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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
一年目
20/139

何ごともないわけがない生放送 




 制服姿で通学カバンを背負う純は、事務所の中を走る。すれ違う社員やレッスン生たちを器用に避け、裏口に出た。


「遅い!」


 熊沢の怒号に、体を震わせる。すぐに頭を下げて謝罪した。


 裏口にはすでにマイクロバスがとまり、先に来ていたメンバーはもう乗り込んでいる。


 バスの前で仁王立ちした熊沢が、顔をゆがませて吐き捨てた。


「ったくこれだから劣等生は。時間もろくに守れないんだもんな」


「すみません、でも……」


「学校があるからなんてのはいいわけだからな? 他のやつらは時間通りにちゃんと来てるんだから。早退なり休んだりしてよ」


「すみません……」


「大体、時間に余裕があっても一番下が一番先に来るもんだろ。常識だぞ、常識!」


 熊沢の言動から、イライラした感情と、言葉に出している以上の罵詈雑言を読み取った。純の目に、うっすらと涙が浮かんでくる。


「とろとろしてねぇでさっさと乗れ!」


 裏口中に熊沢の声が響く。体を震わせながら、小さく返事をした。


「さーせん。遅れましたー」


 間延びした声が後ろから聞こえた。


 顔を向けると、イノセンスギフトのメンバーである氷川要が、学ラン姿で立っている。


 前髪をワンレンにしたショートヘアで、華奢な体つき。目尻のほくろが、色っぽい雰囲気を漂わせていた。


 熊沢は舌打ちして返す。


「おまえか」


 純は怒鳴り声にそなえて身構えた。


「はやく乗れ」


 予想は外れ、要はそれだけで済んだ。複雑な感情が、純の中で膨れ上がる。


「なにしてんの?」


 純のとなりに来た要から、とげとげしい声が刺さる。


「はやく先に乗ってくれる?」


「あ、すみません……」


 純は急いで乗り込み、ちょうどあいていた二席の窓際に座る。そのとなりに、要が座った。


 最後に熊沢が乗って先頭に座ると、バスは発進する。


 


          †




 今日はこれから、生放送の音楽番組に出演する。


 局に到着して早々、番組の打ち合わせを済ませ、リハーサルを行った。この段階でもう緊張していたが、ミスすることなく踊ることができた。本番でもうまくいくよう、心の中で祈り続ける。


 生放送ということもあり、番組スタッフも他のアーティストもせわしなく、余裕がない。


 刻一刻と迫ってくる本番。リハーサルを終えたイノセンスギフトは衣装に着替え、ヘアセットも順に終えていく。


「時間あるときに弁当食っとけよ!」


 熊沢の怒号が響く。楽屋のテーブルには、すでに弁当が積み上げられていた。


 ヘアセットが終わったメンバーから手を付けていく。


 純がヘアセットを終えたのは、最後だった。すきっ腹をなでながら残りの弁当に手を伸ばす。


「みんな食べたな! 今からMCのライオンさんにあいさつに行くから! 早く来い!」


 熊沢の声に、手を止めた。辺りを見ると、早々に食べ終わっているメンバーもいれば、口に入れたものを水で流し込むものもいる。


 純はちらりと弁当を見て、食べるのを諦めた。メンバーと一緒に廊下へ出ようと、一歩踏み出す。が、要が前をさえぎった。


「口、あけて」


「え?」


 要が弁当に入っていたおかずをカップごと、純の口先に持ってくる。


「はやく」


 おそるおそる口を開けた。と同時に、要はおかずを口に押し入れてくる。


 マッシュポテトだ。


 お礼を言おうにも、咀嚼するのに精いっぱいで口を開くことができない。要はカラになったカップをゴミ箱に入れる。


「俺、食べるもの気ぃ遣ってるから。炭水化物は食いたくないんだよね」


 素っ気なく、投げやりな口調だ。しかし、その言葉がウソであることを、純は見抜いていた。




          †




 音楽番組の生放送が始まった。数多くのアーティストとともに出演する。出番になるまでひな壇に控え、他のアーティストのパフォーマンスを眺めていた。


 歌やVTRが流れる間、純は近くに座る他のアーティストたちを観察する。ギラギラしたオーラに圧倒されながら、緊張や不安を同時に感じ取っていた。


 これほどまでにすごいアーティストでも緊張はするのか――と意外に思いつつ、純は静かに収録時間を過ごす。


「続いてはイノセンスギフトで~す」


「よろしくおねがいしま~す」


 大物男性MCに紹介され、そのとなりに移動しているイノセンスギフトがカメラにうつった。


「今回はデビュー曲を歌ってくれるんだって?」


 センターの千晶が笑顔でうなずいた。


「はい。今日はメンバー全員楽しみに」


 腹の鳴る音が、千晶の声をさえぎった。


 大物MCが吹き出す。


「え? なに今の、おならした?」


「違います違います! すみません! 僕です! すみません!」


 MCから一番離れた位置に座る純が、真っ赤な顔で否定する。番組スタッフや他のアーティストたちは、笑みを見せていた。中には、声が出そうになるのを必死にこらえる者もいる。


