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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
二年目
66/139

なんとかの威を借るなんとか 1




 収録後、イノセンスギフトはスタジオを後にする。メンバーの後ろを歩いていた純は、出る直前に肩を強めにたたかれ、振り向いた。


「おい! ちょっと来い」


 若木だ。そのまま肩を組まれ、メンバーから純を遠ざける。メンバーたちは純を気にしながらも、熊沢に促されて楽屋に戻っていった。


 二人きりで話したかったのだと察した純は、小声で言う。


「今日はありがとうございました」


「うんにゃ、こちらこそ」


 若木も小声だ。


「ディレクターが褒めてたよ。一番リアクションしてたって。俺もそう思う」


「……若木さん、俺に気を遣って振ってくれてたんですよね?」


「あ、わかる~? グループの中で一番後輩ってきいてたからさぁ。優しくしなきゃなって思って」


 若木は無邪気に、ケラケラと笑う。


「ていうのは建前。純の実力がどんなもんか見たかったし、見せつけてやりたかった」


「でしょうね。あんまり目立ちたくなかったんですけど」


「大丈夫大丈夫。メンバー全員、編集で同じくらいの取れ高になるよう調整したつもりだから」


 さすが人気MC。あっけらかんと言ってのける。相当な実力と腕がなければやれるものではない。


「会長と社長からのスカウトなんだって? 恵兄さん、息子には芸能界には絶対入ってほしくないって言ってたのにな」


「ですね。俺もそのつもりでした」


「会長も社長もちょっと強引だからなぁ。まあ、おまえに才能を見いだしたからこそ、なんだろうけど」


 収録終わりだからか、このときの若木は、収録中よりも落ち着いている。真剣な表情で、声量をおさえながら続けた。


「最初こそ親の七光りとか言われるだろうけど、おまえなら大丈夫じゃねえかな。才能あるよ。こっちをもっと磨くべきじゃない?」


 若木は口の横で、声を出すジェスチャーをしてみせる。苦笑しながらうなずく純に、さらに続けた。


「わかってる。アイドルグループだもんな。足並みは、そろえないと」


 肩に手を乗せられた。そこから、優しさと励ましの感情が直接伝わってくる。


 純は細めたキツネ目を、若木に向ける。


「今日は、ありがとうございました。たくさん勉強させていただきました」


「うん。引き留めて悪かったな。また会えるのを楽しみにしてる。なんかあったら頼って来いよ。()()()()()、助けてやっから」


 若木の穏やかな笑みに、純は古い記憶を思い出す。物心がついたばかりで幼かった純は、父親の仕事先でさまざまな人に遊んでもらっていた。


 大物俳優から、下っ端のADまで。父親と離れていても誰かしらが見てくれていた。当時、そこまでテレビに出ていなかった父親の後輩、若木もその一人だ。


 純が若木に何を言い、何をしたのかまでは覚えていない。しかし確実に、純と遊んで以降若木は忙しくなった。これからもテレビに出続ける未来が、純には視えている。


 純は若木に頭を下げて、楽屋へと急いだ。


         †


 若木と少し話しすぎたかもしれない。すでにみんな着替え始めている。急いで衣装を脱いで、私服を着始めた純のもとに、熊沢が後ろから近づく。


「おまえ、いい加減にしろよ」


 低く威圧のある声だ。純は腕をとおそうとしたトップスをテーブルに置き、インナー姿で熊沢に向き直った。


 熊沢は青筋が浮かぶ顔で純をにらみつけている。怒っている理由くらい見当がついていた。


「先輩の番組ででしゃばるようなマネしやがってよ。俺は空気読んで合わせろっていったよな? 父親の名前を出すことでしか目立てないくせに」


 結局は、純が目立つようなことをするのが気に食わないのだ。うまいこと返せ、と言ったのはマネージャーなのに。


「どうせおまえが目立っても大体はカットされるんだから、余計なことするだけ無駄なんだよ。そんなこともわからねえのか?」


「すみません」


 純に続いて、千晶の声が楽屋に響く。


「しょうがないんじゃないですか? 先に話ふったのは若木さんだし」


 着替え終わった千晶は、私物をカバンに入れながら続ける。


「若木さんは恵さんの後輩ですから、星乃としゃべりたかったでしょうし。みんな他のことでいじられてたけど、星乃相手にいじる要素はそれしかないですし」


 キレイな顔にそぐわない、意地の悪い言い方だ。楽屋の中は静まり返る。


 巻き込まれたくない純は、今のうちにトップスを手に取り腕をとおす。純に代わり、こちらもすでに着替え終えた爽太が、鼻で笑った。


「でも、ただ黙ってる人よりいじられて笑い取った人のほうがすごいよね?」


「はあ?」


 見下すように笑う爽太と、キレイな顔をゆがませる千晶。二人が出す黒々とした感情が、着替えた純の肌をちくちくと刺してきた。一触即発、となる空気を、マネージャーの声がはらいのける。


「あーあ。誰かさんのせいで空気が悪くなるじゃねえかよ」


 純は衣装をハンガーにかけてラックに戻す。眉尻を下げながら返した。


「……すみません。以後気を付けます」


「ほんといいよなあ。星乃恵の息子ポジションって。たいして努力しなくても、ああやって気に入られるんだもんな。でもそれも最初のうちだぞ?」


 嫌な予感が、純を襲った。このあとに熊沢が何を言うのか、わかってしまった。


「いいか? みんなおまえに何も言えないから優しくしてんだよ。パパとママがすごすぎるから。近くにいる俺が、わざわざ口うるさく言ってやってるわけ」


 違う。ここではない。この程度ではない。


「そういやママがこないだテレビで言ってたなぁ。息子は周りの人が見てくれてたから子育てしてませんって」


 純の心臓が、大きく跳ねた。


 熊沢が口に出した妃の言葉は、番組で子育てについて聞かれ、答えたものだ。息子を褒め、周囲の人間に感謝する意図で出した言葉だ。


 母親がどのように言っていたのか、純は見ずとも一言一句わかる。


『現場につれていくと、ありがたいことにスタッフさんや後輩たちがよく遊んでくれてたんです。息子は手がかからないし人当たりのいい子で。だから、私たちが子育てしてたかって言われると怪しくって……』


「こんなん育児放棄だろ、おまえもかわいそうなやつだよな。ここまで空気が読めない非常識に育っちまってよ」


 純の顔から、表情がなくなる。歯ぎしりの音を、小さくたてた。


「だから俺がいろいろ教えてやってんだよ。心を鬼にしてな」


 熊沢は、純の父親だけでなく母親もけなした。目の前のパイプイスを投げ飛ばしたい衝動に駆られる。


 純は、耐えた。


 去年のようなことが、あってはならない。去年のように、「侮辱」を「いじり」としてなかったことにさせたくない。


 深く息をつき、とりあえず熊沢から顔をそらす。私物を、カバンに詰め込んでいった。


 反抗もせず、涙もない純の姿が生意気に見えたのだろう。熊沢はさらに続けた。


「いいか? これはおまえのためでもあるんだ。グループの中で一番の出来損ないなんて誰も見たくないだろ。次に同じようなことがあってみろ。そのときはおまえが」


「別にそれでもいいです」

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