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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
二年目
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純の居場所




 純が通う輝優館きゆうかん高等学校は、偏差値七十越えの超難関私立高校だ。


 生徒の高い学力を求める一方で、学校行事に関する規定や校則はないようなものだった。


 遅刻や欠席、早退に寛容で、純の芸能活動による授業時間の短縮も認められている。しかしそれはタレントコースの高校とは違い、あくまでも学力が備わっていれば、の話だ。


「はい、これ。ありがとう」


 制服に身を包んだ純は、廊下でクラスメイトの男子にノートを差し出す。もう片方の手で、同じようなノートを何冊も抱えていた。


「どういたしまして。返すの大変そうだな。手伝おうか?」


「ううん、大丈夫。自分で返したいんだ」


 純はじゃあ、とその場を離れ、自分のクラスに入る。教室の隅で、分厚い参考書を読むメガネ男子に、ノートを渡した。


「勉強中ごめんね。これ、ありがとう」


 声をかけられて驚いているメガネ男子に、純はにっこりと笑う。メガネ男子はノートを受け取るとぎこちなく声を出した。


「ご、ごめん。お、おれ、自分にわかるようにまとめてるから、見にくかったよな」


「全然! すごく細かくてわかりやすかった。俺、理系の授業苦手だから助かったよ」


 メガネ男子は嬉しそうに笑うものの、目を合わせようとはしない。律も無理に合わせようとはしなかった。


「わ、わからないところがあったら、教えてあげるよ。あ、あげるっていうのはよくないよな、でもその」


「ほんとう? ありがとう! 化学でわからないところがあったらききにいくね! じゃあ、他の人にも返さなきゃいけないから」


 純は自分の席に向かうまで、借りたノートを返して回る。同時に、さまざまな生徒から声をかけられた。


「純くん! 今日あたしのノート貸してあげる! 机にいれとくから!」


「星乃、今日の体育俺とペア組もうぜ」


「今日の化学、白衣使うって。持ってきた?」


 純は笑顔で丁寧に対応していた。


 平均より高い身長に、異質な赤髪。芸能界では目立たない純も、一般の世界ではひときわ違う雰囲気を放つ。


 輝優館きゆうかんでは髪形や制服の規定が比較的ゆるく、指導が入ることもない。校内を歩けば、必ず好奇の視線を向けられる。


 自分の席につくと、また、当然のように声をかけられた。


「おはよう、星乃」


 声をかけてきた男子生徒は、長髪を後ろにまとめている。いかにも優等生といった雰囲気で、物腰が柔らかい。


「おはよう。どうしたの?」


「いや、調子はどうかなと思って。学校の勉強ちゃんとできてる?」


「うん! みんなのおかげでなんとかなってるよ」


「それはよかった」


 純についてクラスで話し合いが行われたのは、入学してすぐのころだった。


 どのように協力しあえば、学びを共有することができるのか。担任と生徒たちで積極的に意見が出された。ここではだれもが平等で、誰も純の立場に不満を持つことはない。


 話し合いの結果、純は、ホームルームの不参加、特例の欠席、特別課題とテストによる評価の調整が認められた。


 連絡事項はクラスメイトがメッセージアプリに流し、欠席した日の授業のノートを教科ごとに交代で貸す。おかげで、純は難なく学校生活になじめていた。


「星乃は人当たりがいいし、もともと誰とでも仲良くなれるタイプみたいだから、心配いらなかったね」


 純は苦笑しながら返す。


「そんなことないよ。集団生活も得意なほうじゃないし」


「え? そうは見えないけど? いろんな人と話せてるじゃん」


「みんなとかかわる時間が少ないぶん、たくさん話しかけるようにしてるから、そう見えるのかも」


「そう思ってちゃんとできてるのがすごいんだよ。それって簡単にできることじゃないだろ?」


 優しい言葉に、純はぎこちなくはにかんだ。


「ただでさえみんなに迷惑かけてるし、俺がみんなにできることなんて何もないから。優しくしてくれたぶん、優しさで返したいだけ。せめて俺の言動で、嫌な思いはさせたくないから」


「だから、そういうとこだよね。そういう星乃だからこそ、俺たちも協力しようって気持ちになるんだよ」


 イノセンスギフトとは違って、ここには純の居場所がちゃんと用意されている。


 なにより、純を小ばかにする人はいない。純のできないことを、責め立てるような人もいない。怒鳴る人もいなければ、冷たい視線を向ける人もいなかった。


「星乃はすごいよ。……仕事もやって、学校にも通って、成績も維持してる。俺だったらどっちかを手ぇ抜いちゃうもん」


「全然すごくないよ。アイドルっていっても大した知名度はないから……」


「そうかな? みんなに気配りできて、どんな相手とも仲良く話せるって、アイドルとしてかなり大事な部分じゃない? 星乃のこと、見てくれてる人は絶対いると思うけど?」


 くすぐったくなるくらいの誉め言葉だ。純は素直に受け取れないでいた。


「おれなんて全然……」


「まあ、俺たちみたいな一般人にはわからないような世界だから、きっといろいろあるよね。でも星乃はもっと、自信もっていいと思うよ」


 純は返事をせず、眉尻を下げながらほほ笑んだ。


「あ、そうだ。……星乃とめっちゃ語りたいことがあったんだ」


「なに?」


「新しく始まるドラマの渡辺月子について」


 真面目に言い放つクラスメイトに、純は目をぱちくりとさせた。真剣な声で月子の名を出すことがなんだかおかしくて、吹き出しながらうなずく。


「いいよ、聞く聞く」


 クラスメイトは前の席に横向きで座り、純の机によりかかる。


 周囲を気にしながら、真剣に討論するかのような表情で声を潜めた。


「あのさ、あれ、どうなってんの? あの衣装はないだろ!」


「ゴスロリの衣装?」


「そう! 絶対月子がゴスロリで曲出した影響でしかないだろ! それで注目させようみたいな製作陣の魂胆が見え透いてんだよな!」


「いや、あれはそもそも原作があって、月子ちゃんのキャラがそもそもゴスロリで」


「わかってる! わかってるよ! でもさ、ゴスロリで選ばなくてもいいじゃん。演技力だけで言ったらさ、月子に向いてる役他にもあったじゃん。もっと仕事選べるだろ、月子なら」


「あはは。ガチ勢だねぇ」


 純は柔らかく笑いながら、うんうんと聞いていく。


「星乃はさ、渡辺月子と会ったことないの?」


「……あるよ」


「へえ、どうなの? やさしい?」


「みんながイメージしてるとおりの人。真面目で、軸があって、ブレない人。どちらかというと物静かなイメージだね」


 学校での純は、アイドルでいるときよりも笑顔で過ごせている。純の周りにいる生徒からは、悪い感情を一切感じない。


 自分で選んだ高校は、非常に居心地のいい場所だった。



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