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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
二年目
45/151

苦手に好きが追い付くわけもなく




 この日は時間が許す限り自主練習をして、イヤホンで音楽を聴きながら帰路についた。


 アイドルだと気づかれることなく、たくさんの人にまぎれて電車に乗り込む。


 純は空いている席に座り、スマホを取り出して文字を打った。


『パパ、ちょっといい? 時間ある?』


 電車が動き始め、スマホから顔を上げる。車内の席はすべて埋まっていた。ラッシュ時ほどではないが、つり革に人が並ぶくらいには混んでいる。


 スマホが震え、視線を落とした。


『どうした?』


『ごめん。忙しかったよね』


 純が打ち返すと、すぐに既読がつく。


『大丈夫だよ。進捗しんちょくはどんな感じ?』


『まったく。なにも』


 短く息をつき、さらに打ち込んだ。


『グループのこと、何もわからないし、先が読めない。時間がかかってる。パパとママに教えてるようなことも、できないんだ』


 純は、常人よりも感度が高かった。


 音に匂い、視覚や味覚がケタ外れに優れている。しかし純の感度の高さは五感に限ったものではない。「感度」というものは高ければ高いほど、吸収する情報量が多くなるのだ。


 純は、人の振る舞いや表情、声やしゃべり方から感情を察知し、相手の思考を瞬時に読み解くことができた。


 調子が良ければ、相手がこれから何をするのか、それによってこの先なにが起こるのか、予知することも可能だ。――あくまで純の調子がよければ、の話だが。


 大好きな両親が芸能界で成功し続けるために、純は幼いころからこの能力をフル活用してきた。


『メンバー相手にわかるのは、感情とウソついてるかどうかくらい。性格とか才能はわかんない。どうしよう。これじゃあ社長に失望されるよね』


 社長が純をアイドルグループに加入させたのは、能力によってグループを国民的スターにのし上げたいからだ。自ら手掛けたグループで、社長としての影響力を強固にするために。


 学業の優先を許可し、強力なバックアップまで約束するほど、純の能力が求められていた。

 

『一年も一緒にいるのに、こんなにわからないの初めてだよ。売れるか売れないかもわからない。一年先のことならまだしも、一カ月先のことすらわからないんだ』


 画面を見る純の顔が、不安に染まる。


『なんでかな。俺、あのグループにいると、何もできなくなる。とにかく、無力でしかないんだ』


 理由はなんとなくわかっている。


 ダンスという苦手なことに追われて、本来発揮するべき能力を使う余裕がないのだ。


 これでは本末転倒だ。社長が期待しているような成果を上げることができない。


『おまえが自分を責める必要はないだろ。おまえの能力を簡単に使えると思った社長の采配が悪いんだ』


 社長に対してトゲのある返信が届く。 


『おまえのそれはたぶん、直感で導き出してるものなんだ。わからないもんをわかろうとしてできるもんじゃない』


 父親からのメッセージは、次々に届く。純はトーク画面を見すえ、文字を追った。


『個人ならともかくグループ全体だろ? 個人でさえ相手によっては判断が難しいのに、グループ全体の今後を一人で判断するのは無謀すぎるだろ』


 純は難しい表情で何度もうなずいた。


『だから純が気負いする必要はない。グループを売れさせたいなら優秀なスタッフを使うとか、メンバーにあった指導をするとか他にやりようはあるんだ。社長だって純一人に任せようとするほど浅はかじゃねえよ』


 確かにそのとおりだ。純一人にグループの存続をゆだねるのは事務所の無責任が過ぎる。

 アイドルグループに携わるのはメンバーだけではない。社員やスタッフも、それぞれが力を活かして精いっぱいやっていくほかないのだ。


『そもそもおまえ、集団行動は気を遣うだけで得意じゃないだろ。その中で苦手なダンスにも追われてるんだぞ? 社長はそのへんわかってんのかね』


 人一倍敏感な純は、他人の感情に影響を受けやすい。


 特に怒りや嫌悪の感情にあてられると、何も考えられず、体が動かなくなることもある。タイミングを見て逃げ出せなければ、ただ黙って、やり過ごすしかない。


 常に一緒にいることを求められるアイドルグループは、純と相性が悪かった。


『おまえ自身は、どうなりたいんだ? グループのアイドルとして活躍したいのか?』


 その一言に、純は表情を曇らせる。


『社長と同じように、おまえ自身が国民的グループとしてなりあがらせたいと思ってるのか? おまえは、国民的グループの一員になりたいのか? それでおまえは幸せだと思えるのか?』


 文字だけで、純にはわかる。父親が、本気で心配してくれているのだということを。


 両親はもともと、純のアイドル活動に批判的だった。それを社長が能力欲しさに押し切ったのだ。


『アイドルグループが大きくなって、メンバーもおまえも忙しくなったら、おまえは嬉しいのか? この世界でのしあがることが、必ずしも幸せなことだとは言えないぞ』


 できることなら、アイドルなんて辞めてしまいたい。ダンスもできない、笑顔もぎこちない。アイドルの要素など、これっぽっちもない。どうせ辞めたところで、誰も文句は言わない。


『でも、とりあえずは続けようと思ってる』


 純は真剣な表情で文字を打つ。


『社長との契約は守らなきゃいけないし、パパやママのためにもこの世界に残ったほうがいいと思う。テレビで視るよりいろんなことがわかるから』


 芸能界で目にした人物に才能があるようなら、父親と一緒に仕事をするよう勧めることができる。逆に何かやらかしそうな人がいれば遠ざけさせることができた。


『それに、この世界で友達もできたから。そばで、成功していくのを見守っていたいんだ』


 指を止め、純は顔を上げる。斜め前のつり革につかまっている、スーツ姿の女性を見すえた。


 女性は頭を抱え、深い呼吸を繰り返している。肩にかけているカバンには、ヘルプマークが下がっていた。


 純はイヤホンをタッチして音楽を切り、腰を上げる。


「あの、どうぞ」


 にっこりと笑う純に、女性は青白い顔を向ける。


「ありがとうございます。すみません……」


 女性はゆっくりと腰を下ろす。入れ違いに純はつり革を握り、スマホを見た。


『つらかったら、いつでも辞めていいんだぞ?』


 しかし、純が辞めれば父親も事務所を辞めることになる。


 純が事務所と契約を結ぶとき、アイドル活動に難色を示していた恵は社長に条件を出した。


 純が辞めるとき、同時に恵も辞める、と。純をこき使うのではなく、丁重に扱ってほしいがためのことだった。


『そうだなぁ……』


 純は目をつぶり、これまでの両親の活躍から、今後の動向を頭の中で構築していく。


 両親ともに仕事は好調でノースキャンダル。父親の仕事は安泰で、他事務所の母親も仕事をもらい続ける。事務所が両親に圧力をかけるようすは見えない。二人の未来に、不穏な影は今のところちらつかない。


 純は目を開き、文字を打った。


『しばらくは頑張る。辞めるにしても、今じゃないから』


 純にとって両親は、自分を愛してくれる大好きな存在で、自分よりも大事にすべき存在だった。



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