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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
二年目
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けなされるよりは全然いい 1




「……なるほど。月子がねえ」


 イヤホンから父親の声が聞こえる。メッセージアプリの連絡を確認した恵のほうから、電話をかけてくれた。


 事務所昇降口のポーチから下へ続く階段に、制服姿の純は腰を下ろしている。スマホはカバンの中だ。


 小さい声で、ぼそぼそと返す。


「そう。どうすればいいんだろ。助けてあげたいけど、こればかりは俺だけじゃだめなんだよね。でも月子ちゃんのマネージャーはそんなに深く考えてないみたいだし……」


 事務所を出入りする社員スタッフが、純の横を通っていく。その物音が純の声をかき消すものの、イヤホンのマイクはばっちり拾っていた。


「別に放っておけばいいんじゃねぇ?」


「放っておけないから悩んでるんだよ」


「そういう芸能人は今までにもたくさんいただろ。俺に対してかかわらないよう注意してたのはおまえじゃん」


 そのとおりだ。何か問題を起こしそうな芸能人には近づかないよう、両親にはその都度進言してきた。


 芸能界はイメージがものをいう世界だ。両親には悪いイメージがつかないよう、特に犯罪に手を染めるような芸能人とは距離を取らせている。


「そう、だけど……。俺は別に、この仕事で成功したいとは思わないし、イメージが大事だとは思ってない。月子ちゃんには、いろいろ助けてもらったし、なんとかしてあげたいよ」


「月子はいいやつなのか? おまえの目から見て」


 純は頬を緩めた。


「うん、いい子だよ。パパやママと同じくらい才能を持ってるし。困ってるなら協力してあげたいんだ」


「そうか」


 穏やかな声だ。


「じゃあ、おまえができることを必死こいてやるしかねえな。どんな力を使ってでも、どんな手を使ってでも」


「どんな手を、使ってでも……」


「大丈夫。おまえならできるさ」


 純はうつむき、返事をしなかった。


 父親が言うほど簡単な話ではない。月子はただでさえ売れっ子で忙しい上に、純もイノセンスギフトとしての仕事をこなさなければならないのだ。


 いちかばちか、社長にずうずうしくも頼んでみたが却下された。この状況で、純が月子の精神状態を改善させるのは困難だ。


「っていうか、イノギフのことがわからないって泣きべそかいたメッセージ送ってきたくせに、月子のことを考える余裕はあるんだな」


 以前、メッセージアプリで父親に送っていたSOSを、純はこの瞬間思い出した。


「あ、そうだった! 月子ちゃんのことで頭から吹き飛んじゃってた」


「おまえなぁ。やっぱり、そういうことなんじゃねえの?」


「何が?」


「おまえが、無自覚で見ようとしてないんだよ。グループやメンバーのこと。見る必要がないと思ってんだ」


「……そんなことは」


「なにか、あったのか? 見たくないと思うようななにか。……全員分に時間がかかるのはともかく、センターのことですらまったくわからないなんて、お前らしくないぞ」


 純はなにも、答えられなかった。


 恵が疑問に思うのも仕方ないことだった。ダンスや仕事以外にも勉学で忙しい純だが、学校や家では能力を使えている。すれ違っただけの他人から思考を読み取り、未来を視ることだってできるのだ。


 イノセンスギフトのことだけがわからない。


「だって……」


 ほんとうは純も、気付いている。心の奥底で、彼らを拒絶しているのだと。彼らのことをまだ、許すつもりがないのだと。


 ――父親のことを馬鹿にしたマネージャー。助けてくれず、笑うだけだったメンバー。純が大事にしているものを踏みにじった彼らに、どうしてこちらが協力しなければならないのか――。


 純の心情を察してか、父親はそれ以上踏み込んでこなかった。


「で、なんだっけ? 二年目でシングル三枚出して、夏に大都市でのライブを開催するんだっけ? ……別におかしいことじゃないだろ」


「う~ん……?」


「アクアは規模も影響力もでかい事務所だからな。CМは……まあ二年目のアイドルにしてはごり押ししてるな、とは思うけど。今までデビューしてきたアイドルとアーティストもそんな感じだったぞ」


 純は膝にひじを置き、頬づえをつく。


「デビュー前にレッスン生として稽古してたり、もとからインディーズで活躍していたりってのがある。だから、仕事を一気にこなせる力はすでにあるって判断されてんだ」


 確かにそのとおりだ。


 レッスン生からデビューできるのは、その実力を認められた者に限られている。


「あいつらもアイドルとしてデビューする前は、レッスン生としていろんな仕事をしてたんだよ」


 レッスン期間もなくいきなりデビューした純が特例だっただけだ。メンバーやスタッフにとってはこの状況が当たり前。漠然とした不安は、純が未熟だからこそのもの。


 父親の言葉は理にかなっている。それでも、腑に落ちない。


「とはいえ、おまえが感じてる不安は、あながち間違ってないのかも」


「え?」


 純は目をぱちくりとさせる。


「芸能界って、移り変わりが激しい世界だろ? ほそぼそと続くものもあれば、パッと盛り上がっていつのまにかなくなるものもある」


「うん、わかるよ」


「芸能界で、しかも大手の芸能事務所で華々しくデビューすれば、一気に注目を集めるだろ? いろんな仕事も増えるし、メディアの露出が増える。でもそういった注目も長くは続かない」


「一年……長くて二年もてば、いいほうだね」


「ああ。その二年のうちにどれだけの評価をもらえるか、だ。ただ与えられた仕事をこなせばいいもんじゃない。人間性と結果を、セットで残さなきゃならねえ」


 他の事務所ではともかく、アクアでは次々に新しいアイドルやアーティストがデビューする。いくら大手とはいえ、デビューすれば将来が安泰だとも言い切れない。


「特にレッスン生あがりは勘違いしやすい。レッスン生はしごかれにしごかれるから、デビューがゴールだと思いこみやすいんだ」


 話を聞きながら、純は口元に握りこぶしを添え、目を伏せる。


「デビューして、初めてスタートラインに立つ。デビュー効果で一気に注目を浴びて、努力することを忘れると……わかるな?」


 イノセンスギフトの躍進はまだ始まったばかりだ。大物となる未来を見据えた改善点も長所も、純に見えていないだけで数えきれないほどあるのだろう。


「とにかく、このままじゃラチがあかねえな。おまえが前向きに取り組まない限り、ずっとわからないままなんじゃないのか? ……まあ、おれはいつでもやめて良いと思ってるんだけどさ」


「言ったでしょ。辞めるタイミングは今じゃないって。今アイドルを辞めちゃったら、それこそ月子ちゃんを助けてあげられないし」


 今は自分の能力を使って、いかに月子を救うかのほうが重要だ。月子を見捨てて逃げることはできない。


 イヤホンからため息が聞こえた。あきれながらも優しさがにじんでいる。


「じゃあ、社長にメンバーの履歴書を見せてもらうよう言ってみろ。おまえになら見せてくれるだろ。一人ずつ話して性格を読み取るよりは効率的だぞ」

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