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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
二年目
76/151

妹の奇行、兄の失言

 



『月子ちゃん自身が、月子ちゃんのことを傷つけるようなことはしないで』


 純の言葉が、月子の頭にこびりついて離れない。


 しかたなかった。これしかなかった。


 ただでさえ敵の多い月子には、頼るものなどいない。プライドの高い月子を助けてくれる者もいない。


 今までどおり、自分の身一つで、自分の立場を守るしかないのだ。


 ――月子にはわからない。集団生活と、普通の生活の良さというものが。


 あんなものはしょせん月子にとって、出る杭を打つだけの場所だというのに。


 グループの全員でトップを目指すというきれいごとも、凡人に囲まれて暮らす日常も、月子にとっては息苦しいだけだ。


「ただいまー」


 夜遅いこの時間に、兄である千晶の声が聞こえる。遅いご帰宅だ。


 家の中で明かりがついているのはダイニングキッチンのみ。月子がシンクの水を流しながらたたずんでいる。


 リビングに入ってきた千晶は、月子の姿を見てため息をついた。電気のスイッチに手をかざす。


「あのさぁ、帰ってたら返事くらい……」


 月子の姿に、目を見開いた。声は喉の奥へとひっこみ、持っていた荷物はその場に落ちる。


 千晶の視線の先にあるのは、月子の腕だ。右手に持つ包丁の刃が、腕まくりをした左の手首に食い込んでいた。血が、水と混ざりながら、排水溝へ流れ落ちていく。


 我に返った千晶は、言葉にならない声を響かせ、月子に駆け寄った。包丁を無理やり引きはがし、シンクに放る。


「あ、あ、あ、あ……なんで、なんで……」


 傷口はぱっくりと開き、止まらない血が床に零れ落ちていく。その光景にパニックになりながらも、必死に傷口をおさえた。


「あ、あ、どうしよう……救急車……だめだ。記者にばれる……」


 千晶の反応とは裏腹に、月子の表情と声色は静かだ。


「大丈夫よ。太い血管までは切れてないから」


「だからなんだよ! ばかじゃねえの! こういうので気をひこうったって、ただのかまってちゃんにしか思われないんだからな!」


 千晶の目から、ぽろりと涙が落ちる。


「なんでこんなことするんだよ! 仕事もたくさん来て、たくさん褒めてくれて! それっていいことだろ!」


「……そうね」


 涙が一粒、また一粒と、とめどなく落ちていく。鼻水まで出て、千晶の顔はもうぐしゃぐしゃだ。泣きの演技でも、ここまですることはない。


「おまえが苦しむ要素なんてなんにもねえだろうがよ! 映画の撮影もひかえてんだろ! おまえのせいで、映画に関わる人たち全員に負担がかかるじゃねえかよ!」


 しゃくりあげながら、声を荒らげる。


「うぅ……なんで。傷が残るだろ……。傷が残ったら、仕事に影響がでてくるんだから……切るなら人に迷惑かからないときにやれよ! 俺の仕事にも響くかもしれないだろ! まじでふざけんなよ、くそ……」


 涙にぬれた目で月子を見た千晶は、体を震わせた。


 月子の瞳は禍々しい狂気に染まり、無感情に千晶を見つめている。泣きもせず、痛がりもしない。


 顔に落ちる影が、今にも消えてしまいそうなはかない美しさを作り上げていた。


 その姿に、得体のしれない恐怖が千晶を襲う。


「大丈夫よ、別に。私がどうなろうと。また新しい才能が現れるだけ。でしょ? 死んだところで、みんなすぐに私のことなんて忘れるわ」


 少なくとも、月子が千晶に対して心を閉ざしたのは明白だ。


「いっそ、死んでしまえたらよかったのよ。生きていける世界が、なくなるくらいなら」


 その声にはもう、夢も希望もない。


 千晶の手を無理やり引きはがし、垂れ流す血もそのままに玄関へ向かう。


「月子」


 体を支えようとのばした千晶の手をはらう。


「病院行ってくる。ついてこなくていい。迷惑なんでしょ」


「ちが」


「私が腕切ったくらいでお兄ちゃんの仕事量が変わるのなら、お兄ちゃんの実力はその程度ってことじゃない? もし逆の立場だったら、私はむしろ仕事を増やす自信があるもの」


 止まらない血にも顔色を変えず、異様なことを言いきった。その姿に、千晶は開いた口がふさがらない。


「……ああ、そうだ。さっき記者がどうとか言ってたよね? それ、どこにいたのか教えてくれる?」



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