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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
二年目
57/139

意欲と義務 2




「ほんとうはマネージャーから伝えてもらうはずだったんだけど、今千晶の仕事についてもらってるから。わたしから直接、ね」


「ありがとうございます! がんばります!」


 喜ぶ飛鳥を横目に、純は口元にこぶしを当てながら考え込む。それに気づいた社長が口を開いた。


「飛鳥は演技の経験もあるから大丈夫よ。そうでしょう?」


 純は視線を社長に移し、穏やかにうなずいた。


「……そうですね」


 パソコンの画面に視線を戻す。


 経歴書を見る限り、確かに谷本飛鳥は幼少期から演技の仕事をこなしている。とはいえ、不良や問題児といった役の経験はない。


 飛鳥に向かってほほ笑み、優しい声を出す。


「おめでとうございます、谷本君。頑張ってくださいね」


「ありがとう」


 今の飛鳥の顔にはさまざまな感情があらわれている。仕事が決まったという喜びと、不良の役といった戸惑い。自分でいいのかという疑問に、自分にできるのかという不安。


 事務所としては、経験のある俳優業に幅を持たせたいのだ。やったことのない役をさせることで、実力を伸ばそうとも思っている。


 たとえ純が、この役で評価されている飛鳥の未来が見えなかったとしても、わざわざ口に出すのは野暮というものだ。


「……ところで」


 社長の声が穏やかに響く。


「純ちゃんはグループでどんな感じなのかしら」


「え?」


 飛鳥の顔がひきつった。それに気づきながらも社長は続ける。


()()()()スカウトだから気になってるの。ちゃんとうまくやっていけてるのかなって」


「えっと……それが……」


「今のところ、誰が純ちゃんと一番仲がいいのかしら? 同い年の爽太? それともセンターの千晶? ああ、社交的な空とも仲がよさそうね」


 飛鳥は何と答えようか迷っている。当たりさわりなく言うこともできず、事実を言うこともできない。


 本人がいる前でわざわざ聞かなくてもいいだろうに、と純は助け舟を出すことにした。


「俺は歴も浅いですし、知らないことのほうが多いので、迷惑かけてばかりですよ。仲良くなるなんてとてもとても……」


 眉尻を下げてほほ笑む。


「わかってて聞いたんでしょ? 社長がそんなに意地悪だなんて思いませんでした。谷本くんが答えにくい質問をしないでください」 


 社長は息をつきながら、背をもたれた。


「そうは言ってもねぇ。心配なのよ」


 試すような視線を純に向け、笑う。


「スタッフの、純ちゃんに対する苦情が多いの。あの会議以降ね」


「それを俺の前で言うんですか?」


「私があなたを傷つけたいから言ってるんじゃないってことは、わかってるでしょ? 私が彼らの言うことを信じてないってこともね」


 もちろんだ。純はほほ笑んでうなずく。


「なんというか、純ちゃんの人間性への批判が強くてね。ダンスと歌が下手なのはまあ、しょうがないことだと思うの。でも協調性がないとか態度が悪いとか礼儀がなってないとか、そういうのは」


「それは違います!」


 飛鳥が声を上げた。真剣な表情で社長をまっすぐ見据える。


 その姿に、純は感心していた。主張のなさそうな飛鳥でも、ちゃんと反論できるのだと。


「純くんはすごく頑張ってます。入所したてに比べると明らかにダンスも向上しました。カメラの前での振る舞いは、下手したら俺たちよりうまいかもしれません」


 飛鳥は眉尻を下げながら笑い、純を見た。


「こんなこと他のメンバーの前で言ったら怒られるかもしれませんけど」


 飛鳥の言葉にウソはないようだ。純への同情が少しにじんでいる。


「純くんは事務所に入っていきなりデビューしたわけですし、わからないことが多いだけだと思うんです。少なくとも、俺は星乃くんに協調性や礼儀がないとは思っていません」


「そうなの? じゃあ、スタッフが誇張して言ってるってこと?」


「それは、俺のほうからはなんとも……」


 純は小さくため息をつき、真剣な顔を社長に向けた。


「グループの足手まといにならないよう頑張ってるつもりですが、まだまだのようです。スタッフのみなさんには迷惑をかけてばかりで、ほんとうに申し訳ないと思ってます。もっと、頑張ります」


「違うよ! 純くん」


 飛鳥は顔をしかめ、感情的な声を出す。


「純くんは悪くない、絶対に。ほんとうは俺たちがいろいろ教えなきゃいけないんだ。でも、俺たちもスタッフも余裕がなくて見てあげられないだけ」


 純は飛鳥を見すえ、ほほ笑む。純にしては固く、ぎこちない笑みだった。


「なにかあったら気軽に声かけてね。嫌なことがあったら相談して。みんな、純くんと一緒にアイドル続けたいって思ってるから」


 笑みを浮かべるだけで、返事をすることはしなかった。


 飛鳥の話と純の態度で、ただならぬ関係性を感じ取ったのだろう。社長は空気を変えるよう、柔らかい声を出した。


「そういえば、純ちゃん。月子のものは用意しなくてよかったの?」


「え?」


 変化した話題に、純は目をぱちくりとさせる。


「だって、あなたこないだ、月子のこと言ってたじゃない。お友達なんでしょ? 知っておきたくないの?」


 ようは、メンバーの履歴書だけではなく、月子の履歴書も見ておきたくはないのか? ということだ。


「ああ、そうですね。でも、別に必要ないので」


 純はパソコンの画面に視線を移す。今度は社長が、目を見開く番だった。月子に対する純の態度と、イノセンスギフトに対する態度が違うのは言うまでもない。


 ここまで来るとさすがに社長は気づいた。今のイノセンスギフトの状況では、純の能力発揮にかなりのハンデがあるのだ、ということを。



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