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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
一年目
22/139

守られてばかりではいられない




 いつのまにか七月が終わり、学生は夏休み期間に入る。イノセンスギフトのメンバーである純は、レッスンと仕事に追われる日々だ。


 メンバーとスタッフ、マネージャーの熊沢とは毎日顔を合わせるのに、距離が縮まる気配は一向にない。


 そんな中、渡辺月子はなにかと目をかけてくれた。事務所で顔を合わせれば、必ず声をかけてくれる。


「あ、純くんだ」


 この日も、事務所に入った瞬間、話しかけられる。


 エントランスのすみにあるテーブルで、月子が頬杖をついて座っていた。インディゴのデニムワンピースが月子によく似合っている。


 近づいていく純に、月子が突っ込む。


「なにその服。なんか純くんっぽくないかも」


 真っ赤なハイビスカスの柄シャツだ。純にしては主張が強い。


 月子の正面に座り、ぽややんと笑う。


「パパのおさがり」


「あ~、どうりで」


「月子ちゃんはここでなにしてるの?」


「迎えの車を待ってるの。裏口だと暑いから。……余計な汗かきたくないしね」


 事務所の中は冷房がガンガンにきいている。午前中とはいえむわっとする炎天下の中、わざわざ外で待つ必要もない。


「そういえば聞いたよ、月子ちゃん。舞台が開幕したんでしょ?」


「そうなの。もう稽古場では会えなくなっちゃうけど、大丈夫?」


 クールな表情だが、純の身を案じているのが見て取れる。


「うん。心配しないで。俺なりにがんばるから」


 月子と会えなくなるのは寂しいが、いつまでも頼ってばかりではいられない。


 月子に守ってもらわなくても、イノセンスギフトの一員として認められるよう努力しなければならないのだ。


 不安はぬぐえないが、やるしかない。自分の力で、自分の居場所を作らなければならない。


 月子にこれ以上気を遣わせないよう、にっこりと笑う。


「そんなことより、月子ちゃんの舞台、前評判がすごいんでしょ? チケットもすぐに売り切れるんだろうね。見に行きたいんだけどチケットとれるかな?」


 練習をのぞき見しただけで感動するのだ。本番はもっとすごい出来に仕上がっていることだろう。


「私が出てるからってそんなの気にしなくていいから。夏休み期間はイノギフも忙しいでしょ。私が無理やりお金払わせてるみたいで嫌だし」


「でも、少なくとも千秋楽は絶対に見たいよ! 舞台の集大成でしょ! 絶対にチケットとって見に行くから」


「だからしなくていいって! 身内にそこまでされるの気恥ずかしいし。いつもどおりに過ごしててよ」


 自身の舞台のことは触れてほしくないようだ。月子は深いため息をつき、話題を変える。


「そうそう、このまえお父さんの番組に出させてもらったよ」


「そうなの? 絶対見るね! 俺、パパの番組は全部録画してるから」


「ああ……そう」


 にこやかに言い切る純に、月子は苦笑する。


「恵さんね、私が純くんとよく話すって言ったらびっくりしてた。収録では純くんの名前だすなっていわれたから出してないけどね。あ、そうそう、それでね、そのときに面白いものが紹介されててね……」


 流行しているものや番組、お互いの好きなものについて時間いっぱいに話しこむ。それだけでなく、あいさつや礼儀についても教えてくれた。


「イノギフって、身内の先輩が近くにいたときにあいさつできてる? 意外とウチの事務所、そういう指導がなかったりするの。たとえ共演しなかったとしても、近くにいた場合は自分からしてね。評価が全然違うから」


 近寄りがたい雰囲気がある月子だが、純には気の向くままに話してくれる。


 才能もあって名声もあるが、純のような劣等生に見下すような目を向けることはなかった。


 否定的なことは言わず、怒鳴らず、余計なこともしない。心から友好的に接してくれる月子は、純にとって居心地がいい。


「純くんって映画見る? こないだ、先輩が死神役で出てる映画見たんだけどすごくよかったの」


「あ~、ってことは、あれかな? 『ほろ苦い太陽』?」


「そう、それ。でも思ったより評価されてなくて……」


 月子の声が止まり、表情が消える。その視線は、純の後ろに向かっていた。


 振り向いた純は、身構える。


「ほんとおまえは女子が好きだな~」


 熊沢が、嫌みに笑いながら近づいてきた。


 レッスンまでまだ時間はある。この場で純が怒られる理由はないはずだ。


「月子ちゃんも気を付けたほうがいいぞ~? こんなやつと一緒にいたら変な噂が流れるかも」


 平然と見上げる月子に、熊沢は続ける。


「二人きりだと変な関係だって疑われるかもしれないし」


「大丈夫。あなたが自分のマネージャーだと思われるよりはマシだから」


 熊沢の顔が、引きつった。ガタイがよく威圧的なはずの熊沢に、月子が物おじすることはない。


 月子が朗らかに話すのは純だけで、他のメンバーや一部のスタッフには塩対応だった。好き嫌いが激しく、ウソをつけない性格をしている。


「話しに付き合ってくれてありがとう、純くん。私がこんなに話せる相手って純くんしかいないんだよね」


 月子の前で、熊沢の舌打ちが盛大に響いた。


 月子の存在は、確かに純の支えになっている。それは同時に、純が悪目立ちすることに拍車をかけることでもあった。


 



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