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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
一年目
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気の抜けない記者会見 2




 今度は中年の女性芸能記者が尋ねた。


「芸能リポーターの鈴木です。お母さまではなくお父さまと同じ事務所に入ったのは、なにか理由があるんですか?」


 純はこの女性の顔も見たことがあった。夕方のニュースで芸能コーナーを担当しているベテランだ。


「理由、というか……。実は、フローリアの会長にスカウトされたのがきっかけなんです。そのあと社長にアイドルとしてデビューするよう言われまして」


 記者の目がキラキラと輝き始めた。


「まあ、珍しい! ご夫婦から! やはり才能をみいだされたのでしょうね」


「あ……どうでしょう? まだまだみんなよりできないことのほうが多いので、なんとも……」


 瞬間、女性記者の眉尻が下がる。怒りや機嫌の悪さは感じないが、なにかを間違えたのかもしれない。


「お父さまもあれほどの才能をお持ちですから。純くんもこれから頭角を現していくかもしれませんね」


 一見励ましている言葉だが、純の耳は複雑な感情を察知する。クリアな音にノイズが混ざったかのような違和感。


 今は、その感情についてよく考える余裕はなかった。


「ありがとうございます。そのためにもこれから頑張っていきたいと思います」


 うまい具合に司会者が切り上げ、進行していく。デビューシングルの紹介も終わり、記者会見は滞りなく幕を下ろした。


 控室で着替えたあと、メンバー全員で移動する。関係者用の搬入口から外に出て、すでに停めてあったマイクロバスに乗り込んだ。


 最後に乗った純は、空いている席に腰を下ろす。


 となりの窓際に座るのは、先ほど自己紹介で一番目に声を発していた最年長、谷本たにもと飛鳥あすかだ。


「……上手だったよ」


「え?」


 飛鳥は、純を見て笑っていた。薄い茶髪は少し跳ねており、眠そうなたれ目が印象強い。


「質問に答えてたでしょ、ちゃんと。俺たちじゃ緊張して、なにも話せなかったと思うから」


 細めているその目に、悪意は感じない。自分が注目されなかった悲しみはあるものの、それを純に責め立てるつもりはないようだ。


「ありがとうございます」


「うん。……えっと、ダンスの練習だけど」


 バスに乗り込んだ熊沢が、飛鳥の言葉をさえぎった。


「ほんと余計なことしてくれたな!」


 トゲのある声に、車内の空気が凍り付いた。飛鳥の口は閉じ、誰も、声を出そうとはしない。


 熊沢はため息を響かせながら、一番前の席に座る。バスが出発しても、不穏な空気が変わることはない。


「勘違いすんなよ」


 熊沢は腕を組み、振り向くことなく、声を張り上げる。


「おまえが質問されたのは、両親が大物芸能人だからだぞ。親の名前以外になにも持ってないくせに適当なこと言いやがって」


 誰も、助けようとはしてくれない。純も、期待してはいない。


「ここぞとばかりに目立とうとしてんじゃねえよ。なんだあれ。俺たちへの当てつけか?」


 純は目を伏せ、なんと答えようか考える。とはいえ最適解が見つからない。熊沢になんと返そうが意味はないのだ。


 歌もダンスもメンバーより劣っている純が、親の名前だけで目立っているから気に食わないだけ。質疑応答の良し悪しについてはさほど考えていない。


「事務所が売りたいのは純粋で王道なアイドルグループなんだよ。バラエティ出るようなタレントじゃねぇんだ。できないやつが余計なことしてんじゃねぇよ」


 口撃を全身で受けとめながら、純はやっと、声をひねり出す。


「……すみません、でした。あの、じゃあ、どう答えるのが正解でしたか?」


 まさか質問されるとは思っていなかったのだろう。熊沢が後ろを向いた。となりに座る飛鳥も目を向けている。


 純は、感情や思考を直接読み取るのが恐ろしく、目を伏せたままだった。


「すみません……。でも、俺、こういうの、よくわからなくて、どう答えるべきかもよくわからなかったんです。だから、教えてくれませんか? 親に関する質問をされたとき、どう返すのが正解なのか」


 熊沢のいる前方から、車酔いを引き起こしそうなほど、毒々しい感情が流れて来る。


 純は、わかっていた。この男は、ただ、純のことが不快なだけ。純の質問に、答えることはない、と。


「おまえ、言われなきゃわからない馬鹿なの?  自分で考えろよ。グループのために。みんなだって自分で考えて行動してんだよ」


 車内の空気は最悪な空気に満ちていく。


 熊沢と純以外は、誰も声をださない。とばっちりは食らいたくない。はやく事務所にバスがつくようひたすら祈っている。


「今までパパやママに知らないことはなんでも教わって来たんだろうなぁ。これだから二世さまは嫌われるんだぞ」


「……すみません」


 純も、それ以上は続けられなかった。腹部のまえで組んだ手は、かすかに震えている。


 反論のない純に、熊沢は前を向いて座りなおした。声色は機嫌のいいものに変わる。


「それから、会長と社長のスカウトで入ったとか言わないほうがいいぞ。おまえがそれ言うと、事務所の品性が疑われるかもしれないだろ」


「はい」


 確かに、熊沢の言うとおりなのかもしれない。震えが止まらない手を見ながら、必死に考える。


 純個人は、アイドルとしての活躍を望んでいない。メディアの露出も極力避けていたかった。


 うまく踊れるようダンスの練習を重ね、メンバーと足並みをそろえることができれば十分だ。自分から、目立つような言動をする必要はない。


「おまえは父親のコネで入った、くらいがちょうどいいんだよ」


 その言葉に、うなずいた。


 事務所につくまで、熊沢の小言はねちねちと続いている。これ以上空気が悪くならないよう、純は反論せず、じっと耐えていた。



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