放そうとしていた。世界のすべてが敵だとでも言いたげにつり上がっている。


「別に。こんなの大したことないから」


 言葉にも、とげとげしさをはっきりと感じさせた。しかし完全に無視をするほどではない。


「うん、でも、月子ちゃんが無事でよかった」


 眉をひそめた月子に、純は眉尻を下げて続ける。


「ごめんね。俺が追い打ち、かけちゃったのかな。本当は月子ちゃんが困ってるってわかってたんだけど……。俺は結局、なにもしてあげられなかったから」


「違う。純ちゃんの、せいじゃない……」


 月子の目が、潤んだ。純を拒絶するように手を上げる。体を震わせながら、顔をゆがめ、涙をこらえるように声を出した。


「私のことは、大丈夫だから、もう気にしないで。別に、大変じゃないし。純ちゃんには関係のないことだから」


 自分で引き起こしたこの騒動に、巻き込ませたくないのだ。純のことを。


 自分が傷ついてもなお、月子なりに純を守ろうとしている。


「でも、友達だもん。言ったでしょ? 俺はなにがあっても味方だって……」


「いいからもうほっといて!」


 月子の大声が、裏口に反響する。


 メンバーたちがハラハラしながら見守っている視線を、純は背中で感じ取っていた。


「やめてよ! わたしはあんたとは違うの!」


 わめく一方、その目から、涙が零れ落ちていく。


「あんたみたいなかわいそうな人間じゃないの! 一緒にしないで!」


 流れ落ちる涙をそのままに、月子は肩で息をする。純は面食らいながらも、安心してほほ笑む。


「うん、そうだよね。月子ちゃんは俺と比べ物にならないくらいすごい人だもんね」


「あんたはいいわよ! ダンスも歌もできないし仕事もないくせに! いっつもへらへらしちゃって! 恥ずかしいと思わないの? スタッフからもファンからも馬鹿にされ続けるなんて。私だったらそんな人生惨めすぎて死ぬほうがマシ!」


 わめく月子に引いている周囲に対し、真正面で受け止めている純はほほ笑んだままだ。


 月子ももう、自分では止められないのだ。無理に止める必要はない。吐き出して落ち着くのなら、吐いたほうがいい。


「ファンとスタッフにびうってりゃなんとかなるのにあんたってそんなこともできないの? イノセンスギフトなんてしょせん売れ残りの寄せ集め! その程度のアイドルなの! 媚びうってさえいればなんとでもなるのよ!」


 純は笑みを浮かべたまま反論しない。月子から、悪意は一切感じなかった。


 月子としては、純がこれ以上近づかなければそれでいいのだ。ヒステリックな月子が理不尽にわめけば、純を不憫ふびんに思う存在が出始めるはずだから。


 純を思う月子の声はとにかく悲痛で、胸に抱える苦しみが一緒に伝わってくる。


「あんたみたいになんの努力もしてないようなやつ……何の結果も残してないようなやつに……」


「うん、そうだね。俺よりも月子ちゃんはがんばってるもんね。つらくても、お仕事が好きだから、がんばってきたんだもんね」


 それでも、ついに限界が来た。心の平穏を、保てなくなった。


「あんたみたいなのに私の気持ちがわかるわけないでしょ! わかられてたまるか! わたしよりも売れてないあんたなんかに、理解できるわけないから!」


 月子のどうにもならない怒りや悲しみが、ずっと純の中に流れ込んでくる。気を緩めれば、純も泣いてしまいそうだ。


「わかるわけないだろ、おまえみたいに自分勝手なヤツ!」


 純はふりむいた。声の主は千晶だ。月子を指さしながら、月子に負けないくらいにわめく。

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