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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
一年目
25/139

最高のご褒美 1




 事務所についたマイクロバスから、メンバーが次々と降りていく。その先でたたずんでいた人物に気づくと、みなが息をのんだ。


「ほら星乃! 早く降りろ!」


 悪態をつきながら降りた熊沢も、目の前の人物に凍り付く。


 純は外の異様な空気に気づきながら、バスを降りた。


「あ」


 みんなが固っているのも無理はない。


「遅かったな、純。迎えに来たぞ」


 ロック調の派手な私服でサングラスをかけた恵が、快活な笑顔で待ち構えていた。芸能人オーラを隠そうともしない。その隣で、熊沢と歳の変わらないマネージャー、青寺が手を振っていた。


「純くん久しぶり~」


 純は責めるような目を青寺に向ける。


「え? なに? 怒ってる?」


 あとで青寺にも伝えなければならない。事務所で恵と純が接触してはならないということを。恵がそうしたがっても、彼が止めてくれなければ困る。


「あ。星乃さん」


 熊沢がわれに返り、恵に頭を下げる。


「お世話になっております。イノセンスギフトマネージャーの熊沢です」


 恵はにこやかに見返すだけで、頭は下げない。


「純を面倒みるのは大変でしょう? ダンスも覚えられないし、グズでとろくて、テレビで変なこと言っちゃうんですよね。俺に似て」


 熊沢の顔が引きつる。肯定することもできなければ、全否定することもできないようだ。


 角田が先ほどのことをもう伝えたらしい。あきれて息をつく純を横目に、恵は輝かしい笑みを浮かべていた。


「イノギフ、今日はもうおしまいですか?」


「あ、はい……」


「じゃあ純をつれていっても?」


「どうぞどうぞ」


 恵は純に対してついてくるよう手招きし、イノセンスギフトに背を向けた。純はその後を追う。


「パパ……」


「悪かったよ! 今日は許せ! どうしても俺がつれてってやりたかったんだ」


 恵の特徴的な甘い声が、裏口に響く。


「同じ事務所なんだから俺が迎えにいかないのも違うだろ」


 行きつく先には、送迎車が停まっている。青寺が先回りしてドアを開けた。乗り込んだ恵に、純が続く。


「どこに行くの?」


「ついてからのお楽しみ」


 純はとなりに座る恵の顔を見る。サングラスをシャツの胸ポケットに入れた恵は、正面を向いて目を合わせようとしない。


「そうやって俺の思考を読むのはナシだ。おまえのことびっくりさせたいんだから」


 青寺がドアを閉め、助手席に乗り込んだ。車は出発し、青寺が行先を言うことなく道を進んでいく。


「……じゃあ、当ててみせるよ」


 純は恵を見るまでもない。


 正面を向き、助手席に座る青寺の反応を見る。


「……ご飯を食べるくらいならこんな大仰なことはしない。驚かせたいってことはなにかを見せたいんだ」


 青寺が興奮した若い声を返す。


「お、さすが純くん! 鋭い!」


 瞬間、青寺の反応を見ていることに恵は気付く。純と青寺を交互に見ていた。


「でもプレゼントではないし、テーマパークでもない。パパはプレゼントごときでこんなことしないし、俺が騒がしい場所を好きじゃないのも知ってる。見せたいもの……映画? 違うな」


 青寺がふふっと笑う。その反応に、恵が「青寺!」とたしなめた。青寺の口がぐっと閉まる。


「映画だと、わざわざこの日じゃないとだめって理由がない。この日、この時間じゃないとだめ……」


 目を伏せて考え込む純に、恵は短く息をついた。


「おまえなぁ。そこまでくれば自分が行きたかった場所を思い出せばいい話だろ。なんで他人のことはよくわかるのに自分のことについては疎いんだ?」


「そんなこと言われても」


 ここ最近、グループでの活動に忙しく、どこかに行きたいと考える余裕もなかった。


「……あ」


 そういえば、ひとつだけあった。『見に行きたい』と口に出したことが。


「もしかして、月子ちゃんの主演舞台? の、千秋楽? もしかして今日なの?」


 恵は満足げに口角を上げる。正解だ。


 助手席から明るい声が続く。


「さっすが純くん。ごまかしはききませんね」


「いや、でも、どうして……おれ、パパには、月子ちゃんのこと、話したことないよね?」


 その反応に、恵は満足げに目を細めた。


「それは、現場に着いたら教えてやるよ」




          †




 某テレビ局に隣接する劇場は、名のある監督の舞台がよく公演されていた。ここで公演される舞台は、メディアに大きく取り上げられ、話題になりやすい。


 夏休み中に公演されていた月子主演の舞台は、回を重ねるごとに評価が高くなっていった。 


 舞台に興味のない者でさえ、月子の歌とダンスの評判を耳にする。舞台は公演期間の序盤から満員で、鑑賞した者によるSNSの感想コメントが絶えない。


 ――以上が、スマホで早急に調べた舞台の情報だ。純はスマホの電源を切ってカバンにしまい、恵と一緒に劇場へ入る。

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