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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
三年目
120/139

うず巻く不快感 



 楽屋に戻った純は、無事に収録が終わったことにほっとしながら、制服にそでを通した。


 千晶への不快感はぬぐえない。しかし表立って文句も言えない。


 なぜなら、千晶は、純がその場にいたことを一言も話していないからだ。純が責めたところで逃げられる言い方にとどめている。それがなにより腹立たしく、歯がゆかった。


 帰り支度を済ませ、すみで待機していた古橋(ふるはし)のもとに向かう。古橋のとなりで壁を向き、リュックから取り出したマイボトルで水を飲んだ。悪意や負の感情を向けてこない古橋のそばは、居心地がいい。


 ほとんどのメンバーが着替え終わり、送迎の呼び出しを待つためテーブルに座っている。伊織がテーブルに腕をのせるようにして組み、純に視線を向けた。


 吊り上がった目は怖い印象を引き立たせ、口を開けば八重歯がのぞく。


「おまえさ、全然学ばないな。この世界のこと」


 純は振り向き、伊織と目を合わせた。熊沢ほどではないものの、うんざりした不快感とイラ立ち、焦燥感がこれでもかと伝わってくる。


「さっきの収録、空気読めなさ過ぎてめっちゃヒヤヒヤしたんだけど? なに、アンケートがほぼ白紙って。仕事ならやることやれよ。あんなの怠慢じゃん。いろんな人に気遣わせてんじゃねえよ」


「……すみません」


「おまえの言動一つでグループの印象も悪くなるし、ほかのメンバーにも示しがつかなくなるだろ。もっと頭使って動けよ。それができないんだったら、せめて真面目にやれよな。おまえの場合、俺たちだけじゃなく両親の印象まで下がるんだからさ」


 「両親」という言葉に、純は思わず眉をひそめた。持っていたマイボトルを握り締め、ほほ笑んで言い返す。


「そうですね。さっきは沢辺くんより目立ってしまったみたいで、すみませんでした。これからは沢辺くんよりおとなしくしておきますね」


 伊織のとなりに座っていた飛鳥が吹き出した。笑いをこらえるよう口元に握りこぶしを当てる。


 豆鉄砲を食らった顔をする伊織だったが、すぐにムッとした表情に変わった。飛鳥のようすを見た伊織はさらに顔をゆがませる。


「だからぁ、そういうとこだろ? 変に反抗するんじゃなくて反省するべきなの、おまえは! 自分が一番後輩だってことわかってる? 正直言っておまえの評判めちゃくちゃ悪いよ? グループの足並みそろえないででしゃばってさぁ」


 純は、決して伊織から目をそらさなかった。その言葉ににじむ感情から、伊織の本心を読み取っていく。


「今日みたいに親の名前ぽんぽん出すのも、自分でパパとママの評判下げてるようなもんだからな? おまえの両親がかわいそうだわ、こんな考えなしの息子でさ。若木さんだってそりゃ恵さんの名前出されたら突っ込まざるを得ないじゃん。そこ、はき違えてんじゃねえぞ」


 マイボトルをつぶさんほどに握り締める純の狐目が、獣のように吊り上がる。


(名前を出したのは、俺じゃないのに)


 楽屋の空気がどんどん悪くなっていく中、古橋も声を上げることはできない。誰も、伊織を止めず、かといって同調するわけでもなかった。


 純は深く息をつき、自身の中で湧き上がる嫌な感情を押し込める。いつもどおりの表情に戻し、静かに返した。


「わかりました。とりあえず、これからは空気を読んで出しゃばんないようにします。俺からは、絶対に親の話題も出さないようにします」


 伊織の目をじっと見つめ、ほほ笑む。容赦なく、伊織が一番触れてほしくない部分に突き立てた。


「そういえば、今日の沢辺くんと若木さんのやり取り、クソつまんなかったですね。あそこたぶん使われませんよ。それって空気読む以前の問題だと思いますけど……俺、そこに合わせなきゃダメですか?」


「おまえ……っ!」


 テーブルをたたく伊織を遮るのは、飛鳥の笑い声だ。


「あははっ……もう無理!」


「谷本……!」


「いや、しんどい! だって純くんは悪くないもん! 純くんもさぁ、こいつ、今日うまくいかなかったの八つ当たりしたいだけだから、相手にすんなよ!」


 純の言葉を思い出しては、我慢できないとばかりに飛鳥は笑いを響かせる。おかげで、冷え固まった空気は徐々に和らいでいった。


 そんな中、伊織の正面に座る千晶が、伊織と飛鳥を冷めた目で見すえていた。 




          †




 帰っていくメンバーとは別に、千晶と歩夢だけが局に残る。出演が決まった番組の打ち合わせを済ませ、ようやく帰路についた。


 暗くなった空の下、都心を進む送迎車の中で、千晶の声が響く。


「やっぱり甘えてると思うんだよね。この状況に」


 後部座席に座る千晶のとなりで、歩夢がかわいらしい目をぱちくりとさせた。


「なんの話?」


「仕事の話だよ」


 顔をゆがませる千晶はぐちぐちと続ける。


「みんな全然プロ意識ないよね。与えられた仕事をただ言われたとおりにこなしてるだけ。いっちょ前に先輩ヅラして偉そうなこと言う割には、なんの結果も残せてない」


「そう、かなぁ?」


「ほんと、仕事なめてるよ。バラエティに出るんだからトークの一つや二つ練っておくもんだろ。スタッフと打ち合わせだってやってるんだからさ。アンケート埋めたんなら星乃よりうまくできるはずだろ、若木さん相手に舞い上がりやがって。あれでよくデビューできたよね、マジで」


 千晶は窓に頭をつけて寄りかかり、流れていく外の景色を眺めはじめた。


「星乃にいたっては親の力に頼ればなんとかなると思ってる。優しい親の元でのうのうと暮らしてきた世間知らず。アイドルとして売れたいなら、学校に通う時間すら惜しいって思うもんだろ。学業優先とかなにそれって感じ。だから空気も読めないし要領も悪いんだろうな」


「あー……うん……」


「みんな、俺の邪魔しかしない。俺はもっと上に行きたいのについてこようともしない。個人としてもグループとしてもやるならトップを目指すべきなのに。そのへんにいるような芸能人で終わっていいわけ? 長いことレッスン生の卒業を待ったんだ。俺はもう、あの頃には戻りたくないけどね」


 それまで千晶を見ていた歩夢は、顔を伏せた。その変化に気づかない千晶はいまだに続けている。


「一度デビューできたのに、レッスン生以下の立場に落ちるってめちゃくちゃ屈辱だよ。そんなの味わいたくない。そう思えばこそ絶対に上にのし上がらなきゃって、みんな思わないのかな? ファンだって、それを望んでるはずなのに。……なんか、俺ばっかりがんばってるじゃん、ほんと、腹が立つ」


「……夏休みに入ったらライブが続くから、()()()()()()()、がんばれたらいいよね、千晶」


 歩夢が精いっぱい考えてしぼりだした言葉に、千晶は盛大なため息で返した。


「みんなはともかく、せめて星乃が足引っ張んなきゃいいけど。最低限のこともできないんだもんな~」


 二人の会話は当然、運転している田波(たなみ)にも聞こえている。しかし反応を示すことなく、運転に集中していた。





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