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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
三年目
131/139

自負と傲慢 1


 スタジオに到着したinnocence(イノセンス) gift(ギフト)は控室に通された。


 すでに千晶が化粧台に座っている。一足先にソロ撮影を終え、次の撮影に向けたヘアセットを済ませていた。


 純やほかのメンバーが着替える前に、スタッフが千晶のソロデビューをあらためて報告する。再び、祝いの拍手をもらう千晶は、ぺこぺこと頭を下げた。


 衣装に着替えた純は壁際にたたずみ、爽太と一緒にヘアセットの順番を待つ。


 その間、両頬に手を添え、伏し目がちに口角を上げたり下げたりを繰り返した。顔の角度を調整し、目は何度も瞬きを続け、眉はぴくぴくと動いて落ち着かない。


 その百面相と珍妙な動きに、爽太が怪訝(けげん)な顔を向ける。


「……なにしてんの?」


「表情管理?」


「はあ?」


 爽太はさらにあきれた顔で言う。


「せめて鏡の前でやれよ」


「え? 恥ずかしい……」


「この場でやってるほうが恥ずかしいだろ」


 息をつき、周囲を見渡しながら身を寄せ、声を落とした。


「なんか、言われたりしたわけ? 熊沢とかに」

 

 頬から手を離す純は、首を振る。


「そんなんじゃないけど……古橋(ふるはし)マネから、俺は笑顔じゃないほうがいいって言われたんだよね。月子ちゃんにもだいぶ前に言われたことがあるし。どうしてもカメラの前で笑うのは苦手で、ちょっと、練習してた」


「れん、しゅう……?」


 とてもじゃないが、さっきの不審な動きで練習になっているとは思えない。


「ってか、純の場合は気にしすぎが原因だと思うけど」


 腕を組み、先輩らしく淡々と続けた。


「カメラマンとかスタッフとか、一緒に写ってるメンバーとか見てくれるファンとか。いろんな人の反応気にしすぎて、身動き取れなくなってる感じじゃん、純って。だからこう、ぎこちない感じになるんじゃないの?」


