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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
二年目
65/139

音楽バラエティ「うた×バラ」 2




 純はわかっていた。先ほどの若木は、若木なりに緊張を和らげようとしていたのだと。結果的にプレッシャーを与えてしまったわけだが、若木は若木で新人に気を遣っている。


 純がそれを、熊沢やメンバーに伝えようとはしなかった。伝えたところで聞き入れてくれるとは思えない。親を出されて嫌みを言われるだけだ。


 周りを見れば、メンバーはあらためて台本を読みなおし、気持ちを落ち着かせるよう深呼吸をしている。純はテーブルのはしにあるイスに座り、自分たちが呼ばれるのをじっと待ち始めた。


 先行きに暗雲が立ち込める中、収録の時間が迫っていた。




          †




 メンバーの緊張が高まる中、収録が始まった。


 スタジオ中央にあるシンプルなひな壇。年上組は上、年下組は下という具合に座る。


 MCの二人は、ゲストの両脇にある司会席に座っていた。ひな壇下の端、若木に一番近い場所に座るのは、純だ。


 若木がいつもの調子で声を張り上げる。


「さあ、今回のゲストはイノセンスギフトでーす」


 スタッフに拍手される中、全員で頭を下げる。大物芸人が続いて声を発した。


「みんな若いねぇ。まだ中高生だっけ。若木は同じ事務所だけど絡みないの?」


「ないね!」


「えぇ?」


「おれ後輩のめんどうとか見ないタイプだもん。俺がさ、優しくて頼りがいのある先輩に見える? みぃんな恵兄さんのほういっちゃうんだから……」


 スタジオが笑いに包まれた。若木が試すような目で純を見る。


 純は普通の高校生らしくほほ笑んでいた。その姿がカメラで抜かれている。


 VTRでグループが紹介されたあと、最年長の飛鳥たちから順に話を振られていく。自己紹介を兼ねたアピールの場だ。


「へえ、じゃあきみがリーダー?」


「いや……」


「まあ、確かにきみじゃぁ頼りなさそうだもんね」


「はは……」


 緊張もあってか、メンバーはうまく立ち回れない。


「俺、街で若木さん見かけて声かけたことあるんですよ~」


「ふうん、ぜんっぜんおぼえてない」


 バラエティに慣れているメンバーのコメントでも、若木に刺さっていない。それは本人たちもわかっているようだ。


 とはいえ、大きなミスはない。ゲスト側のコメントにおもしろみがなくても、MCの腕によって盛り上がる。


 去年デビューした中高生アイドルにしては及第点だ。芸人ではないのだから笑いを取る必要もない。


「じゃあ、次!」


「はい! 坂口千晶、十四歳です。よろしくお願いします」


 ついに、純の隣に座る千晶の番が来た。若木がいじり始める。


「なんか、めちゃくちゃキレイな顔してんな」


「あ、ありがとうございます」


 千晶は緊張しながらも、仕事用の完璧な笑みを浮かべている。


 この瞬間に視聴率はかなり上がるだろうな、と純は予想を立てていた。


「最近よく見るよね。ドラマに結構出てるだろ?」


「そうですね」


「今、妹と一緒にドラマやってんじゃん? 他局で」


「あ……はい」


 千晶の顔が、わかりやすく引きつった。それに気づいたのか気づいていないのか、若木はもう一人のMCに告げる。


「この坂口の妹、あの子ですよ。あの~……あの子、え~と、渡辺月子! 名字違うけど」


「まじで! エスペランサ?」


 エスペランサとは、月子が去年演じ、一躍有名になった舞台の役名だ。


「そうそう! 歌めっちゃうまいあの子の、兄貴なんすよ」


「ああそうなんだ? 美人兄妹って感じだよね~。きみも歌得意なの?」


「そう……ですね」


 千晶は愛想のいい笑みを浮かべて、うなずくことしかできていなかった。


「そういや料理得意なんだって?」


 若木が資料を見ながら尋ねる。瞬間、千晶の顔が輝いた。


「はい!」


「何つくんの?」


「最近はスペイン料理にはまってて、アヒージョとかパエリアとか」


「ふうん。洒落てんね」


 若木からは、それだけだった。芸人MCが盛り上げる。


「すごいじゃん! 中学生でそんなのつくれんの? エスペランサにも食べさせてるわけだ?」


「そうですね。よく作って食べさせてます」


 芸人MCが盛り上げている中、若木はすでに興味を失い、次の資料に目を移している。


