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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
三年目
129/139

波乱のソロデビュー


 坂口千晶は、二大ドーム公演を成功させて以降も、あいかわらず休みのない日々を過ごしていた。


 労基法ぎりぎりの仕事量に押しつぶされそうになるが、それでもまだ、足りない。父親や妹を超えるほどの成果や評価は、得られていない。


 この日、雑誌の単独取材を終えた千晶は、事務所で社長に呼び出されていた。


 理由に心当たりのない千晶は動揺。同行する熊沢(くまさわ)に「怖がらなくても大丈夫」だとからかわれるほどだった。


 社長室へ通された千晶は、熊沢とともに来客用のソファに座り、社長と向き合う。


 パーマのかかったシルバーのボブヘアに、ピンクのスーツ。耳と首、指でギラギラと光を放つ、大きな装飾品。


 デビュー前も、デビュー以降も何度も顔を合わせているが、社長であることを誇示するこの雰囲気には、いまだに慣れなかった。


 余裕たっぷりに背をもたれる社長は、にこりと笑う。


「おめでとう、千晶。ソロデビューが決まったわ」


 きょとんとする千晶に、さらに続ける。


「楽曲もリリースするから、そのつもりで」


 理解に時間がかかったものの、千晶の口角はじわじわと上がっていく。


「あ、ほ、ほんとう、ですか?」


「ほんとうよ。千晶のことだから、いずれこうなるってみんなわかってたけどね。これからますます忙しくなるわね」


 アイドルグループからソロデビューへの道は、よほどの人気と才能がなければ進めない。千晶にとって、芸能人としての地位をさらに築き上げるまたとない機会だ。


 これがうまくいけば、さすがに父親も月子も、千晶のことを認めざるを得ないはず。そのうえでinnocence(イノセンス) gift(ギフト)の地位も同時にあげることができれば。もはや千晶に怖いものはない。


「あ、でも、イノギフは……」


「もちろんイノギフとしての活動もしてもらうわ。千晶がソロデビューしたからって、イノギフがなくなるわけじゃないの。そのあたりは心配しないで」


 優しくほほえむ社長に、千晶はぎこちなくうなずく。


「あ、はい。よかった、です。ありがとう、ごさいます」


 千晶の顔に浮かぶのは、天使のような笑みだった。


「俺、ソロでも、事務所の期待に応えられるよう頑張ります」


 


          †




 千晶は練習着に着替え、指定されたダンススタジオへ向かう。スペシャル音楽番組への生出演を直前に控えており、パフォーマンスの確認と稽古を行う予定となっていた。


 スタジオに入れば、すでにfresh(フレッシュ) gift(ギフト)の三人が床に尻をつき、ストレッチに励んでいる。スタッフもすでに待機していた。


 ある程度終わらせた歩夢(あゆむ)が膝を抱え、ニコニコしながら口を開く。


「最近二人とも仲いいよね」


 あぐらをかく爽太(そうた)が冷静に答える。


「一緒に練習してるだけなんだけど」


「今年に入ってから、純くんがようやくグループになじんできたって感じしない?」


「あ~そうだね」


「僕は安心したよ。純くんが意外と続けられてることにさ」


 雑談しているのは歩夢と爽太だ。純はにこやかに聞き入っている。自身に刺さる視線に気づき、顔を向けた。


 出入り口で立ち止まる千晶と、目が合う。瞬間、遅れて入ってきた熊沢の、手を打つ音が響き渡った。


「はいはい。みなさんちょっと聞いてくださーい」


 スタッフも、爽太や歩夢も、熊沢に視線を向ける。熊沢は手を千晶に向けて続けた。


「かねてより、innocence(イノセンス) gift(ギフト)のセンターとして、あるいはfresh(フレッシュ) gift(ギフト)としてがんばってくれていた坂口千晶が。今度ソロデビューすることになりました」


