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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
一年目
30/139

純の努力、ファンの自由




 純の生活サイクルは、普通の受験生のそれに変わった。


 学校のあとは塾に直行。とにかく勉強漬けの日々だ。


 イノセンスギフトとして生活していたときとは何もかもが違う。


「うん。星乃くんの実力なら、どこにでも行ける」


 デスクに座る女性講師が、模試の採点結果を見て満足げにうなずいた。そばに立つ純は、喜びに満ちた笑みを浮かべる。


「星乃くんはもともと自頭がいいんだろうね。勉強が好きなタチでしょ? 集中力もあるしわからないことも自分で調べられる力があるし」


 塾は大手の、個人授業に力を入れているところに決めた。勉強に関してはのみこみが早く、学力はめきめきと上昇していく。基礎と応用を確実に身に着け、偏差値もぐんぐんのびていった。


「今の調子で引き続きがんばろう。あとは、精神的な問題だったり、生活習慣だったり……天候とか体調に気を付けなくちゃね。受験はなにが起こるかわからないんだから」


「ありがとうございます」


 講師との話を終えた後、純は塾で解放されている勉強スペースへ向かう。ここでは受験生がそれぞれの席で、静かに勉強していた。


 余計なしゃべり声は聞こえず、みな集中している。純も同じように座って道具を広げ、勉強に集中し始めた。一人で机に向かって作業をすることは、純にとって苦ではない。


 むしろ居心地がいい。


 お互いがお互いを意識することなく、自分の将来のことだけを見すえている。同じ空間にいるのに、それぞれが個室にいるかのようだ。


 塾が閉まるギリギリまで勉強を進め、帰路につく。まだ人通りの多い街中を、イヤホンで英語のリスニングを聞きながら歩いた。


 家も学校も塾も、怒鳴り声や悪口が向けられることは一切ない。それどころか、成績が上がるにつれて、適切に評価してくれる。

 頑張った分認められればモチベーションが上がる。純は、受験勉強の優先が間違いではなかったことを実感していた。




     †




 帰宅途中、純はコーヒーチェーン店に寄る。ここ最近、カフェラテを飲みながら家に帰るのが日課となっていた。


「いらっしゃいませ~」


 いつも同じ女性が注文を取ってくれる。注文すると慣れた手つきでレジを打ち、純と目を合わせてほほ笑んだ。店員も純の顔を覚えているらしい。


 純は支払いを済ませ、受取場所で待つ。


 だれも、純の存在には気づかない。一人でいることを誰も責めたりしない。嫌な視線も感じない。


 事務所にいるときと比べれば、ずいぶんと軽やかな情緒でいられた。


「見て見て~。スマホの壁紙千晶にした~」


 声のしたほうを見ると、奥の席で女子高生が二人、きゃっきゃと騒いでいる。


「かっこいいよね~。中二でもう顔ができ上がってんの」


「完璧だよね~。将来有望って感じ」


「ドラマ見た? 」


「見た~。超かっこいい~」


「ね~。イノギフとか、千晶以外は論外だから。なんでソロとして出さなかったんだろ」


 女子の甲高い声は、純の耳に強く入り込んでくる。


 この流れはまずい。女子高生たちに背を向け、受取口のほうを向いた。それでも、女子特有の高い声は、嫌でも純の耳に届く。


「最近さぁ、イノギフ七人になってない? 八人だったよね? 」


「あー、あいつがいないんでしょ。二世。星乃恵の。あの目細いヤツ」


「あ、それだそれ」


「公式の写真は八人だからただ休んでるだけじゃない? 知らんけど。ってか絶対にあれは親のコネでしょ。ダンス見た? めっちゃひどかったから」


「見た見た。あれでデビューできるとかやばいよね」


「いないほうがいいって絶対。まじで。千晶の足引っ張ってんじゃねえよって感じ」


「メンバーも絶対思ってるよねぇ、コネで入ったお荷物だって」


「むしろあのレベルで一緒にいるとか本人にとっても地獄じゃない? 自分でそう思わないのかな? 」


 握りつぶされるかのように心臓は痛み、指先はどうしようもないくらい震えている。おなかの前で指を組み、肩を上下しながら呼吸を整えた。


「お客様? カフェラテのお客様? 」


 店員の声でわれに返る。にこやかな店員から、にこやかにカフェラテを受け取って、すみやかに店を出た。


 純に関心のない人たちが行きかう外は、居心地がいい。だれにも気づかれない中、堂々と歩いていく。


 カフェラテに、口をつけた。


 すぐに離し、カップを見る。そこには、「fight!!」の文字。


 純の口角が、上がる。


 口をつけるたびに、カフェオレの匂いが鼻孔をくすぐった。飲み進めていくうちに、落ち着いてくる。心臓の痛みも、指の震えも、もうおさまっていた。



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