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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
二年目
62/139

イノセンスギフトの「Fresh gift radio」 1




 夕方の某テレビ局。イノセンスギフトの楽屋は、いつもより空気が張り詰めていた。

 メンバーたちはヘアメイクを早々に済ませ、番組の台本を何度もチェックしている。誰も声を出そうとせず、貧乏ゆすりをしている者までいた。


 とにかく緊張している。失敗は許されない、と自分で自分を追い込んでいる。――純はその空気に、なじめない。テーブルのはしに、目立たぬように座っている。


 メンバーがここまでピリピリしているのも、無理はない。これから出演する番組のMCに、事務所の大先輩である若木わかぎ海斗かいとがいるからだ。


 若木は冠番組をいくつも背負うような人物だ。元アイドルの成功者で、俳優業でもたびたび話題に上がる。純の父親である星乃恵と、負けず劣らずの影響力があった。


 番組の内容は音楽バラエティ。時間帯は、老若男女問わず視聴するゴールデンタイム。爪痕を残し、若木に評価される絶好のチャンスだ。


 とはいえ、純は()()()()()。このままでは、若木の印象にも残らない、ということを。


 助言をしようにも、みんな、純の話を聞く余裕はなさそうだ。そもそも一番の後輩である純が、助言したところであしらわれるのがオチ。


 どうやって伝えようか悩んでいると、ななめ前に座る千晶と目が合う。あいかわらず完璧で、凛々しい顔だ。まっすぐ見つめてくる二重の大きな目に、純は笑って声をかけようとする。