 スタッフたちは「おお!」と歓声を上げ、「おめでとう」と一斉に拍手。爽太と歩夢も立ち上がり、笑みを浮かべて手をたたいた。純も遅れて腰を上げ、みんなに続く。


「これからもっと忙しくなるから、みんなも協力よろしくお願いします。……おまえたちも、次は自分だくらいの気持ちでこれからも尽力するように」


 爽太と歩夢が返事をした。


「じゃあ、俺はデスクに戻るよ。レッスンが終わったらまた迎えに来るから」


 千晶に言い残し、熊沢はスタジオを出る。それを見送った千晶は、真っ先に純へ顔を向けた。目を合わせた純は、そらすことなく見つめ返している。


 千晶はただただ上機嫌。いつものような敵意も悪意も、こんがらがった黒い感情もない。目を合わせたことでさらに気をよくしたのか、自信満々に口角を上げ、ずんずんと近づいてくる。


「ほら見ろ」


 純の肩に手を置き、きらきらとした笑顔で言い放った。


「親兄弟の力がなくてもここまで来たぞ」


 瞬間、稽古場の空気が張り詰めた。


「だからおまえもがんばれ! 二世の劣等生から脱却するんだ」


 まるで上司のようにぽんぽんと肩をたたき続ける。


 二世の劣等生という純の評価は言わずもがな。


 まさか千晶の口から……とざわつきはするものの、それもそのとおりだと、徐々に納得する空気へ変わっていく。


「やっぱさ、いかにがんばってきたかで最終的に決まるんだよな。寝る間も惜しんで仕事のことを考えてるようなやつがセンターになって、ソロデビューもできるわけ。おまえさ、学校での勉強も、友達と遊ぶのも、家族との時間も犠牲にして、ダンスの練習したり台本覚えたりそれでも時間が足りねえって寝る間も惜しんで……。そんな生活、自分でできてると思う?」


 千晶と目を合わせている純はこのとき、千晶の未来が頭の中で構築され、映像として流れ始めていた。


「……そうだね。坂口くんは、事務所に大事にされて、これからも売れ続けるから、そういう生活が続いていくだろうね」


 どこか感情みのない言い方に、千晶の眉がピクリと動く。


「星乃さ、前から思ってたけど、参考にする相手間違ってない?」


「爽太のこと?」


 聞こえていた爽太は顔をしかめ、歩夢は戸惑いの表情で千晶を見る。


「おまえは知らないだろうけど、俺とセンター交代させられて端っこから()い上がれないようなやつなんだぞ。ああいうのを……独活(うど)大木(たいぼく)? 無用の長物(ちょうぶつ)、だっけ? そんな感じの言われ方するんだよな」


「それ、アイドルグループのセンターで、ソロデビューした人が言うセリフじゃないと思うんだけど」


 純の冷ややかな指摘に、千晶は目をぱちくりとさせる。しかしすぐにムッとした表情で不機嫌に返した。


「事実だろ!」


「だとしても、グループを辞めたわけじゃないのにメンバーを落とすような発言しないほうがいいよ」


「落としてねぇ!」


 純の顔に、千晶はびしっと指をさす。


「見てろ! 俺のほうが月子よりすごいって、思い知らせてやるから!」


 その言葉に、純は否定も肯定もしなかった。


 ダンスの講師がスタジオに入り、レッスンが始まる。意気揚々と準備する千晶を、爽太がにらみつけていた。




          †




 失望と嫌悪をこれでもかと浴びるダンスレッスンが、ようやく終わる。スタッフたちの大半が稽古場を出ていく中、純はスマホでダンスの振りを確認し始めた。


「純、練習、しようか」


 残っていた爽太が、ほほ笑みながら声をかける。


 レッスン前の出来事もあって、その声や表情には深い悲しみがにじんでいた。純に向いてるわけではない攻撃性も感じ取ったが、抑えようと必死に気張っている。


 純は何も聞かず、黙ってうなずいた。


 二人が残って自主練に励む一方、多忙の千晶とバーターの歩夢は、廊下で熊沢の到着を待つ。


「二人とも、お疲れさまです」


 やってきたのは田波だ。


「このあとは二人での撮影で、それが終われば竜胆さんはタクシーで帰宅、坂口さんは打ち合わせです」


 一緒に来るようエレベーターに手を向ける田波に、千晶が眉をひそめる。


「あの、熊沢さんは?」


 口角を上げる田波は、いつもと変わらぬ穏やかな口調で返した。


「それが、急用が入ってしまって、私が代わりに同行することに。……ああ、大丈夫です。スケジュールはちゃんと把握してますから」





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