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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
三年目
133/139

崩れ落ちる自尊心 1



「正直、怪しいとは思ってたのよね。純ちゃんの力が役に立たない状況からして」


 デスクに座る社長は苦悶(くもん)の表情で、(ひたい)に指を押しつけていた。


「こうなった以上、なにがなんでも対処しなきゃいけないじゃない。せっかく適任者だと思って付けたのに」


「そうだね。ついに、動かざるを得ないわけだ」


 デスクの前に置かれた来客用ソファに、銀慈(ぎんじ)会長がふんぞり返るよう座っている。足を組み、缶コーヒー片手に平然と天井を見上げていた。


「で、どうすんの? これから。純を辞めさせる?」


「んなわけないでしょ」


「じゃあ熊沢を辞めさせる?」


「そんな簡単にできたら困ってないわよ」


 額から手を離す社長は、会長に視線を向ける。


「もし報告が事実だったとして……。私は二年も放置してたことになる。二年よ、二年。最悪だわ。純ちゃんからの信用ガタ落ち。この()に及んでどうすればいいってのよ?」


「自分で決めなさいよ。今のトップはあなたでしょ」


「こっちは、純ちゃんの力がちゃんと発動しやすいように環境を整えてあげてたのよ? まさかそれが、逆に追い詰めることになってたなんて」


「去年の月子の件で、気づくチャンスはいくらでもあったと思うけどね」


「わかるわけないでしょ! こっちだって暇じゃないんだし、誰からも報告が上がってこなかったんだから。まったくなんなのよ、あいつら……」


 眉間にしわを寄せてため息をつく社長に、銀慈会長は鼻を鳴らす。


 代表職を交代して二年。これまでの社長の手腕が評価されている、とは決して言えない状況だ。


 特に去年起きた渡辺月子の騒動は相当な痛手を負うことになった。事務所による月子への対応が問題となり、影響力のある渡辺連を敵に回したのだ。


 マスコミはここぞとばかりに事務所を叩き、社長の方針を否定する声も上がった。事務所の職員ですら「会長の時代がよかった」といまだに嘆く者がいる。


「きみの落ち度は、純の力を過信して放任したことだ。タレントを取り囲む環境は、理屈で考えられない相性や運もかかわってくるからね。……今後きみがどうすべきで、純がどうするかは、今日の話し合い次第ってところかな」


 そのときが来るまで、社長は頭を抱えるしかない。それほどまでに、純が持つ本来の五感と第六感は、恐ろしい力を秘めていた。


 空気が沈む社長室に、ノックの音が響く。


「社長、innocence(イノセンス) gift(ギフト)坂口(さかぐち)千晶(ちあき)さんがいらしてます」


 気持ちを切り替えた社長は、冷静に声を張る。


「なんの用?」


「話がしたいそうです。どうされますか?」


 社長の視線が、銀慈会長に向かう。会長はあいかわらず、ひょうひょうと缶コーヒーを飲んでいた。


 視線を目の前のドアに移し、うなずく。


「このあと来客があるの。それまででもいいなら」


「はい」


 扉が開く。


 女性秘書がドアを支えたまま、たたずんでいた千晶と田波(たなみ)に、中へ入るよう促した。


 千晶たちが中に進むと、女性秘書は外に出てドアを閉める。


 ソファに座る会長の姿にたじろぐ千晶だったが、しっかりとした面持ちで社長を見すえた。


「どうしたの、千晶」


 先ほどの表情とは一変、社長は肘をついて手を組み、温和な笑みを浮かべる。


 千晶は自身を落ち着かせるよう息をつき、意志の強い声を出した。


「社長に、お願いしたいことがあるんです」


「なあに?」


「俺の仕事のいくつかを、イノギフのほかのメンバーに、当ててください」


 社長は笑みを浮かべたまま、千晶の後ろに控える田波に視線を移す。


「わざわざ田波もついてきたってことは、あなたも同じ意見?」


 田波は眉尻を下げ、遠慮がちに答えた。


「坂口千晶の負担が大きい、とは考えています」


「そう。で、わざわざ忙しい仕事の合間を縫って、私に会わせてくれたわけね」


「それは」


「ごめんね、責めてるわけじゃないのよ」


 にっこりと笑って、千晶に視線を戻す。


「とりあえず理由を聞かせてくれる?」


「理由……?」


「あなたが自分の仕事をほかのメンバーに当てたい理由。大体見当はついてるけど、あなたの口からききたいの」


 千晶は目を伏せ、下ろしていた手をぎゅっと握りしめる。


「イノギフのセンターになって、ソロデビューもできて、社長にも事務所にも感謝してます。俺はレッスン生としてくすぶってた時期が長かったし、メンバーみたいにレッスン生グループにいたわけでもなかったから。でも、俺、みんなと一緒に、グループで売れたい、とも思ってるんです」


 社長から向けられる圧に押しつぶされそうになりながら、言葉をひねり出していく。


「みんな、仕事量が俺とは圧倒的に違うから、最近じゃめっきり仕事に対する姿勢が緩くなってて。このままじゃ、グループとしてだめになると思うんです。アイドルとしてもプロとしても自分を律するために、メンバーももっと仕事をするべきなんです」


「う~ん……そう、ねぇ」


 問いただすような社長の視線が、田波に向けられる。田波はいたたまれない感情を顔に出し、社長を見返していた。


「俺の仕事を当てることができなくても、バーターとしてもっと仕事を振るなり増やすなりできるはずです。メンバーが売れるためにも、俺が引っ張っていきますから!」


「千晶は、仲間思いなのね。それはとっても、すてきなことだけど……」


 鼻で笑う音が、遮った。

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