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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
二年目
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孤独にこもる殻の中




 稽古と自主練習を終えた純は、制服に着替えて受付に向かう。


 稽古場のカギを受付に返して帰ろうとしたとき、見慣れた人物に気づいた。


 エントランスの奥にあるテーブルに、月子が座っている。通学カバンから教科書を取り出した態勢で固まっていた。


 教科書の表紙には、黒く太い文字が一面に書き記されている。月子の反応からわかるとおり、決していい言葉ではない。


 教科書を見下ろす月子の表情はいつもと変わらない。しかしその目は、暗く濁っていた。


「ぅぐ……」


 月子を見ていた純の心臓に、握りつぶされるかのような痛みが襲う。全身から冷や汗が噴き出した。


 月子が打ちのめされ、絶望する未来が、くっきりと頭に浮かび上がる。純にとっては信じたくもない、おぞましい光景だ。


 他のタレントはともかく、そんな状態の月子を、放っておけるはずもなかった。


 純は周りを見渡し、他に人がいないことを確かめ、月子に近づく。


「月子ちゃん」


 純に気づいた月子は、急いで教科書をカバンに入れる。


「……なに? どうしたの?」


 純を見上げた月子の顔は青白く、やはり瞳が濁っている。


「ううん。見かけたから声かけただけ」


「そう……」


 ため息交じりの返事だった。しゃべる気力もないようだ。


「大丈夫? なんか、顔色、悪いよ?」


 真面目で、プライドの高い月子のことだ。なんと返してくるか、純にはわかっている。


「気にしないで。大丈夫だから」


「なにか、困ったこととか、ない……? 俺じゃやっぱり、力になれそうにない?」


 月子は返事をしなかった。


 助けてあげたいのに、助けてあげられない。もどかしくてしかたない。


 続けようとする純を、月子は遮った。


「いいの。大丈夫だから」


 月子は立ち上がり、カバンを背負う。制服姿に通学カバンの組み合わせは、嫌でも月子が中学生である事実を突きつけていた。


「純ちゃんって、律儀よね」


「え?」


「私が出てる作品の感想、毎回送ってくるじゃない」


 それは、純が両親と月子だけにしていることだった。華々しい世界で、もっと輝いてもらうために。


「あ……ごめん。うざかった? 確かに気持ち悪いよね、言ってくれたらやめたのに」


 月子は首を振る。


「いいの。最初こそ嫌だったけど、今は頼りにしてるから。……純ちゃんの意見、理にかなってるしね」


 月子がしゃべるたびに感情が流れ込んで、純の胸が痛む。


「でも純ちゃんの言葉に頼りっぱなしっていうのも、よくないと思ってる」


「そんなこと……。俺がしたくてやってるんだよ。月子ちゃんが芸能界でずっと活躍していくのを、見ていたいから」


「そう言われてもね。純ちゃんのその見識、自分のために使ったほうがいいんじゃないの? これじゃあ私が、純ちゃんのこと利用してるみたいじゃない」


「いいよ、全然利用してもらって」


 純にアドバイスをもらってばかりの罪悪感。それは月子が、純のことを友達だと思ってくれているからこそ抱くものだ。


 劣等生扱いされる純に、対等でいようとしてくれる。だからこそ純は、月子に対して力を使うことを惜しまない。


「大丈夫だよ、月子ちゃん。今は、自分のことだけを考えて。忙しくて、余裕ないんでしょ? 俺は、こうやってたまに話すことができれば嬉しいよ」


「そう……」


 何を言おうと月子の瞳は明るくならない。ものものしく目を伏せる。


「ますますわからなくなるよ。どうして純ちゃんはないがしろにされて、私みたいな女と仲良くしてるんだろうって」


「月子ちゃ……」


「純ちゃんと私は、全然違うのにね」


 なんと声をかければいいのか、純にはわからなかった。その心境を察してか、月子は純を見て、かすかに口角を上げる。


「今のは忘れて。……じゃあ、そろそろ行くね」


 一人で昇降口に向かう月子に、純は声を放つ。


「大丈夫? マネージャーさんに送迎をお願いしたほうが……」


 月子は振り返り、手を振った。


「いいの。一人でいたいから」


 そう言われてしまうと、何も返せない。外へ出る月子を見送り、立ち尽くす。


 結局、この日も純はなにもできなかった。


 病んだ心を無理やりこじ開けるのは逆効果だ。下手すれば月子の信頼をなくす。月子のほうから頼ってもらえるように、少しずつ、癒やしていかなければならない。


 しかし純の力だけでは、あの不穏な未来から月子を救えそうになかった。



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