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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
三年目
136/139

握るべき手札 1


 社長との用件は、もちろん、熊沢に関することだった。


 純の想定どおりにことが進んでいるとはいえ、ここで詳細を語るつもりはない。熊沢からされたことはもちろん、爽太から視えた未来も伝えることはなかった。


 とはいえ、せっかく話し合いの場を設けてくれたのだ。純に対して負い目を感じる二人に、なんてことのない、ほんの少しの頼み事を引き受けてもらった。


 それだけで、うまく種は()けた。銀慈会長はすでに純の状況を把握し、社長もすでに疑念を抱いている。


 イノギフから不安要素をすべて取り除くXデーまで、残り約三カ月。最良の未来に導くためには、これからの純の言動にすべてがかかっていた。




         †




 「ティーンエイジャー・アイドル!」の収録直前。ブレザーの制服でヘアメイクも終わらせた純は、早めにスタジオに入る。


 ひな壇の前列、MCに一番近い席に座った。次々と共演者が入ってきては、適宜(てきぎ)、指定の位置に座っていく。


「渡辺さん入りまーす」


 制服を着た月子が、スタッフや共演者にぺこぺこと頭を下げながら入ってきた。学級委員長という名目のアシスタントだ。MC席にひかえ、純に顔を向ける。


 自信と、優越感に満ちた笑み。しかし同時に、純に対する心配をほのかににじませていた。


 とりあえず、純は前者の感情に合わせるようほほ笑む。


「模試の結果がよかった?」


「合格ライン」


「あ、いった? いよいよ大詰めだね」


「純ちゃんにもがんばってもらわなきゃ」


「俺が? あなたに勉強を教えるのを?」


「そうよ」


 月子は最近、なにを考えているのかわかりやすい。月子の今後の動向を読めば、少し先の未来がすぐ頭に浮かんでくる。


「その調子で頑張って」


 純の脳内では、合格発表で声を弾ませながら電話をかけてくる、月子の姿と音声が流れていた。


 月子は笑みを浮かべたまま、まだ何か言いたげに純を見つめている。


「日野さん入りまーす!」


 男性MCである日野が穏やかな顔をして入ってきた。立ち上がって頭を下げる後輩たちに手を上げて応じながら、月子のとなりにつく。


 出演者が全員揃ったところでスタッフが合図を出し、収録が始まった。


 この日の内容は、日本の十代アイドルの変遷。年代ごとに活躍してきた十代アイドルについて学ぶ、というものになっている。


 VTRでは、アイドルたちがどのように時代を彩り一世を風靡(ふうび)したのか、代表曲とともに詳しく紹介されていた。


「あ、ママじゃん」


 日野がVTRを見ながらぼそりとつぶやく。ここでの反応がワイプで絶対に抜かれるはずだと、純は気を引き締めた。


 前方のモニターに映っているのはまさしく美浜(みはま)(きさき)だ。今の純とそこまで変わらない年齢の妃が、黒いシックなドレスを着て、自身最大のヒット曲を歌っている。


 もともと有名アイドルグループの一人だったが、二年で卒業。ソロでは笑わないクールな表情を印象に残し、色気のある歌声をここぞとばかりに披露している。


 当時、アイドルと言えば清楚(せいそ)でかわいく元気! が絶対だった時代に、あえて逆を行くスタイルで絶大な人気を博した。


 VTRが終わると、カメラはスタジオ全体の反応を映し始める。案の定、共演者全員に「お母さんが出てたね」といじられる流れに入った。


「いや、ほんとお母さんすごかったんだよ。おまえ知らないだろ、その時代を」


「そう、ですね。あんまり知らないです……」


「今はもう、大女優って感じだけどね。妃さんあたりから女性アイドルのあり方、みたいなのが変わっていったんだよな」


 親の話題を振られたときの反応は難しい。積極的に答えても反感を買い、一歩引いても気取っていると思われる。こういうときの正解が、わからない。


「今じゃもう、最初からソロアイドルってもういないよね。グループから一人、人気が出たらソロで、って感じじゃない?」


 共演者がうんうんとうなずく中、その中の一人が声を上げた。


「それこそ坂口千晶とかそうじゃないですか?」


「あー! 確かに! めっちゃ人気だもんね! 今どこ見ても坂口千晶……」


 口を閉ざす日野が、月子と純を見る。カメラに写される二人は、変化したスタジオの空気に、薄い笑みを浮かべて互いを見合わせた。


「この二人が、その話はふるなって顔をしてる……」


「してないですよ!」


 全力で否定する二人の反応に、スタジオは笑いに包まれる。ここぞとばかりに日野が月子へ振った。


「え、じゃあどう思ってんの? お兄ちゃんすごい、活躍してるけど」


「なんとも思ってないですよ、別に」


「なんとも思ってないの?」


 月子の辛辣な答えに、日野は機転を利かせて純に振る。


「純は同じグループだもんな? 活躍見て思うところないの?」


 純は首をかしげる。


「いや、特には」


「二人とも冷たすぎない?」


 演出かリアルかわからないぎりぎりの反応に、再び笑いが起こる。


「どうしたおまえら!」


「まさかの坂口千晶NG?」


「ウソだろ!」


「違う! 違う!」


 ヤジを飛ばすひな壇のアイドルたちに、月子が大きく手を振って否定する。


「私は違う! 純ちゃんはそう!」


「おまえ悪ぅ!」


「最低!」


「星乃も否定しろよ! 同じグループだろ!」


「坂口ファンに叩かれるぞ!」


 盛り上がるスタジオの中、お茶目に笑いながら突っ込みを受け流す月子。


(やっぱり月子ちゃんはすごいな)


