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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
二年目
71/139

アイドルバラエティ「ティーンエイジャー・アイドル!」 1




 この日、純はテレビ局の楽屋にいた。千晶と一緒だ。同じ空間にいても、二人が会話をすることはない。


 純がテーブルで高校の課題を進める一方、千晶は鏡の前で入念にヘアセットをしてもらっている。純は赤毛をキレイにとかしただけだったが、千晶は編み込みやカールをつけて、と手が込んでいた。


 今日の仕事はトーク番組の収録だ。フローリアミュージックプロダクションに所属するアイドルグループのうち、十代のアイドルが数人ずつ出演する。イノセンスギフトは今回、年下組のみの出演だ。


 衣装の制服を着た歩夢と爽太が楽屋に戻ってくる。爽太が純に向かって声をかけた。


「星乃くん、日野先輩にあいさつしてきたら? 今なら楽屋にいらっしゃるから」


 なんてことない言葉だが、トゲがあった。明らかに、今のは千晶を除外している。


 顔を向けた純は、とりあえずうなずいた。爽太の意地の悪さをかすかに感じ取ったが、この場でどうこうしようとは思わない。


 爽太のとなりにいる歩夢も不穏を察したのだろう。ぎこちなく千晶をフォローする。


「あ、えっと、千晶も一緒に行ってきなよ、ね?」


 ちょうどヘアセットが終わった千晶は、二人に顔を向けた。爽太が後付けでなにか言うこともなければ、千晶が文句を言うこともない。


 しかし楽屋は、誰もが声を出せないほどに冷え込んでいく。この状況に、純が口を出すことはない。


 課題を片付けながら席を立つ純に合わせ、千晶も立ち上がった。


 一緒に廊下へ出た瞬間、千晶が純に向かって口を開く。


「あのさ」


「あ、イノギフの千晶くんだ~」


 女性の甲高い声に遮られた。ブレザーの女子生徒に扮した女性アイドルが二人、近づいてくる。同じ事務所のアイドルグループ「Arcanaアルカナ Secretシークレット」のメンバーで、イノセンスギフトよりも先輩だ。


「もしかして日野さんにあいさつ行くの? 一緒に行こうよ~」


「千晶くん、収録にはもう慣れた~?」


 純のことは見えていないかのように、千晶の体をなれなれしく触っている。


 下心が丸見えだ。これがアイドルで大丈夫なのかと、純が心配するほどだった。


 千晶は困惑しながらも、笑みを浮かべて対応している。助け舟を出そうとしたときだった。


「何してるの?」


 女性アイドルたちとは逆の方向から、月子が近づいてくる。こちらもブレザーの制服を着ていた。


 髪型はさらさらのストレートだ。女性アイドルたちの派手なヘアアレンジに比べれば、落ち着いている。


「日野さんにあいさつするの、まだでしょ? 一緒に行く? お兄ちゃんも……」


 女性アイドルに絡まれている千晶を見て、鼻を鳴らした。愛想のない顔を純に向ける。


「私たちは先に行きましょ」


「え、あ……うん」


 千晶のようすを気にしつつ、純は月子についていく。今、純が一緒にいるべきなのは月子だ。


 たとえ千晶が困っていようと、千晶には味方が多いはずだ。純の助けは必要ない。


「中学生のくせに、もう男に色目使ってるんだよ」


「早熟すぎて怖いよね」


「千晶くんのほうが演技も歌もうまいのにね~」


 後ろからぼそぼそと悪口が聞こえた。耳のいい純には丸聞こえだ。女性同士でも、いろいろあるのだと悟る。


 前を歩く月子は、以前会ったとき以上に静かで、元気がない。まったく話そうとせず、表情も乏しい。ふれるとケガをしそうな近寄りがたさを、隠そうともしていない。


 月子は立ち止まり、すぐそばのドアに手を向けた。


「ここが日野さんの楽屋。イメージどおり優しい人だから安心して。……って、もしかしたら純ちゃんは会ったことあるのかもね」


「えっと……」


 答えに詰まる純に、月子はそれ以上追及することなくドアをノックした。やはりいつもより冷たい。


 中から返事が返ってくると、ドアを開ける。


「おはようございます、日野さん」


 月子のあいさつに、純が頭を下げて続ける。


「おはようございます」


 テーブルに座っていた日野が立ち上がり、二人のもとへ来る。


「おはよう、今日はよろしくね」


 日野ひの聡一郎そういちろうは、若木海斗や星乃恵に比べると、素朴な顔立ちをしていた。派手さはなく、アナウンサーのような清潔さが前面に出ている。


 身にまとう空気は穏やかで、ほんわかとしていた。


「純くんのことは若木さんから聞いてるよ。がんばってね」


「はい。精いっぱいがんばります」


「あんまり気負いしなくて大丈夫だよ。なにかあったらフォローするから。好きにやってごらん」


「はい。よろしくおねがいします」


 あいさつを手短に済ませ、楽屋をあとにする。短い時間で、日野の人となりがすべてわかった。


「……あの人、俺の前で父親の名前出さなかった」


 小さいつぶやきだったが、月子が顔を向ける。


「そうね。日野さんは、星乃さんと仲いいのにね」


 そのとおりだ。若木と同じく、日野も星乃恵と親しい関係にある。当然、純も幼いころに何度も顔を合わせていた。


「でも、あえて言わなかったんでしょ。純ちゃんが気にしてると思って」


「うん、そうなんだろうね」


 純の顔に、かすかな笑みが浮かぶ。


 父親の名前を出されることは苦ではない。それでも、父親を出さないという優しさと気遣いは、温かくて心地いい。


「純ちゃん」


「なに?」


「私も、触れないほうがいい?」


 目をぱちくりとさせる純に、月子は腕を組んで続けた。


「恵さんのこと。番組で」


「ああ……えっと」


 正直どちらでもいい。それが自分に求められていることなら構わない。


「前、恵さんと共演したときは、純ちゃんのこと話すのだめだったの。だから純ちゃんもそうなのかなって」


 月子なりの、気遣いだ。冷やかで不愛想だが、その優しさは十分に伝わっていた。


「大丈夫だよ。バラエティの先輩たちに、任せる」


「……そう?」


 今だ。今しかない。月子の心を、少しでも軽くするチャンスだ。


「月子ちゃんは、大丈夫?」


 この聞き方ではまずい。すぐに続ける。


「つらいこととか、ない?」


 月子の硬い表情は、一切変わらなかった。


「別になにも」


「ほんとに?」


 まっすぐに見つめる純から、月子は目をそらす。


「純ちゃんが、気にすることじゃない」


 月子は、純が出会ったときからそうだった。


 大人びて、強くて、真面目で、勉強家。弱みを絶対に見せようとしない。その気高さに、純は何度も救われたのだ。


 月子の全身から黒いもやがにじんでいるのを、放っておけるはずもない。


「たまには、休んで、月子ちゃん。嫌な感情にさらされるなら、家にこもってもいいし。友達と一緒にカフェに行くのも、気分転換になると思うし」


「休んでまでそんな時間はいらない」


 月子は顔をゆがめた。その表情を純に見せるのは珍しい。

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