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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
二年目
52/139

忠告と要請 1




「はい。はい。ではよろしくお願いいたします」


 月子のマネージャーである平山は、電話を切ってエレベーターに乗った。


 扉が閉じ切る前に、制服姿の純がするりと入ってくる。


「あ、えっと、行先は?」


 ボタンの前に立つ平山が尋ねると、純は閉じた扉に顔を向けたまま、静かに告げた。


「同じ階です」


 平山は目をぱちくりとさせながら手を下ろした。純の視線が、光る数字のボタンに向かう。


「会議室のフロアですね。会議ですか?」


「え? ああ、ええ……」


 平山はぎこちない笑みを浮かべ、うなずいた。エレベーターが上に進む中、純は平山を見据える。その視線に、平山も気づいているようだった。


 二十代後半で中肉中背。ラベンダー色でストライプ柄のネクタイは、月子のイメージに合わせたもの。担当のタレントに対する敬意と、仕事の真剣さが伝わってくる。


 イノセンスギフトのマネージャーである熊沢とはちがい、真面目で人当たりがいい。規則は守り、仕事を覚えるのが早い優等生タイプ。


「時間がなさそうなので、簡潔に言いますね」


「あ、え……?」


 平山は困惑しながら純を見る。妖しく細めるキツネ目と、目が合った。


「脅しみたいになっちゃうからほんとうは嫌なんですけど」


 純の表情はあくまでもやわらかい。穏やかな声で告げる。


「今のままじゃ、月子ちゃん。半年以内に壊れて、テレビに出られなくなります」


「え?」


 目を見開いた平山だったが、すぐに空笑いを浮かべる。


「はは……まあ、忙しい身ですから。本人も疲れがたまって思うところはあるんでしょう」


 無理に話を合わせている声だ。純の言葉を取り合うつもりはないらしい。


「星乃くんは月子と仲が良いですもんね。でも大丈夫ですよ。今後は月子の負担にならないようスケジュールを組むつもりなので」


 言葉から思考を読み取った純は、眉をひそめる。


 月子に対する平山の認識が、純の持つ認識と大きくズレていた。


 純は必死に頭を動かし、平山の言うとおりの方法で何が起こるか予測を立てる。はっきりとした未来を視るためにはまだ時間が必要だ。


 無情にも、エレベーターが、止まる。


「待ってください! その方法じゃ……」


「じゃあ、ぼくはこのあと会議なので」


 扉が開き、平山は降りていく。平山なりに話を切り上げたことは当然わかっている。それでも純は後ろを追って、必死に続けた。


「月子ちゃんのスケジュールを調整していくつもりなら、俺の話をちゃんと聞いてください」


「聞いてますよ、だから……」


 若干のうっとうしさを感じている声に、純は声をあらげた。


「ウソですよ! 聞く気なんてない。俺は売れないアイドルで、ただの月子ちゃんの友達だから。事務所の社員のあなたにとってなんのアドバイスにもならないと思ってる」


 平山はさすがに顔をゆがめ、ため息をついた。思考と感情が嫌でも頭に入り、純は眉尻を下げる。


 芸能事務所のマネージャーは、タレントのスケジュールを管理する以外に、書類作業や広報活動、営業にも力を入れなくてはならない。


 ただでさえ忙しいマネージャーに、よそのアイドルが口出ししているのだ。なんの実力もない純の発言力は知れたもの。邪険にされるのも当然だ。


 頼ろうとしたことが間違いだったのだ。やはり、一人でなんとかするしかない。


 月子のためなら、たとえイノセンスギフトの仕事がおろそかになっても構わなかった。


「すみません。ムチャ、言いましたね。俺が言ったこと、忘れてください。自分で、なんとかしてみます」


 純は背を向けて、来た道を戻る。平山はその背中を見て、すぐそばにあったドアをノックし、開けた。


「失礼します!」


「あら? 純ちゃんの声が聞こえてたから、一緒だとばかり思ってたんだけど。……なにがあったの?」


「あ、いえ、それは」


 ずっしりとした女性の声は、純の耳にも届いた。すぐさまきびすを返し、会議室の中をのぞく。


 フロアの中でも一段と広い会議室では、スーツを着たお偉方や平社員がテーブルを囲んでいる。その一番奥、上席に、ピンクのスーツを着た中年女性がこちらを向いて座っていた。


「ああ、やっぱりいたのね、純ちゃん」


 パーマをかけたボブヘアの女性は、フローリアミュージックプロダクションの名物社長だ。口元を隠す手の指に、きらびやかな指輪がいくつもはまっている。


「ちょうどよかった。あなたにも意見を聞いてみたいと思っていたところだったの」


 お気楽に笑う社長に反し、他の社員たちはいぶかしげに純を見る。その中には、熊沢もいた。純に近い手前の席に座っている。


 なにか重要なことを話しあっていたであろうことは言わずもがなだ。


「俺が意見だなんて恐れ多いです。今日は平山さんに用があっただけですので、出直します」


 この重たい空気の中へ入っていく自信はない。丁重に断っているのに、社長は穏やかな口調で続けた。


「今ね、来年度のマネージャーの担当について検討してたの。社員と面談して、適性を考慮しながら決めるのよ。今のタレントの担当を続けるか、変わるか、タレントによって人数を増やすか減らすかって具合にね」


「……なるほど」


「今、ちょうど、アイドルや子役を担当してるマネージャーたちに現状や希望を聞いてたところだったの」


 だから平山や熊沢がここにきているのだ。平山は他の社員にうながされ、席に着いた。


「純ちゃんから見て、どうかしら? 自分たちのマネージャーは」


 社長は試すような目で純を見すえる。

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