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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
二年目
60/139

するな。しろ。しなくていい。 1




 撮影に使うセットが変更されていくようすを、純はじっと見つめていた。清潔感のある真っ白な衣装に身を包んで。


 この日は撮影スタジオで、新曲のミュージックビデオを撮っていた。場面の変更に伴い、スタッフが機材や背景を設置しなおしている。

 そのあいだ、メンバーは壁際にひかえ、会話したりヘアセットを直してもらったりと、思い思いに過ごしていた。


 純は目立たないようメンバーとは離れた場所にたたずみ、口元に握りこぶしを当てる。頭の中は、月子のことでいっぱいだ。


 月子が出ているメディアはおおむね把握し、時間が許す限りチェックしている。活躍を見る限り、仕事はちゃんとこなせているようだ。


 ドラマや番組の感想を送ると、時間がかかっても必ず返事をしてくれた。とはいえ、純の中でくすぶる不安はぬぐえない。


 純がメッセージを通してできることは限られている。直接会って話さない限り、月子の状態を完全に把握することはできなかった。


 純はため息をつきながら、メンバーを見渡す。要が一人、振付師とフリを確認している。それに混ぜてもらおうと、一歩踏み出した。


「純くん」


 呼ぶ声に顔を向けると、最年長の飛鳥と沢辺さわべ伊織いおりが近づいてきた。飛鳥は穏やかに笑う。


「ダンスのフリ、ちゃんと覚えてる? よかったら一緒に確認しない?」


「あ……えっと」


 飛鳥は社長室でのことがずっと気になっていたのだろう。純を気にかけ、なんとかグループになじませようとしている。


 純は、向かおうとしていた要のほうをちらりと見た。


 最年長の二人が教えてくれるというなら、もう一人増えてもいいはずだ。メンバー同士の関係性を築くいい機会でもある。


「じゃあ……ひか」


「だから言っただろ、飛鳥。星乃くん、俺たちと一緒にはいたくないみたいだけど?」


 伊織のこれ見よがしなため息には、不快感がにじんでいた。


 凛々しい顔つきに、口からのぞく八重歯。つり上がっている目つきから、純への嫌悪が伝わってくる。


 飛鳥が静かに言い返した。


「純くんはそんなこと言ってないだろ」


「どう考えてもそういう態度だろ。なあ?」


 伊織の鋭い視線が、ずっと純に突き刺さっている。もともと目つきが悪いのもあって、怖い印象に拍車をかけていた。


「ず~っとそういう態度だよな、おまえ。一番後輩のくせして、メンバーと関わろうとはしないみたいだし? 自分が一番特別だとでも思ってんの?」


 高圧的な声だった。


「この一年おまえがやってきたことなんて、先輩やスタッフに気を遣わせるようなことだけだろ? もっと自分が気を遣わないと。芸歴が一番下なら、自分から先輩たちのために動くべきなんじゃねえの?」


「……すみません」


 言っていることが正しいだけに、何も言い返せない


 伊織が放つ感情が、重くのしかかってくる。向けられる感情のすべてを、吸収してしまう。


「何度もそうやって謝ってるけど、謝ってるだけだろ? 謝れば許されるとでも思ってんの?」


「伊織……」


 飛鳥が静かにたしなめるも、伊織はやめようとしない。


「ちゃんと反省して行動で示してくれないと、こっちも困るわけ。ずっとそんな態度でいられたらグループの評価が下がるじゃん」


 純の心に、ひときわ強く突き刺さる。グループの評価を上げるために入った純にとって、その言葉はダメージが大きい。


 鼓動が早くなり、呼吸が苦しくなる。唇と指先が震えてきた。


「芸能界って学校とか普通の社会とは全然違うんだからさ。遊びで来られても困るんだけど?」


 純は目を伏せ、腹部の前で手を組む。伊織の威圧的な目と自身の目を、合わせられない。


「それどこ見てんの? 俺の話聞いてる? 人がしゃべってんだから相手の顔見るべきだろ」


「あ……」


 謝ろうと口を開くが、さっき言われたことが枷となって、言葉が出てこない。


「飛鳥が話しかけたときも、なに考えてるかわかんない顔でぼ~っとしてさ。もっとハキハキ声出して行動すれば? ずっと上の空で集中できないんじゃ、そりゃあ身につくもんも身につかないよね?」


 伊織の声は辺りに響き、スタジオ内に不穏な空気が広がっていく。メンバーはもちろん、技術スタッフまで、二人に何事かと注目していた。


「せっかくこっちは、歌もダンスもできない新人を受け入れてやってるのに、なに? 二世のお坊ちゃんは俺たちと一緒にされたくないってわけ?」


「伊織! もうやめろ! 言いすぎだ!」


 飛鳥が肩に手を置いて止めようとするも、伊織は鼻を鳴らした。


「よかったね~、飛鳥が優しくて。みんながみんな優しいとは限らない世界だから。事務所入っていきなりデビューできた新人には、わからないだろうけど」


 純は委縮していた。この環境のすべてに。


「なんか言えよ? そうやって黙ってたら逃げられるとでも思ってる?」

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