 千晶のアピールは純の目から見て悪くない。ファンも喜ぶような情報だ。ただ、これでは若木の興味は引けない。


 良くも悪くも回答がアイドルすぎたのだ。さまざまなゲストを見て来た若木にとって、この程度では生ぬるい。


「じゃあ最後!」


 そうこうしているうちに、純の番だ。


「はい。星乃純です。十五歳です。よろしくおねがいします」


 落ち着いて言い切った純を、若木はニマニマと見つめている。他のメンバーよりも、期待されていた。


「久しぶり。最後に会ったの小学生くらいだったっけ?」


「……いえ、もう中学生になってました」


「だよな? 恵兄さん、元気?」


 その一言で場がワッと盛り上がる。純も答えに戸惑うようにしながらも、笑っていた。


 若木が芸人のMCに顔を向ける。


「こいつ星乃恵の息子っす」


「俺が一番嫌いなやつじゃん!」


「こいつもひどいんすよ! さっき楽屋にあいさつしに来たとき、『あ、純だ』と思って話しかけようとしたら、なんか『あなたとは初対面です』みたいな顔して……」


 純は手を振って否定する。


「いや、あれはみんな一緒だったから……」


「何度も会ったことあるのにすっげえショックだったんだけど!」


 さらに現場は盛り上がった。芸人MCが前のめりになる。


「ってことはさぁ、きみのお母さん、美浜妃ちゃんってことだろ?」


「そうですね」


「だよね! きみ、どっちかっていうと妃ちゃん似だもんね」


「あ、よく言われます」


「うわ~……二人の子どもがもう高校生なのか~」


 アイドルらしく笑っておとなしくしている純に、若木が視線を向けている。ちらりと視線を向けると、一瞬で考えていることが伝わってきた。


 ――おまえはこんなもんじゃないだろ、と。


 メンバーの実力に合わせようとしている純にとってはプレッシャーだ。


 芸人MCのトークが続いている。


「妃ちゃんはね、俺の青春だったんだよ~! もともとアイドルグループのメンバーで、ソロで何枚もCD出してたの知ってる? あれ全部持ってんの」


 芸人MCが美浜みはまきさきの大ファンであることはよく知られている。星乃恵がゲストで来る際にも、自分がいかにファンだったか語り、いじりたおすくらいだ。


「妃ちゃん、いじめられてないかな~、あんな男に。俺はいまだに、妃ちゃんがあいつと結婚したこと受け入れられてないんだから!」


 散々いじりたおしたあと、決まって、恵が言い返すのだ。


「もう何年パパの奥さんやってると思ってるの? 諦めて」


 爆笑が巻き起こる。芸人MCは顔を伏せ、若木は手を叩きながら笑っていた。


「星乃親子には勝てないねぇ!」


 笑いが落ち着いてきた若木は、一転、真剣な表情を純に向けた。


「パパによろしく伝えておいてよ。若木さんめっちゃかっこよかったって。センスもあるしカリスマ性もあって天才だったって言っといて」


 スタッフたちの失笑に合わせて純も笑う。


「なに笑ってんだよ! おまえ、父親が強いからって俺のこと下に見てんな?」


 爆発的な笑いが続く。純は手を振りながら必死に否定する。


「いや、下に見てない~」


「下に見てないです! だろ!」


 芸人のMCが若木を指さして笑った。


「おまえも星乃親子に負けてんじゃねえか。だっせぇな」


 現場は盛り上がりながら、少し遅れつつも収録が進んでいく。


「……じゃあ最後に、告知があるんだっけ? 夏にライブするのかな?」


 最後の最後、夏に行われるライブの宣伝だ。しかし誰も口を開こうとしない。


 純が千晶を見ると、緊張しているのか、それとも単純に忘れているのか、固まっている。カンペに書いてある文章を読むのは千晶の仕事だ。


 これではラチが明かない。千晶の太ももを軽くたたいた。


「あ……」


「ねえ、今の見た?」


 若木が興奮した声を出す。


「純がさ、坂口の足、パアンってたたいたの見た?」


「いや、そんな強くたたいてないですよ」


「おまえすげえよ。多分坂口が告知を忘れてたんだよ。それをさ、目立たないようにパンってたたいてさ。そんときの純の顔がさ、めっちゃ怖かったんだよ。こんな……こんな顔してて」


 若木が一切感情のない表情をしてみせ、あたりは笑いが沸き起こる。


「いやいや、そんな怖い顔してなかったですから」


「おまえ、いいよ! おれ、おまえのことやっぱ好きだわ」


「それ喜んでいいんですか?」


 笑いに包まれながら、千晶が告知を終え、無事に撮影が終了した。



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