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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
三年目
138/139

動き出す歯車 1


 月子は塾があるからと、迎えが来て早めに帰宅した。フリースペースにひとり残っている純は、自身の課題をさっさと終わらせる。


 ペンを置いて、一息ついた。肘をついて手を組みながら、ふと、会長に缶コーヒーを渡したときのことを思い出す。


『あのセンターはいろいろ厄介だよ? きみよりも、こじらせちゃってるっていうか』


『あいかわらず、きみとは真逆だね』


 会長の発言が、今になって重くのしかかってくる。


 もしかすると、あのとき否定した会長の「グループをのし上げる方法」も、あながち間違いではないのかもしれない。――実行するつもりもメンバーに提案するつもりも一切ないが。


 ふと、気配を察した純は、ノートを閉じる。ひざに置いたリュックに勉強道具をしまったちょうどそのとき、テーブルに影が落ちた。


「喜べ星乃」


 顔を上げ、今気づいたという(てい)で、ぺこりと頭を下げる。


 そこには、熊沢がいつものように、見下すような笑みを浮かべて立っていた。


「国営放送のロケ番組のゲストとして、ソロで出させてもらえることになったぞ。会長のお情けでな。……知ってるか? 『ライオンの旅散歩』って」


 純も笑みを浮かべようとするが、どうも頬の筋肉が凝り固まっている気がして、うまくいかない。


「大物司会者ライオンさんの番組だから、へましないようにな。ああ、くれぐれも、俺が謝らなきゃいけないようなことはすんなよ。ただでさえ千晶の件で目が回るほど忙しいんだから、おまえごときに時間を使ってらんねえの」


「はい」


「まあ、でも、おまえなら親を使えばなんとかなるだろ。ライオンさんとおまえの両親が交流あるかわかんないけど、頼み込んでみれば? いろいろ助けてもらえるようにって」


 これまでさんざん、親の影響がどうだの、ろくに育てられてないだの、親を出すなだの言ってくれていたというのに。


 自分の評価につながるためなら、これまでの発言をすべてひっくり返すこともためらわないようだ。


「この仕事で、どうやって親に頼み込むのかもっと具体的に教えてくれます? 俺にはよくわからなくて」


 熊沢の頬がひくりと動いた。


「いつもみたいにやりゃいいんだよ、パパ助けてって泣きつきゃ、周りが勝手に助けてくれんだろ」


「え? そうなんですか? やったことないんで知りませんでした。熊沢さんはいつもそうやってご両親に泣きついてるんですね。でもお気持ちよくわかります。やっぱり初めての現場だと緊張しますからね~、MCが大御所の方ならなおさら」


 純を見下ろす熊沢の目が、吊り上がる。その声色も先ほどより一段と低くなり、嫌悪とイラ立ちをこれでもかとにじませた。


「は? 調子こいてんじゃねえぞ。てめえが勝ち取った仕事じゃねえだろ」


「そうですね。会長には感謝しないといけませんね」


 純は決して、謝罪の言葉を口にすることはない。それがさらに熊沢を逆なでることも、当然理解していた。


 現在、エントランスはそれなりに人がいる。レッスン生やタレント、社員も利用し、来客も通るような場所だ。


 さすがにここまで他人の目があれば、熊沢が胸ぐらをつかむことはない。そこまで短絡的な男ではないし、自分がどう見られるか考える理性は動いている。


 不快感をのせた目で見下ろす熊沢は、小さく舌打ちして背を向けた。


 残る純はリュックを抱きかかえるよう背を丸め、正面の虚空を見つめる。


 熊沢から聞いた仕事の話が、妙に引っかかった。言葉に悪意はあっても、内容にウソはない。会長が用意した、という言葉も真実。


 しかしあの会長のことだ。純に求めていることが、この仕事で結果を残すことだけにとどまるはずがない。なにか、狙いがあるはずだ。


 あるいはなにかの、メッセージ――? わざわざ、熊沢伝いで――?


 純はリュックからスマホを取り出し、先ほど熊沢が言っていた番組を検索にかけた。


 大御所の司会者による、十年以上続く長寿の人気番組。日本各地に赴いて、散歩をしながら現地の歴史や住人の暮らしを学んでいく。司会者の緩やかなふるまいと、博識ぶりにも定評がある教養番組だ。


 民放のバラエティ番組やクイズ番組に出るのとはわけが違う。それ相応の品性や知性、突発的な対応力を求められるのだ。ぽっと出のアイドルには荷が重い。


「どうしてわざわざ会長が……?」


 やはり、そこが一番の謎だ。会長が二世の劣等生である純に仕事を振れば、どのような結果を残そうと、先ほどの熊沢のようにコネだと思われて終わり。それは会長もわかっているはずだ。


 メンバーの経歴や立ち位置を考えれば、純よりもうまく立ち回れるメンバーがほかにいるはずなのに――。


「……もしかして」


 会長がこの仕事を通して、純のなにを、どのように評価するつもりなのか。必死に頭を回転させ、考えられる会長の思惑をじりじりと導き出していく。




          †




「言ったところでどうにもならないと思うけど」


 ダンススタジオでひっそりと話すのは、innocence(イノセンス) gift(ギフト)最年長の伊織(いおり)だ。


「まあ、でも最近になって信用ならないなとは思う」


 腕を組み、顔を向ける相手は古橋(ふるはし)だった。伊織の話を聞きながら、手帳にがりがりと書いている。その姿に、伊織は「メモすることでもないだろ」とつぶやいた。


 伊織のとなりで鍵を握るのは、こちらも最年長の飛鳥(あすか)だ。


「まあ、正直純くんも、意固地になってる部分はあると思うけど、それにしてもね」


 伊織も飛鳥も、自主練の終わりにスタジオを出ようとしているところだった。中に入ってきた古橋に声をかけられ、暇だからと聞かれたことに答えている。


 難しく考えている顔で手帳を見下ろす古橋に、飛鳥が尋ねた。


「古橋マネはどう思う? 純くんとよくしゃべるんだろ? マネージャーとして、熊沢みたいに思うところ、ないの?」


「ないです」


「即答?」


 飛鳥は思わず、垂れた目を見開く。


「熊沢さんが言うほどの問題児とは思えないんですよね。ダンスと体力はちょっと、あれですけど。仕事に向き合う姿勢はプロだと思いますよ」


 伊織が信じられないとばかりに鼻を鳴らした。


「あいつがぁ?」


「はい。最近一緒にいる和田さんも同じこと言うんじゃないかな」


「え~?」


 古橋の顔を疑いの目でじろじろと見つめる。


「……まあ、あの星乃が、古橋を操ろうなんて器用なことできるわけないしな」


「そんなことされてませんよ」

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