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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
三年目
132/139

自負と傲慢 2




         †




 毎月恒例のアイドル雑誌撮影。爽太と一緒にカメラの前に立つ純は、前方から当てられる照明に耐えながら、ぎこちなく口角を上げていた。


「はーい。星乃くん笑ってね~! 怒らない、怒らないよ~。ああ、すごくいい、それそれぇ!……和田くんそのままもうちょっと星乃くんに寄って! ほっぺたくっつける勢いで! お、いいじゃんいいじゃん! ナイスよ、二人とも~!」


 子どもの七五三撮影かのようにおだてられ、まぶしいフラッシュと同時にシャッターが切られる。カメラマンと事務所スタッフが納得するまで、ポーズを変え、表情を変え、何度も撮り続けた。


「うん。よし、いいよぉ。おっけぇおっけぇ。……はい。お疲れさま~。良いの撮れたよ~」


 ようやく、二人は解放される。スタッフたちに礼を言いながら頭を下げ、セットからはけた。


 古橋の案内に従い廊下を進んでいく。爽太は前を進む純の背中をじっと見つめていた。これから行う取材について古橋と話している。


 その途中振り向いた純と、目が合った。


「なに?」


 純はいつものようにほほ笑む。あいかわらず、怪しい魅力を放っていた。


 ――カメラの前でもその笑みを浮かべられたら、きっと人気になるのにな。


 と思った瞬間、純はとなりに来て、歩幅を合わせ始めた。


「あ、いや、別に」


「やっぱり気にしすぎなのかなぁ。どうしても笑顔って難しい」


 ほほ笑みながらも眉尻を下げる純に、爽太も頬を緩め「そのうち慣れるよ」と返した。


 次に二人が通されたのは、スタジオや控室とは違う、会議室のような取材スペースだ。二つの長テーブルが向かい合わせに置かれ、すでに撮影を終えたメンバーたちが座って待っていた。


「遅れてすみません。よろしくお願いします」


 メンバーとともに座る女性記者に頭を下げると、立ち上がってあいさつを返してくれた。


 二人が席に着けば、取材が始まる。オーソドックスな質問からマニアックな質問まで繰り出され、メンバーたちは無難に回答していった。


「そういえば、今年のFMP冬ライブにも出演が決まったんでしたっけ?」


 多くの歌手やアイドルグループを抱えるFMPは、所属アーティストがまとめて出演する大型ライブを年に二回開催している。夏に開催されるスタジアム公演と、冬に開催されるドーム公演だ。


 このどちらかに出演が決まるのは、事務所に一流のアーティストだと認められた証でもあった。


「そうなんですよ。もうすでにすっごい緊張してます」


 答えるのは、記者の正面に座っている千晶だ。


「でも出演が決まったからには、先輩方に負けないよう、会場を盛り上げたいと思ってます」


 とにかくタイミングが悪かった。千晶と純以外は、撮影前の出来事を引きずっている。普段からおとなしいメンバーはもとより、本来よくしゃべる空ですら身を引いていた。


「イノギフは、現役高校生の方が多いですよね。学校での生活はいかがですか? 勉強とか、行事への参加も大変でしょう?」


 その質問にひらめいた千晶は、明るい笑みをパっと浮かべた。


「そうなんですよ。ほとんどが同じ高校の芸能科なんですけど、今休んでる氷川くんと、星乃が違う高校なんですよね」


 千晶の視線が、テーブルの端に座る純に向く。その声は、純に対する優越感を漂わせた。


「俺たちはまだ融通(ゆうずう)利くことも多いんですけど、二人はテスト期間が近いと仕事の合間にも勉強してるんですよ。特に星乃はダンスを覚えるのに人一倍時間がかかるし、ちゃんと両立できてんのか心配になるくらいで」


 千晶はこれでも純に振っているつもりだ。振って、あげているのだ。


 その自信満々な表情は、感謝しろとでも言わんばかりだった。


(――傲慢(ごうまん)だな)


 純の中で、千晶に対する黒い感情が、むくむくと膨れ上がっていく。が、いつもどおりの繊細な笑みを浮かべた。


「そうですね。確かに大変ですけど、メンバーやスタッフのみなさんがフォローしてくださるおかげでなんとかなってます」


 一番の後輩である純が失敗しないようにと、見守るメンバーの視線が集中する。嫌な感情や思考は流れてこないものの、なんとなく話しにくい。


「最近は爽太が毎日ダンスの自主練に付き合ってくれるんですよ。ライブ中だと空や谷本くんもよく声をかけてくれるんです。やっぱり余裕のなさが隠せなくて、心配かけちゃうことが多くて……」


