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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
一年目
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断れないスカウト 2




「大丈夫よ。あなたに歌のパートは求めないし、ダンスも難易度を下げて、いちから教えるようにする。学校行事やテスト勉強を優先しても構わないから」


 社長が力説するたびに、純の顔色は悪くなっていく。


 何とも言えない不快感に、胃液が込み上げそうだ。


「グループ名はイノセンスギフト。純真無垢(じゅんしんむく)な才能の集まりって意味を込めてるの。メンバーは下積みを続けてきた子たちでね、純ちゃんと年齢が近いから、すぐ仲良くなれると思うわ」


 社長は、このプロジェクトに賭けている。


 だとしても、うなずくことはできない。


 自身がアイドルとして成功している未来が、どうしても視えないからだ。


「ごめんね、純ちゃん」


 社長は申し訳なさげに眉尻を下げる。


「いきなり言われても困るわよね。あなたを利用することになるんだもの。不安になって当然よ。でも、わたしにはどうしても、あなたの力が必要なの」


「俺には、芸能界で通用する才能は、ないはずです。パパやママのようなものはなにも」


「でも、こうなった以上、私はあなたをアイドルにしなきゃいけないの」


「せめて、考える時間をいただけませんか? 簡単に答えられるようなことじゃないですし……」


 厳しい顔つきになった社長は、首を振る。


「ごめんなさい、純ちゃん。その時間もあげられないの。デビュー会見の日程がもう決まってるから、すぐにでも準備に取り掛かってほしいくらい」


「そんな……」


 ほんの一瞬、社長の目が、泳いだ。


「もしかして、お父さんが心配? それについては私のほうから説明するから大丈夫よ」


 声に、雑念ノイズが混ざっている。


「安心して。あなたはアイドルグループのことだけを考えてくれたらいい。お父さんのことは、私たちが、今まで以上にフォローするから」


 かすかな思考を、純は読み取った。


 星乃恵が交渉材料に使われる。使おうとしている。使えると、思っている。


「それに、同じ事務所だから顔を合わせることだって多くなるでしょう? 今までよりもかかわる時間が増えるんじゃない?」


 これ以上断るようなことを言えば、さりげなく父親を出し続け、断れない状況に持っていくはずだ。


「やめてください」


 その声は、感情がこもっていなかった。社長を見すえる純の顔は、能面のように冷えきっている。


 がらりと変わった純の雰囲気に、社長は地雷を踏んだことに気づいた。


「ごめんなさいね。決してそんなつもりじゃなくて」


「いいえ。俺を脅すには一番いい方法です。両親をダシにされたら、動かないわけにはいきませんから」


 この世界はちょっとしたことがきっかけで仕事量が変わる。フローリアミュージックプロダクションほどの大手事務所であれば、星乃恵と美浜妃の印象を悪くすることは難しくない。


 純は目を伏せ、口元にこぶしを当てた。純の行動によって両親の未来がどのように変化していくのか、頭の中で予測を繰り返す。


「悪かったわ。やっぱりあなたに下手なことはできないわね」


 社長は息をつき、言葉を選びながら続けた。


「でも、こう考えてみて。うちは大きい事務所だし、あなたの希望は聞ける。あなたに嫌な思いは絶対にさせないし、たとえあなたになにかあっても、ご両親に影響が出ないようにできるって」


 純の表情は変わらない。目を伏せたまま、真剣に返す。


「でも、俺、受験生ですし」


「受験勉強に集中する期間は休ませるわ」


「両親とも連絡は取り合っていたいですし」


「もちろん構わないわ」


「俺が入ったからアイドルグループが売れるって……。俺自身が保証できないんですけど」


 社長は口をぐっと閉じた。


 純の能力は、本物だ。しかし『グループに入れること』を条件に出したのは会長に過ぎない。


 純がアイドルグループにどのような作用を起こすのか、社長には計り知れない部分も多かった。


 純ですら予想できない未来を、社長が断言できるはずもない。


 とはいえ、純の存在がカギになるのは間違いなかった。


「どういうアイドルグループかは少しずつ知ってもらうことにして……。もしあなたが協力してくれるなら、社長の私が最大限にバックアップするわ。……今の私の言葉に、ウソは感じた?」


「……いいえ」


 頭の中で、両親の将来が複数予測できた。そのうち、一番マシな未来を選択しなければならない。


 口元から、こぶしを外す。


「俺、がんばってみます。アイドルとしてグループを支えられるように」


「ほんと?」


 笑みが浮かぶ社長の顔に、視線を向けた。


「でも、そのために守ってほしいことがあるんです」


 社長を見つめるそのキツネ目は、不思議な圧を放っていた。


 心の奥底も、思考や感情も全部見透かしている。


「なに?」


 社長はすでに、純に譲歩する内容をいくつか挙げている。これ以上何があるのかと、いぶかしげに見つめ返した。


「俺が二十歳を越えたら、いつでも辞められるようにしてほしいんです」


 社長の眉間にしわが寄る。純は気にせず続けた。


「俺は、アイドルには向いてないと思うし、やれることにも限界があると思います。パパとママも、俺がアイドルになるのは喜ばないと思うから」


 社長は即答せず、腕を組んだ。


 純が二十歳になるまでおよそ五年。長いようだが、社長にとってはすぐに来るような年数だ。今、悩む時間ですら惜しい。


 アイドルグループをのし上がらせるための重要な期間を、純がわざわざ提示したのだ。ここでごねれば、純の信頼はもう得られない。


「……わかったわ」


 しぶしぶ、声をひねり出す。


「約束する。二十歳を超えたなら、いつでも辞めていい。……あなたが辞めたくないって思うグループになるよう、私も尽力するわ」


 アイドルの才能は見いだしていないが、純の能力そのものはどんな形であれ手放したくない。社長は優しい顔をしながら、とことん純を利用していたいようだ。


 それは、純も同じだった。


 キツネ目を細め、穏やかな空気をにじませる。


「では、なにとぞ、よろしくおねがいします」


 純の言葉に、社長は安堵あんどの息をついた。


「ありがとう、決心してくれて。あの子たちも浮かばれるわ。じゃあ、今から書類に名前を書いてもらってもいい? ちょっと持ってくるわね」


 腰を上げた社長は、小走りになって部屋を出ていく。


 ドアが閉まったとたん、とてつもない疲労が純を襲った。ため息をつきながら、背もたれにのしかかる。


「嫌だなぁ……」


 とんでもないことを決めてしまったものだ。


 全身に鳥肌が立ってくる。顔をゆがめながら、自らの二の腕をさすった。


「でもこれで。パパとママは、ひとまず大丈夫……」


 純はこれから、自身の未来がまったく視えない選択に飛び込んでいく。不安と恐怖、胸騒ぎ――。ひとつ、確実にわかるのは、この選択で()()()()()()()()()()()、ということだ。




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