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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
二年目
55/139

けなされるよりは全然いい 2




 タレントに関する書類は、事務所側で適切に保管されている。


 プロフィールや活動履歴はもちろんのこと、プライベートの情報まで事細かに記載されていた。週刊誌に高値で載せられるような、極秘情報まで書かれている。

 事務所の社員でも、閲覧できるのは一握りだ。


「おまえなら見せてくれるはずだ。グループが売れるためなら社長は断らねえよ。なんなら俺のほうから連絡しとこうか?」


「ううん、大丈夫。自分で連絡してみる。……あ、ごめん」


 事務所の門からやってくる、浜崎はまさきそらに気づいた。


 イノセンスギフトのメンバーで、氷川要と同じ高校二年生。グループで一番活発なムードメーカーだ。階段に座っている純に気づき、手を振りながら近づいてきた。


「ちょっと、切るね」


 イヤホンをタッチし、通話を切った。ちょうど階段をのぼりはじめた空が、階段に座る純に声をかける。


「偶然だな。純も今から自主練すんの? なら一緒に練習しようぜ」


 純はイヤホンを外しながら立ち上がり、ポケットに入れる。


「今日は学校が早く終わったの?」


 空の身長は純の頭一つ分低い。はにかんで首を振る空は、野球に誘う小学生のような無邪気さにあふれていた。


「違う違う。ドラマの撮影が終わったとこ。学校は欠席」


「ふうん、そうなんだ」


 純の表情は、月子に向けるそれより硬かった。空は気にすることなく続ける。


「純はこんなところに座って何してたんだ?」


「えっと……電話」


「誰と?」


「友達と」


 一緒に事務所へ入り、受付で稽古場のカギを借りる。エレベーターに向かう中、空はプレート付きのカギを、リングに指をさして回していた。


「機嫌よさそうだね」


「あ、わかる? 最近、仕事が順調に入ってくるから嬉しくて」


 空は元気な笑みを見せながら続ける。


「俺、もともと子役だったんだけどさ。アイドルとしてデビューするまで、パッとしない役ばっかりだったんだ」


「でも、セリフが多い役をもらえるようになってきた?」


「そう! 主役してる千晶ちあきのバーター、みたいなもんだけど」


 坂口さかぐち千晶は、イノセンスギフトのセンターだ。


 超絶的なルックスでデビュー前から話題となり、あっという間にグループで一番忙しい生活を送ることになった。

 その忙しさにあやかるよう、ドラマやバラエティに他のメンバーが共演することも多い。


「アイドルになる前より仕事の数は増えてるし。どんな仕事でも結果を残すチャンスだって思うとやりがいはあるし」


 まるで自分自身に、言い聞かせているようだった。


 純は深くかかわろうとせず、うなずきながら聞き入っている。


「仕事だからって学校を早退するのも嬉しいよね。タレントコースでいるならこうでなきゃ」


 空の全身は純粋なやる気に満ちあふれ、未来に希望しか抱いていない。


「いつかは、イノギフの誰か、じゃなくて、浜崎空として仕事に呼ばれるようになりたいな。そのためにも今は、なんでもこなしていかないと」


 純は、さきほど電話で話した父親の言葉を思い出す。


「空はデビューしても、努力を続けてるんだね」


「そりゃもちろん。この世界で、ずっと活躍していたいからな」


 二人はエレベーターに差し掛かる。ちょうどそのとき、ドアが開いた。


 出てきた男は片手にスマホを持ち、若い男性マネージャーを引き連れている。スタイルの良さが際立つ長身に、純と同じ赤毛。派手な柄の服を着こなし、とにかく輝かしいオーラを放っていた。


 空が声をあげる。


「ほ、ほ、ほ、星乃恵! 先輩! ふぁあ! お、お、おはようございます!」


 ひどく動揺しながら頭を下げた。恵と目があった純も、頭を下げながらあいさつをする。


 恵は、純とは違う大きいアーモンドアイで二人を見すえた。はつらつとした雰囲気で、とても高校生の息子がいるとは思えないほどに、キレイな容姿をしている。

 純が父親と事務所で出くわすのは、ずいぶんと久しぶりのことだった。


 頭を上げた空は、緊張して固まりながら、羨望せんぼうのまなざしで恵を見つめる。恵は純をちらりと見て、空にほほ笑んだ。


「おはよう。これから稽古?」


「ひゃ、ひゃい!」


「そう。がんばってね」


 純と空に背を向け、マネージャーと一緒に裏口へ向かう。その後ろ姿を、空は感嘆の息をつきながら見つめていた。


 一階のままで停まっているエレベーターを、純は指さす。


「のらないの?」


 我に返って一緒に乗り込んだ空は、ようやく声を出した。


「はあ……すげえよなあ。星乃恵って……。いや、星乃先輩って!」


 その息子である純に、きらきらした瞳を向ける。


「実物初めて見た。事務所で何してたんだろう」


「さあ? 打ち合わせなんじゃない? ライブ近いし」


「そうだよね、夏に全国ツアーがあるもんね!」


 エレベーターは更衣室と稽古場のあるフロアで停まり、扉が開く。降りてからも、空はずっと興奮していた。


「うわぁ~握手してもらえばよかったかなぁ」


「本当に好きなんだね、星乃恵」


「好きというか、憧れ、かな! 星乃先輩って歌もMCもトークもなんでもできるじゃん? バラエティで気取ることなく芸人さんと絡んでるし」


「そうだね」


「ああやって、いろんなことができて、いろんな人から愛される芸能人ってすごいよ。おれもああいうふうになりたい。あ、おれ、星乃先輩の番組もよく見てるんだ。先週のダイアモンドドッキリなんてさ……」


 突然言葉に詰まったかと思えば、わたわたと焦り始めた。


「あ、わ! ごめん! こんなこと、純に言うことでも、ないよな」


「どうして?」


「だって、嫌だろ? 親のこと、こんなにぺらぺらしゃべられるのはさ」


 先ほどまで明るかった空の顔色が、だんだん陰りを見せてくる。


「別に? 嬉しいよ? 自分の父親が褒められるのは。……けなされるよりも全然いい」


 瞬間、前年度の終わりに、熊沢から父親を侮辱された記憶がフラッシュバックする。


 よみがえる怒りと悲しみをこらえるように顔をしかめた。


「……純?」


 空の声に、純は笑みを張り付けた顔を向ける。


「本人も、嬉しいと思うよ。後輩からそう言ってもらえて」


「そう、かな……?」


 さきほどまでの快活さはどこへやら、空の笑顔はぎこちない。純が思い出したことと同じことが、頭に浮かんでいるからだ。


 それがわかったところで、純の心が癒やされることはない。



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