「イノギフはメンバー同士で支えあっているんですね」


「俺のほうは迷惑かけてばっかりなんですけどね」


「迷惑だなんて思ってないよ!」


 純の言葉に続いたのは、千晶のとなりに座る空だった。


「純はのほほんとして見えるけど真面目だし、グループのためにがんばろうとしてくれてるじゃん。だからほっとけないんだよな」


 空の名前を出したことで、純の雰囲気ならいけるととっさに判断したようだ。飛鳥もその流れに乗る。


「そうだね。逆に俺は勉強が苦手なタイプだから、どっちもがんばってる純くんはめちゃくちゃすごいなって思ってるよ」


「ほんとほんと! 正直言って俺たちテストの点数とかそこまで気にしてないもんな」


「赤点じゃなきゃよし! って感じだったなぁ」


 その場の空気はじょじょにやわらいでいく。空と飛鳥の影響か、他のメンバーもちらほらと話すようになっていった。


「そういえば、最近純が、アイドル雑誌を読んでることが多くて」


 純はとなりに目を向ける。爽太の発言に、記者も興味深く尋ねた。


「うちの雑誌ですか?」


「はい、もちろん。それこそ二年分ぐらいは読んでたんじゃないかな。すごい研究熱心だなって」


 爽太はこれまでに見てきた純の姿を思い出し、感慨深くほほ笑んだ。


「純を見てると、ファンにどう見られてるか、ファンのために何をすべきかすごく考えてた時期を思い出すんですよね。さっきも笑顔の練習してる純を見て懐かしくなっちゃって。今こそ初心に戻ってがんばらなきゃいけないなあって考えたりして……」


「ああ、だから、星乃、控室にいたときずっと変な顔してたんだ?」


 ぷふっと千晶が吹き出した。他意はない。ただの事実だ。千晶としては、普通に相づちを打ったつもりだった。しかしその表情と、言葉尻が、馬鹿にしているように見えなくもない。


 爽太が眉をひそめてイラ立ちを見せた。


()()()()()()()()、純。慣れが出てる俺たちだからこそ、純のそういった姿勢を見習うべきなのかも」


 千晶もムッとした感情を顔に出す。一瞬空気がピリッとしたのを、純の声が()ぎ払った。


「俺はグループの中でも一番の後輩だし、苦手なことだって多いし、みんなに比べてなにもかもが出遅れてるので。小さいことでもアイドル活動につながるならなんでもやってみようって思ってるんです」


「やっぱり純は真面目な頑張り屋さんだな!」


 流れを読んで、空が明るく返す。


 時間は過ぎ、取材はなんとか穏やかな空気で終了した。


 控室に戻って着替えたあと、メンバーは二手に分かれて別行動。


 純と爽太、飛鳥と伊織の四人は古橋の付き添いでミニバスに乗り、事務所へ戻っていく。


「あとで自主練する?」


「うん」


 窓側に座る純は、となりにいる爽太を見てうなずいた。カーテンを閉め切った窓に頭をもたれ、目をつぶる。


 付き添いは古橋だから、このまま眠ったとしても怒鳴られる心配はない。


「なんか、めっちゃやりにくいんだけど」


 前の席に座る、伊織の小さい声が耳に入ってきた。


「あいつ、なんなの?」


 そのとなりに座る飛鳥が、同じ声量で返す。


「余裕がないんだろうね、忙しくて」


「まあ、そりゃ、売れてるのはすごいし、その自信もわかるけどさー。だからってわざわざああいう言い方するかね?」


「そうだね」


「はあー。まじでモチベ下がるわぁ」


 二人の後ろから、聞こえてくる寝息。お互いに顔を見合わせると、腰を上げて後ろをのぞいた。


「……なに?」


 怪訝(けげん)に見上げる爽太のとなりで、純が窓にもたれながら眠っている。


 思わず、飛鳥の頬が緩んだ。


「ほんと、よく寝るね」


「乗ってからそんな時間たってないじゃん。なんかの病気なんじゃないの?」


 爽太がいつものように淡々と返す。


「病気ではないって。ストレスがかかると寝落ちしちゃうんだって」


「あっそ。仕事中に寝落ちしなきゃいいけどな」


 早々に腰を下ろす伊織は、腕を組み、撮影での出来事を思い起こす。事務所につくまで、伊織が純の文句を言うことは一切なかった。


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