 返事一つでここまで盛り上げている。親の話題に辟易(へきえき)したのを出してしまった純とは、大違いだ。




          †




 収録も無事に終わり、先輩へのあいさつと身支度も早々に済ませた。一人で直接局に来た純は、月子の送迎車に同乗する形で事務所に向かう。


 後部座席でたわいのない話を続けていると、月子が終始そわそわとしていることに気づいた。話の本題に入りたくても入れない、喉の奥でずっとつっかかっているもどかしさが、ひしひしと伝わってくる。


 事務所に到着すると、エントランスのフリースペースで受験勉強を始めた。本番が刻一刻(こくいっこく)と迫り、月子は模試の解き直しと学力テストの対策に集中する。そのとなりで、純は月子の参考書を読んでいた。


 ふと、視線に気づいて顔を上げる。月子に顔を向ければ、純を見ながら頬づえをつき、ペンを回していた。


「どうしたの? わからない問題でもある?」


「いや、別に。そんなんじゃないけど」


 ノートに視線を落とす月子。顔をしかめつつ難問に向き合い、回答を書き進めていく。


 その途中で、手を止めた。


「あのさ、純ちゃん」


「そこは仮定から入るからAD=……」


「いや証明問題のこと聞きたいわけじゃなくて」


 もちろんわかっている。月子があまりにも純を気にしているので少しからかいたくなっただけだ。――誰かをからかうという行為も、純にとってはよほど心を許さなければできないことだった。


 息をつく月子は視線を落としたまま、ひときわ低く、小さい声で続ける。


「私についてるスタッフが、見てたんだって。お兄ちゃんが純ちゃんに、つかみかかってるとこ」


 これが、収録時からずっと月子が気にしていたことだ。あえて触れないという気遣いもできたはずだが、身内がかかわっている状況に耐えられなかった。


「純ちゃんが悪くないのはわかってる。どうせお兄ちゃんのほうから純ちゃんに当たったんでしょ? ……ごめんなさい、迷惑かけちゃって」


「月子ちゃんが謝ることじゃないよ」


 純は参考書に視線を戻し、ページをめくる。


 月子の言葉がトリガーとなったのか、先日の出来事が一部始終、頭の中で鮮明に映し出された。


 千晶に面と向かって言われたときにはなんともなかったのに、今では心臓がつかまれるような痛みに襲われる。思わず眉間にしわを寄せ、参考書を閉じた。


「でも、結構ひどいこと言われたんじゃない? もしかして殴られた?」


 首を振ると、月子は鼻を鳴らして吐き捨てた。


「さすがに今の立場が悪くなるようなことはしないか。私とは違うもんね、お兄ちゃんは」


 不快感をたっぷりと詰めた皮肉。いつもなら自分ごとのように苦しくなる負の感情も、このときばかりは胸を軽くさせた。そんな自分が嫌になりながら、いつもの声色で尋ねる。


「坂口くんから、なにもきいてないの?」


「聞けるような仲じゃないってこと、知ってるでしょ」


「そうだったね」


 純はようやく、いつもの笑みを浮かべる。


「全然、大したことじゃないんだ。ちょっと、爆発しただけなんだと思う。いろんなこと我慢して、忙しく過ごしてるみたいだから」


「だからって純ちゃんにつかみかかっていい理由にはならないでしょ。やっぱり八つ当たりじゃん」


「あー、まあ、坂口くんとはいろいろあったし、お互い、思うところはあるから。でも、さすがに、両親のおかげで仕事をもらえてる、ってのは……」


 親のためにアイドルになった純が、親の力を使うようなことは一切なかった。仕事先で自分からそれを売りにしたこともなければ、仕事について親に相談したこともない。仕事のあっせんなんてもってのほかだ。


 自分のせいで親がとやかく言われる事態にならないよう徹底していた。


 しかし周りが勝手に気を遣い、ここぞとばかりに振ってくる。純はそれに応じているだけだ。さも純が親の力を使っているように見られるのは納得がいかない。


 千晶から言われたことを改めて思い返す今、動悸が激しくなってくる。今になって怒りやら悲しみやら、ぐちゃぐちゃの感情が湧き上がってきた。


 月子には悟られたくない。感覚のない、震える指に気づかれるのが嫌で、参考書を再び開くことはできなかった。

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