「びっくりした~。地響き起きてんのかと……」


「すみません、あの、ほんとうに。楽屋のお弁当食べずに出ちゃって……」


「おなか空いてるんだ? イノセンスギフト今忙しいだろうからね」


「すみません」


「いい、いい。先輩のグループでも腹鳴らしてる人いたから。……ねぇ?」


 大物MCのフォローで、周囲から笑い声が短くあがった。


「そういうときはね、ケータリングのお菓子食べればいいから」


「はい。以後気を付けます~」


 話をさえぎった千晶からの視線が痛い。楽屋に戻ったら、熊沢から説教を食らうことになるだろう。


 これ以上は何も問題を起こしてはならない。


 そう、思っていたのに。


 特設ステージに移動してすぐ、楽曲のパフォーマンスが始まった。純は腹が鳴ったことを引きずり、集中できない。踊れてはいるものの、練習のときよりも動きが硬く、ぎこちなかった。


 このままではまずい。わかってはいても、体が言うことをきかない。パフォーマンスも終盤に差し掛かったサビの途中。


 純の足が絡まる。カメラでグループ全体をうつされるその端で、盛大に転んだ。


 純の思考は止まる。が、曲は止まらない。なんとか立ち上がっても、今曲のどの部分なのか、フリをどこから始めて良いのかわからない。


 頭が真っ白になる。パニックだ。


 純の腕を、誰かが引いた。


 気付いたときにはカメラの前で、全員が集まる中、手を振っていた。


 となりにいた要が、カメラに笑顔を向けながら、純の頬をつかむ。笑顔ができていない純へのフォローだ。


 ダンスのミスを引きずる余裕もなく、スタッフの指示でひな壇に移動する。番組は予定どおり進み、今日の放送を終えた。




          †




「何してんだおまえは! そんなにみんなの邪魔して楽しいか!」


 楽屋の外で、純は熊沢に怒鳴り散らされていた。


「千晶の邪魔してダンスはミスして……そこまでして俺たちを困らせたいのか? ああ?」


「すみません」


 純はバツの悪い顔で、頭を下げる。


 熊沢から流れてくる不快感や、廊下を通る番組スタッフの視線に、押しつぶされそうだ。


「弁当食べられねえのは他のメンバーだっておんなじだっただろ。自分で時間作って食べてんだよ! 人のせいみたいな言い方してんじゃねえ!」


「すみません」


「ほんと、俺たちに迷惑しかかけないよな、おまえは。もういい。とっとと着替えろ!」


 熊沢が楽屋を顎でしゃくり、純は促されるまま中に入る。


 他のメンバーは声を出すことなく、すでに着替え始めていた。純に視線すら向けようとしない。楽屋全体に、居心地の悪さを感じる。


 自身の制服があるテーブルの前で、衣装を脱ぎ始めた。となりでは、すでに私服姿の千晶がイスに座り、ひざにカバンをのせている。


 急いで着替えた純は、脱いだ衣装をハンガーにかけた。背後にあるラックに戻していると、背中に視線が突き刺さっていることに気付く。


 千晶に、顔を向けた。


 ――目が、合った。千晶は体をにひねるようにして純を向き、チョコレートの包装紙を開けている。ケータリングで用意されたものだ。


 先に見ていたのは千晶のほうなのに、不快気に眉をひそめだした。


「……なに?」


 男らしい骨ばった手でチョコレートを口に入れる。冷ややかで高慢な顔つきに、純は思わず目を伏せた。


「さっきは、ごめんなさい……」


「別に」


「あと、ありがとう。俺のこと、助けてくれて」


 千晶は黙ったままチョコレートを食べていた。


 パフォーマンス中、ミスをした純の腕をひいたのは、千晶だ。センターの立ち位置からずれてでも、急いで引き寄せた。


 飲み込んだ千晶は、鼻を鳴らす。


「気づいてたんだ? あんなことしでかして、周りのことなにも見えてないかと思ってたけど」


「うん。見えてなかった。……けど、俺の顔つかんでた氷川くんの手とは、違う質感だったから」


「は? なにそれ。……キモいんだけど」


 冷ややかな目をして、立ち上がる。これ以上話すことはないとばかりに背を向け、ぐちゃぐちゃに丸めた包装紙を、ゴミ箱に放り捨てていた。

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