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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
二年目
46/139

大好きな人、大嫌いな人たち 1




 この日は、お昼のエンタメ番組に生放送で出演することになっていた。


 ヘアセットをしてもらっていた純は、鏡越しにメンバーのようすを観察する。楽屋の中はとにかく冷ややかだ。


 すでにヘアセットを終えているメンバーは、食事に勉強、スマホゲームをして自由に過ごしている。

 会話をしているメンバーもいるが、全員が全員と和やかに付き合っているわけではない。思春期男子が八人もいれば、どこかでいさかいが生じているものだ。


 特に純は、気軽に声をかけるような関係性を誰とも築けていなかった。メンバーはダンスも踊れて歌も歌える優等生。かたや純は、何もできない劣等生なのだから。


 ここにいるだけで息が詰まるほど、居心地が悪い。ここに純の居場所は、ない。無理に話しかけても、どのような返事が来るかはわかっている。わざわざ黒い感情を向けられに行く必要もない。


 ヘアセットが終わると、純はスタッフにトイレへ行くことを告げ、静かに楽屋を出ていった。


 出番までまだまだ時間がある。できる限り、あの楽屋から離れていたかった。


 廊下を進んでいると、目の前の女子トイレから見知った少女が出てくる。存在感のある長身に、大きい猫目の華やかな顔立ち。ゆるくウェーブにさせた黒髪が艶やかだ。


 少女はラベンダー色のハンカチで、手をふいていた。純に顔を向け、声を放つ。


「あ、純ちゃん」


 渡辺わたなべ月子つきこは同じ事務所に所属する女優だ。


 純より年下の中学二年生だが、純より大人っぽく落ち着いて見える。凡人には近寄りがたい高潔なオーラを、これでもかと放っていた。


「一人なの?」


「うん。今、楽屋から抜け出したとこ」


 純が月子に歩み寄ると、月子は猫目を妖しく細める。


「じゃあ、戻ったら、私の名前を言い訳に使うといいよ。……あのスタッフとメンバーでしょ? 嫌な予感しかしないもん」


 撮影スタッフや事務所スタッフが、慌ただしく廊下を通っていく。二人は邪魔にならないよう端に寄った。


「どう? アイドル業には慣れた?」


 純がアイドルになったばかりのとき、最初に励ましてくれたのが月子だ。以来、何かと気にかけてくれている。


 純はほほ笑みながら首を振った。


「まだ、全然だよ。あいかわらずメンバーとは全然なじめないんだ。一番歴が浅いから、なかなか積極的にもいけないし……」


「別にあの人たちと仲良くなる必要はないでしょ。とりあえずアイドルとして最低限ダンスを覚えとけばいいんじゃない? どうせ純ちゃんのこと期待しちゃいないんだし」


 キレイな顔で、ふとしたときに毒を吐く。月子はそういう女性だ。かといって、純が月子から悪意を感じることはなかった。


 月子の全身からにじみ出ているのは、純に対する友好。嫌悪や意地の悪さは一切感じない。


「なに?」


 月子を見すえていると、不愛想に首をかしげる。


「ううん、なにも。月子ちゃんと話せるのが嬉しくて」


「そうね。純ちゃんとこうやって話すのも久しぶりだもんね」


「しかたないよ。月子ちゃんは売れっ子だから」


 以前は、事務所で稽古場を使う時間が前後していたこともあり、しょっちゅう顔を合わせていた。その際、月子によくダンスを教えてもらったものだ。


「そういえば聞いたよ、月子ちゃん。アカデミーの新人俳優賞をとったんでしょ? おめでとう」


 純は満面の笑みで、小さく拍手する。


 昨年、月子主演の舞台が功を奏し、その歌声と表現力が全国的に注目されるようになった。


 もともと仕事を選ばないということもあり、今では映画、ドラマにCM、バラエティ番組にも引っ張りだこだ。

 華やかな見た目に反し、知性とユーモアにも富んでいる。ふと出る大人顔負けの辛辣な発言は、ネットでも話題に上がるほどだ。


 純の祝いの言葉に、月子はクールだ。なんとでもないとばかりに、髪を後ろにはらう。


「こんなのまだまだ序の口よ。新人賞なんて私より年下の子役ですらとってるんだから。これからが勝負なの」


 月子の言うとおりだ。新人賞はあくまで通過点に過ぎない。


 現に、純には視えている。月子が今後も活躍し続け、数々の賞を取る、未来が。


「月子ちゃんの新曲も、評判良いらしいね。俺も最近よく聴いてるよ」


 月子は歌手としても話題をかっさらっていた。女優やバラエティの雰囲気とは違い、ゴシック調の楽曲と衣装で魅了している。


 技術の高いハイトーンボイスと独創的な歌詞に、熱狂的なファンが増えるばかりだ。


 事務所で「女版星乃恵の誕生だ」とひそやかに騒がれているのを、純は知っている。


「作詞が月子ちゃんなんだよね? ほんと、すごいよ。あんなふうにたくさんの人を楽しませることなんて、俺にはできないから」


「純ちゃんにできないことなんてないでしょ。会長と社長にスカウトされた立場なんだから。やりたいと思ってできないことなんてないよ」


 月子は平然と言ってのける。


「それに、この私が友達なんだもん。やりたいことがあるなら手伝ってあげる」


 月子の口から出た友達という言葉に、ひときわ温かさを感じる。この世界で純のことを友達だと言ってくれるのは、月子しかいない。


「ありがとう。でも、月子ちゃんに余計な負担はかけたくないよ。俺以上に忙しくて頑張ってるんだから」


 月子は、ただの運だけでのぼり詰めた女優ではない。


 堂々とした態度や品のある立ち振る舞い、芸術面での知識が普通の中学生とはケタが違う。演技力や歌唱力を磨いてきた自負があり、多岐にわたる勉学を決しておこたらなかった。


 この世界でなにがなんでも成功するといった野心があるからこそ、今の渡辺月子が存在しているのだ。


 月子の躍進はこれからも続く。絶対に。


 純はほほ笑みながら、堂々と声を出した。


「月子ちゃんはこれからもいろんな場所で活躍し続ける。俺、わかるんだ。月子ちゃんは大人になっても称賛を浴び続ける人になるって」


「ありがとう。お世辞でも嬉しいよ」


 純は決して、お世辞でそんなことは言わなかった。純にとってこれは事実だ。しかし月子相手にわざわざ否定することもない。


 月子の笑み。いで立ち。雰囲気。髪を触るしぐさに、腰に当てる手。そのすべての状態を判断し、純は適切な話題を探る


「毎日大変でしょ? 学校にも通えてないだろうし、帰るのはいつも夜なんじゃない?」


「そうね。でも売れるって、そういうことだから」


 月子は仕事に貪欲なタチだ。忙しいことに不満を持っているようには見えない。


「体、大丈夫? ちゃんと、寝てる? 疲れてない?」


 鼻を鳴らす月子は、挑発的な視線を純に向けた。


「なにそれ。お母さんみたいな言い方するのね」


「だって心配だもん。いくら売れっ子でも体を壊したら元も子もないでしょ」


「大丈夫よ。純ちゃんが心配することでもないから」


 ささいな――ほんとうにかすかなものだった。不穏な何かを、純は感じ取る。


 それが何かを探ろうとするものの、月子は顔を伏せて話を続けていた。


「毎日が、すごく楽しい。歌も、演技も、私の好きなことだから。……何があろうと、仕事を続ける限りは、幸せよ」


 月子の表情は冷徹で、本音を見せないよう徹底していた。

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