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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
一年目
38/139

その存在は吉か凶か 1




 事務所のエントランスには、月子がいた。


 隅にあるテーブルで、宿題をしている。制服姿で髪を結んでいても、芸能人特有のオーラは隠せていない。通りすがりの社員やレッスン生はすぐに月子だと気づき、視線を向けていた。


 舞台でさらに名前をとどろかせた月子は、今や事務所で一目置かれる存在だ。本人は気にすることなく、いつもどおりに過ごしていた。


「つ~きっこ。久しぶり」


 間延びした、低い声。月子の正面に、老年の男性が座る。


 身長が高く、ガタイがいい。オレンジ色のシャツが特徴的な軽装で、圧のある笑みを浮かべていた。


「会」


「あ~だめだめ。気づかれたらいろいろめんどくさいでしょ。パパって呼んで。おじいちゃんでもいいよ?」


 男性のふざけた口調に、月子の目つきが殺伐としたものに変わる。


「そんなに引かなくてもいいじゃん。結構ショックなんだけど?」


 男性の正体は、会長だ。


 エントランスを通るレッスン生や社員は、その存在に当然気づいている。会長の圧倒的オーラに負けて、近づこうとしないだけだ。


 業界中に顔が知られている会長に、気付くなというほうが無理だった。


「舞台、大盛況だったね」


 月子は宿題を重ね、はしによせる。


「はい。おかげさまで」


「演技の仕事、ますます増えると思うよ。歌も、ね」


 会長を前に月子は姿勢を正した。わざわざ話しかけてきた会長の本題が何か、勘繰っている。


 それに気づいているのかいないのか、会長は前のめりに月子を見つめ、笑った。


「聞いたよ。純くんと、仲がいいんだって?」


 月子は二、三回まばたきする。予想とは大きく離れた話題だ。


「舞台にも来てほしいって、名前を出したらしいじゃないか」


「ええ。私の演技が、勉強になると思って」


「そうなんだ? 今まで誰一人として呼ぼうとしなかった月子がねぇ……」


 大げさにうんうんとうなずく会長に、月子がさめた声を出す。


「別に、変な関係ではありませんよ」


「わかってるよ。友達なんだよね?」


「向こうが私のことをどう思ってるかは知りませんけど」


 社長がにこやかな顔を崩すこともなければ、月子も冷静さを崩すことはない。中学生だというのに、会長とうまく渡り合おうとしている。


「会長に、質問してもいいですか?」


「いいよ」


「ほんとうに会長が星乃純くんのスカウトを?」


 会長は余裕に笑いながら、首をかしげる。


「それ、質問を間違えてない? どうしてスカウトしたかじゃなくて、ほんとうにスカウトしたかどうかを聞きたいの?」


「もしほんとうにそうなら前者もお聞きしたいです」


 会長は愉快に笑ったまま、肩をすくめた。


「そうだね。したというより、したかった、かな」


「ということはしてないんですか?」


「でも最初に目を付けてたのは僕だから。会長のスカウトってことにしてほしいって、僕のほうから言ってあるんだ」


「なんでわざわざそんなことを……」


「だってかわいそうじゃん、彼。そう思うでしょ?」


 月子は目を伏せた。純と初めて会ったときのことを思い出す。


 星乃純は、才能がない二世の劣等生。イノセンスギフトに純が入ったころ、純の悪いウワサは急速に広まっていった。親の名前が強いこともあり、月子の耳にもすぐに入ってきたくらいだ。そこかしこでうわさ話が飛び交うこの事務所で、彼の居場所はないに等しい。


「強い味方くらいは必要でしょ。会長の息がかかってるって、場合によってはすごい武器になる」


「……ですね」


「まあ、純くん本人はそれを武器にするつもりはなさそうだけどね。月子っていう味方もいることだし」


 会長は歯を見せて笑った。月子は短く息をつく。


 月子が純とどうかかわってきたのか、会長にはすべてお見通しのようだ。


「嫌いなんです、ああいうの。いじめみたいで」


「うん。僕も嫌いだよ。僕がスカウトしたって知ってるくせに、あの環境にいさせる判断がね」


「……私の言う『嫌い』と意味違いますよね?」


「いやいや同じだよ。僕はね、自分がスカウトした子は自分の子どもだと思ってるくらいなんだ。僕が直接かかわってたら、月子よりもっと強引に守ってるよ。まあ、それはそれで、ヒイキって言われちゃうのかな」

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