「そりゃ、まあ……そう、かも」


「別に、完璧を目指さなくていいんだ、純は。アイドルとして完璧な笑顔じゃなくて、自然体で笑ってるのが一番いいんだよ」


「わかるけど、カメラの前じゃ自然ではいられないよ」


 再び頬に手を当て、眉間にしわを寄せる。


「やっぱり、アイドルとして満点の表情をすぐに作り出せるようにならないと……!」


 必死に表情を作ろうとして再び百面相になっている純を、爽太は渋い顔で見すえる。しかしすぐに元の冷静な表情に戻り、二本指を立てたピースサインをみせた。


「そういえば、今日ツーショとるって。俺と純の」


「そうなの? 最近多いね。ほかの雑誌でも撮ってなかった?」


「ほしわだとして出てほしいんだろ」


「なんで?」


「なんでって。見たい人がいるからだろ。そういうのを好きな層が一定数いて、そういう形で純は今求められて」


「ソロデビューおめでとう! 千晶!」


 爽太ですらどきりとするほどの、元気な大声だった。純の体は跳ね、片耳をおさえながら身を丸める。その背に手を当ててなだめた。


 声の発生源に顔を向ければ、控室の中央に置かれたテーブルにメンバーが座っている。中央にいる千晶を、飛鳥と(そら)がはさんでいた。


 大声を出した犯人である空は、嫌味のない晴れやかな笑みを浮かべている。


「そりゃそうだよな。俺がスタッフでも絶対ソロでデビューさせるもん」


「千晶の人気はすさまじいからなぁ」


 ふにゃりと笑う飛鳥も、心から祝福していた。


 明るく柔らかい空気に包まれる一方、千晶の表情は硬い。その顔を飛鳥が(のぞ)き込み、穏やかに続ける。


「イノギフのことは気にしなくていいから。無理せずがんばれよ。俺たちも、千晶を見習わなきゃな。いろいろと」


 空が苦笑し、いやいやと手を振った。


「俺たちが千晶みたいな完璧超人目指すのハードル高くない?」


 千晶の眉間に、しわが寄る。それに気づかない空はのんびりと言い放った。


「千晶はさ、事務所の中でももう別格なんだよ。俺みたいなのが同等になれるわけないって。俺たちは俺たちなりに求められた仕事で、全力出していかないとな~」


 ぞわりと。千晶の周りで黒い感情が色濃く漂う。


 まずい、と純が思ったときには、手遅れだった。


「そう言いながら、結局なあなあでやってるから売れないんじゃね?」


 その声は、控室全体に冴えわたる。一瞬で空気は凍り付き、話し声も物音もぴたりと止まった。


 外で通っていく車の音だけが、むなしく響いている。


「そんなんだから、格差とか言われるんだろ。悔しくねえの?」


「……え?」


 千晶を怒らせたことに気づいた空は、顔をひきつらせている。千晶の機嫌を直そうにも言葉が出てこない。


「遊びでやってんじゃねえんだぞ! 俺ばっか売れてもグループとしてはなんの意味もねえじゃん!」


 顔を伏せる千晶は、こらえきれない感情を怒号として噴き出した。


「本気出せよ! 俺が売れるのは当然だろ! 俺はのし上がるために捨てるもん捨てて努力してんだよ! もっとアイドルらしく振る舞えば結果残せるはずだろ! 売れないのもチャンスがないのも努力不足! 新人マネがついてるようなやつらは寝る間も惜しんで努力したことあんのかよ!」


 純のとなりにいた爽太が顔をしかめる。言い返そうとしたのを、純が手を出して制した。


「そんなの、みんなわかってるよ」


 代わりに、純が口を開く。


「坂口くんが坂口くんなりに努力してきたってことも。坂口くんに比べたら、自分たちの実力が圧倒的に不足してるってこともね」


 千晶の言葉をしっかりと聞いていた純は、その裏にある本音まで聞き取っていた。だからこそ、口を出さずにはいられない。


 神妙な顔で見すえる純に、千晶がテーブルを叩きながら立ち上がる。


「じゃあ、もっとがんばれよ! 誰が俺以上にがんばってんだよ! どいつもこいつも簡単なことすら評価されないし結果も残せないアマチュアのくせして!」


「きみだってそれを経験してきただろ! どうしてメンバーを正論で刺しているだけだって気づかないんだ! しかも成功した自分に誰も反論できないことをわかってて言ってるだろ!」


 純の強い口調に、千晶は思わず言葉に詰まる。言い返す間もなく容赦なく続いた。


「もしきみのお父さんや月子ちゃんなら、絶対に『売れたのは自分が努力したから』なんて言わない! 自分の立場を振りかざして、平気で人を傷つけるような言葉は絶対に吐かない!」


「な……!」


 ためらいもなく、突き刺した。千晶が反論できないとわかっていながら、一番触れてほしくない場所に――。


「わかるよ。きみはメンバーをモノとして利用することしか考えてないんだろ」


「ちが」


「違わない。センターの自分をのし上げる、便利な道具としか見ていない」


「違う! 俺はみんなのためを思って」


「そりゃ俺は二世の劣等生だから、きみの言う努力はしてないだろうさ。でもね。この世界、努力に見合う結果が絶対に得られるとは限らない。きみは、売れている現状でうぬぼれる前に、もっと周りを見るべきだよ」


 しんとした気まずい空気が流れる。気づけば、千晶は真っ赤に染まった顔を伏せ、かすかに全身を震わせていた。


 千晶のプライドは、いとも簡単にひび割れた。少し言い過ぎたかも、と純は反省する。が、謝罪する気は起きなかった。


「あのさあ」


 最年長らしい高圧的な声が、空気を切り裂く。ヘアセットが終わった伊織は腰を上げ、テーブルに向かった。


「そういうケンカみっともないからやめろよ」


「ええ? おまえが言う?」


 みんなが飲み込んだ言葉を飛鳥が一番に出す。舌打ちしてあしらった伊織は、わざわざ千晶の正面に座り、ケータリングのお菓子を手に取った。


 袋を開けて一本取りだしたのは、チョコレートがコーティングされたスティック状のお菓子だ。あえて千晶に見せつけるように一口食べた。


「イノギフが仲悪いと思われたらどうしてくれんの? 王道グループが険悪モードとかまずくね?」


 千晶は不快げに見下ろし、伊織は鼻を鳴らした。


「ま、仲は良くないもんなぁ。これでグループがどうにかなっても、おまえだけはせいぜいソロでがんばればいいんじゃね?」


 嫌な空気が払しょくされることはなく、撮影が始まるまで誰も声を出そうとしない。ただ淡々と時間が流れていった。

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