 が、千晶は鼻を鳴らし、台本に視線を落とした。純が、収録に対して真剣ではないように見えたようだ。


 純は、諦めた。


 周囲を見渡しながら立ち上がる。あるスタッフのもとへ向かい、声をかけた。


「少し、お手洗いに行ってきますね」


 他にもスタッフがいる中で、わざわざ自分に言って来たことを不審に思ったのだろう。怪訝けげんな表情をしていたが、純は意に介さず、ふらふらと楽屋を出ていった。


 廊下に出た純は、青白い顔をゆがめ、頭を抱える。廊下は楽屋よりも、空気がキレイだ。


 胸に手をあてて深呼吸をし、ゆっくりと廊下を進む。気分転換に、少し歩き回ることにした。


 テレビ局の楽屋フロアは特殊な設計になっており、楽屋の配置によって廊下が入り組んでいた。自分たちの楽屋の場所をしっかり覚え、迷子にならないよう進んでいく。


「大丈夫かねぇ」


 曲がり角にさしかかったとき、男性の話声が耳に届いた。


 純は足を止める。


「イノギフってまだ中高生なんだろ?」


「そういってもなぁ。若木さんの後輩アイドルだから、むげにはできないし」


 角を曲がった先には、ガラスで覆われた喫煙室がある。


 出演する番組の制作スタッフたちが、中でたばこをふかしていた。聞こえてきた声の口調から、ディレクターか、それに近い立場だ。


 小声で話しているようだが、純はこの距離からでもかすかに聞き取ることができた。


「大物のアイドルも気を遣うけど、アクアの新人も気を遣うんだよな。特にイノギフって若い女性ファンが多いから、変なことさせられないし」


「若木さんがうまくトークで盛り上げてくれるからいいけど、変にいじればネットが騒ぐだろ?」


「そうそう。まあ坂口千晶は今一番の注目株だから、大人しく座ってるだけで数字はとれるだろうけどさ。俺たちからしたらつまんないゲストだよな」


「何事もなく収録できたら万々歳だろ」


「確かに。アイドルに面白さなんて求めるもんじゃねえな」


 バラエティ番組で、アイドルの立ち位置は難しい。ニコニコしているだけでは爪痕を残せない。かといって笑いを取ろうとしすぎるのも、共演者に気を遣わせる。


 体をはるのも、イメージの悪化やファンの拒否反応につながることを考えれば、簡単にはできない。


 純は小さく息をつき、どうしたものかと考える。


 喫煙ブースにいる制作スタッフは、イノセンスギフトに対してなんの期待もしていない。変なことはするな、というのが彼らの本音だ。


 イノセンスギフトが売れるためには、テレビ局の社員にも印象を残さなければならない。「こいつらは使える」「また呼びたい」と思わせなければならない。


 後ろから、誰かが近づいてくる気配を感じる。


 純が振り返るのと同時に、腕を強くひかれた。


「ほら! やっぱり一人で出歩いてんじゃねえか!」


 怒声が耳を貫く。伊織だ。


 そんな大声を出したら自分たちのイメージが――なんてことは口が裂けても言わない。言える相手ではない。


 純は眉尻を下げて、弱弱しく声を出す。


「すみません。お手洗いに少し出るつもりで」


「だとしても、黙って出ていくなよ! 誰かに言えただろ! いろんな人に心配かけたことわかってんの?」


 やはりあのスタッフは言わなかったかと、純は内心あきれていた。


「すみません。今度は沢辺くんに直接言うようにしますね」


 伊織は純をさげすむように見つめ、腕を離した。


「ほんと、迷惑かけてばっかりだな。一番の後輩が、グループ振り回してんじゃねえよ」


 伊織は純に背を向け、ずんずんと歩いていく。その後ろを、静かに追った。


 イノセンスギフトとマネージャーで、MCの大物芸人の楽屋へ向かう。あいさつが済んだら、次に向かうのはもう一人のMCである、若木海斗の楽屋だ。


 熊沢がノックすると、元気な声が返ってくる。扉を開き、テーブルに若木が座っているのを確認した。


「おはようございます、若木さん。こちらアクアのイノセンスギフトです」


 純とメンバーは一斉に頭を下げる。


「よろしくお願いします」


 若木は手を上げながら席を立ち、わざわざイノセンスギフトに近寄ってきた。


 星乃恵がカリスマ性のある憧れのリーダーだとするならば、若木海斗は格式ばらないフランクなお調子者。


 童顔でジョークを飛ばし、コロコロと表情を変え、視聴者を楽しませている。


 快活な笑みを浮かべ、人当たりのいい声を出した。


「おお、知ってるよ。イノセンスなんちゃらだっけ? 知ってる知ってる」


「イノセンスギフトです」


 訂正した熊沢の肩を強めにたたいた。


「わあかってるよ! イノセンスプレゼント! よろしくな!」


 メンバーは笑みを浮かべ、誰も否定しなかった。


「いや突っ込めよ! 緊張してんのか? おまえら」


 明るくふるまう若木を、純だけは真面目な顔つきで見つめていた。


 この若木という男が、見た目通りの人間ではないことを知っているからだ。


「……で? さっき外で怒鳴ってたのはどいつ? 俺の楽屋まで聞こえてきたんだけど」


 口調は軽い。しかし大先輩ということもあり、圧が強かった。


「え? なに? おまえら実は仲悪いの? アイドルが局の中で怒鳴るとかなかなかないよ? よっぽどのことじゃん」


 不穏な空気が流れる。空気に負けて、誰も声を発そうとしない。


 まずい。そう直感した純が口を開くが、それよりも先に若木が声を張る。


「いや、おまえらそこはそんなことないですよ! って言わなきゃ! ほんとに仲悪いって思われちゃうだろ~?」


 代わりに、熊沢が苦笑しつつ頭を下げた。


「すみません。バラエティはまだ慣れてなくて……」


「しっかり教育してよ~? 上手に対応できなきゃバラエティやってけないぞ?」


 その場をなんとかのりきり、全員で若木の楽屋をあとにする。


 扉が閉まる一瞬、若木は純に対して軽く手を上げていた。純も軽く会釈する。


 


          †




「おまえらさぁ、もうちょっとうまいこと返せないわけ?」


 イノセンスギフトの楽屋に、熊沢のあきれた声が響く。まだ収録も始まってないのにお通夜のような空気だ。


「これじゃあ先が思いやられるよ。とりあえず余計なこと考えないで、何言われてもニコニコして、ちゃんとハキハキ声を出せばいいから。どうせ面白いことなんて言えないだろうから」


 メンバーの誰かが、小さく舌打ちした。


「ったく、そもそも誰かさんが勝手な行動しなければあんないじられ方せずに済んだんだよ。収録中も勝手なことするんじゃねえぞ?」


 にらみつけてくる熊沢に、純はうなずく。


「空気を読んで足並みそろえろよ。みんなに迷惑かけることだけは絶対にするな? みんなに合わせてうまいこと返すだけでいいんだから」


「……はい。みんなに、合わせます」

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