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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
二年目
69/139

最低な自分 1




 ホテルに戻っても純のようすは変わらなかった。感情のない顔でカギを持ち、ずんずんと部屋に向かう。


 周りでは、解放感に満ちたスタッフと、興奮の冷めないメンバーが盛り上がっていた。楽しかった部分や次に活かしたい部分を話し合っている。


 純がそこに入っていくことはない。話している内容も頭に入ってこない。先を歩いていた熊沢を追い越した。


「あ、おい」


 一人で向かっていくその背中に、声が放たれる。


「少しは空気を読むってのが……ちっ、まあいい」


 殴った罪悪感からか、それとも余計なことを社長に言われたくないからか。必要以上に純をつつくことはない。純は純で、熊沢の相手をする余裕もなかった。


 部屋に入ると、シャワーを浴び、てきぱきと着替え、食事もせずにベッドへ入る。


 ベッドの中で丸くなる純は、抜け殻のようだった。


 みんなの迷惑にならないように。足を引っ張らないように。変なことを口走らないように。ただただ無事に終わらせるために必死だった。もう何も、考えられない。


 ドアの鍵が開く。部屋に入ってきた三人の物音が、横になる純の後ろから聞こえていた。


「疲れたね~」


 年下組の千晶と歩夢、爽太が同室だ。まだ二年目の新人だからか、四人部屋を割り当てられていた。


「あ……純くん、もう寝るの?」


 背後からぎこちなく声をかけてくる歩夢に、純はそのまま返す。


「うん」


「このあとみんなでご飯だよ。食べないの?」


「うん。……食欲ないから」


 寝ている純の後ろに、誰かが腰を下ろした。きしむ音の重さからして、歩夢ではない。


 純はゆっくりと顔を向ける。


「おまえいい加減にしろよ」


 千晶だった。絵本に出てくる王子さまのように、完璧に整った顔で見下ろしている。


 内心驚いていた純だったが、感情が顔に出てこない。


「疲れてんのおまえだけじゃねえんだよ。っていうか、おまえそんなに疲れるほど頑張ってた? おまえよりみんなのほうが頑張ってただろ」


「……そうだね。でも、ほんとうに、疲れてるから」


「はあ? みんなが顔を出す場なんだから、おまえもでろよ」


 爽太がもっていたカバンを自身のベッドにおろし、口をはさむ。


「別に出なくていいだろ。星乃くんが顔を出したいと思えるような場でもないだろうし」


「出たい出たくないの問題じゃねえんだよ! イノギフのメンバーなんだから顔出さなきゃだめだろって言ってんの!」


「逆に聞くけど、なんでそこまで無理に出させたいわけ? 食欲ない上に寝込むくらいなのに。無理やり場に出して、無理やり食べさせて、吐き出させたいわけ?」


 千晶のキレイな顔はゆがみ、爽太は見下すように鼻で笑う。純は二人を止める気力もない。止めようとも思わない。


 ――もう、どうでもいい。


 布団をかけなおして、目をつぶった。


「もし俺が星乃くんの立場だったとしても出ないよ。センターだからってなんでもかんでも自分が正しいと思ってない?」


「俺は……」


「や、やめてよ、二人とも」


 歩夢の不安げな声が、二人の間に挟み込んだ。


「ほら、すぐ、食堂に行かないと。純くんは無理そうだし、僕たちだけでも行かなくちゃ。純くんのことは、そっとしといてあげようよ」


 その声を最後に、純は眠りに落ちた。相当疲労がたまっていたのだろう。戻ってきた三人がいくら物音を立てようと、様子を見るために顔をのぞこうと、一切起きなかった。


 純が目を覚ましたのは早朝で、外がうっすらと明るくなり始めているころだった。当然、三人はまだぐっすりと眠っている。


 純は静かにベッドから降り、着替え、出発の準備を済ませた。菓子の袋が散らばっているのを片付けていると、テーブルに定食が置かれていることに気づく。


 昨日の夕飯だ。食器ごとにラップがはられている。その上にメモが貼られていた。


『純くん用だから食べてね』


 口調からして、これを書いたのは歩夢だ。三人を起こさないように、冷えたままのご飯を食べた。食べ終わった後の食器は、廊下に出て返却口に置く。


 その後は部屋のテーブルを使い、学校の課題を進めた。朝早く、みんな寝ているからか、集中して取り組める。持ってきた分を終わらせても、まだ時間に余裕があった。


 純はスマホを取りだし、ニュースサイトをチェックする。両親や月子に関する記事を読み漁った。ネガティブで評判が落ちるような記事は、一切ない。


 純は柔らかい笑みを浮かべ、メッセージアプリを開く。

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