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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
三年目
125/139

オフィス・サイド 2


 古橋はfresh(フレッシュ) gift(ギフト)のライブでなにが起きたか、一部始終説明し始めた。田波が疑問に思ったところを一つずつ答えていくものの、()に落ちないようだ。


 パソコン内にある部署の共有ファイルをのぞきながら、首をひねっていた。


「え~? なんで? どういうこと? そんなの全然見当たんないんだけど。こういうのは事務所全体で情報を共有するべきでしょ? なにやってんの熊沢主任は」


「す、すみません……」


 真剣な顔でとげとげしく言う田波に、古橋は現場にいた者として謝ることしかできなかった。


「たぶん、私が知らなかったってことは、他にも知らない人いると思うんだよね」


 田波はキーに手を添えるものの、文字を打つことなく頭を抱える。


「ほんと、何考えてんのあの人。タレントによって仕事の質変わりすぎじゃない? もー、どうしよう。私のほうからイノギフスタッフ全員に知らせるわけにもいかないし。もー。こんなことであの人と直接やりとりしたくないんだけど」


 額に手を当てて盛大にため息をつき、しぶしぶキーを打ち始めた。


「ここ最近ほんとうにおかしいよ。会長が現役の頃はこんなの土下座しても許されなかったってのに」


 申し訳ない気持ちを引きずる古橋も、自身の入力作業を進めていく。


 古橋が一区切りついても、田波はいまだに作業を続けていた。


「あ、田波さん、俺がすることって……」


「あー……大丈夫。特に今してほしいことはないかな」


「じゃあ僕、星乃のところに行ってきていいですか?」


 ノートパソコンを閉じて立ち上がる古橋に、田波は画面を見たままうなずいた。


「ああ、自主練に来てるんだっけ? いいよ、行っておいで。もしかしたらあとで私もようす見に行くかも。どんな子か気になるし」


 千晶、歩夢(あゆむ)(そら)といった、比較的売れているメンバーを担当することが多い田波は、めったに純とかかわらない。当然、言葉を交わしたことは一度もなかった。


「じゃあ、田波さんのこと、本人に伝えておきましょうか?」


「いや、わざわざ言わなくてもいいよ。自主練のときちょっとのぞければいいから」


 古橋はケースに入れたノートパソコンを抱え、「じゃあ、お先に」と背を向けた。そのとき、壁際に寄せられたスタッキングテーブルに目が留まる。


 そこにはレタートレーが並び、下に貼られた紙には名前が書かれていた。「イノギフ千晶」と書かれた紙のトレーには、はがきや封筒が重なり、零れ落ちそうになっている。テーブルの下に置かれた段ボールには、トレーにおさまらない量がこれでもかと入っていた。そのすべてがファンレターだ。


「あれ?」


 古橋はテーブルに近づいていく。目の前にあるトレーの張り紙には、「イノギフ純」の文字。千晶には劣るものの、そこにはちゃんと、ファンレターがいくつか入っている。


 目を丸くする古橋は、そのうちの一つを手に取った。持っている封筒を表、裏、とじっくり観察する。


 封が切られているのは、ファンクラブの運営スタッフによって、すでに内容が確認されているからだ。()()()()()()ファンレターだと証明されたものだけがここに運ばれ、タレント本人の手に渡される。


「やっと、来た……」


 古橋はこれまで、純のトレーを見たこともなければ、ファンレターを目にすることもなかった。


「田波さん、今いいですか?」


「なに?」


 顔を向ける田波に、持っていた封筒を振って見せる。


「これ、俺が星乃に持って行ってもいいですか?」


「あー……それねぇ」


 田波は苦笑しながら首を振る。


「やめといたほうがいいんじゃないかな。それ、熊沢主任の管轄だし」


「主任が渡すんですか?」


「……いや。そういうわけじゃないみたいだけど」


 言葉を濁す田波に、古橋は首をかしげる。


 田波はパソコンを閉じ、立ち上がった。古橋と一緒に、純のレタートレーを見下ろす。


「ここに来た星乃のファンレター、主任が処分してるんだって」


「え? なんで?」


「なんか、星乃が去年初めてファンレターを読もうとしたときにね。運営の人たちが分類を間違えてたみたいで、中身がすごい……非難ごうごうって感じだったんだって。まあ、グループの中でダンスに癖があるし、いろいろあった渡辺月子を目に見えてかばうようなことしてたし。そういう手紙が来てもおかしくはなかったんだけどさ。それ以来、星乃、ファンレターに手を付けないようになっちゃったんだって」


「でも、だからって処分って……」


「私もそう思うんだけど、読まないならとっとく必要ないって。……ほんと、容赦ないよね、熊沢主任」


 古橋は持っていた封筒の中から、便箋を取り出す。シンプルな便箋には、しっかりとした丁寧な文字が並んでいた。田波も古橋の手元に視線を落とす。


「星乃のことを思って書いてくれてるファンが、一番かわいそうよね。同じ人が定期的に送ってくれたり、するんだけどね」


 読み終えた古橋は、便箋を丁寧にたたみ、封筒にしまった。


「私のほうから渡してみようか提案したこともあるんだけど、断られちゃったんだよね」


「じゃあ、俺が、渡してきます」


「え?」


 田波が古橋を見れば、すでにジャケットの内ポケットにファンレターをしまいこんでいた。


「これを読まないで捨てるなんて、もったいないですから」


 田波の返事も聞かず、さっそうと部署を出ていく古橋。


「いや、ちょ、ちょっと待ちなさい!」


 田波は慌ててノートパソコンを取りに戻り、古橋の後を追った。

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