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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
三年目
119/139

遅れてきた劣等生 2


「……はいはい、出たよ、星乃純。純が書いたアンケート」


 手元にある資料を見て半笑いの若木は、となりに座っている純に顔を向けた。


「おまえさ、趣味なし特技なし、特筆事項なしってなに?」


 純の解答用紙を振って見せる若木に、スタッフたちが失笑を漏らす。


「ほんとうにないからないって書いてるんですけど」


「そこをひねり出すんだよ! 仕事しろちゃんと! なんかあるだろ、特技くらい! 趣味でもいい。しいて言うならなんだ?」


「あー……人間観察?」


「うん、これは本当にないやつだな。……ごめん」


 純のトーンに合わせて暗く返す若木に、先ほどより笑い声があがった。


「まあ、でも、確かに。趣味っつったってな。今は勉強で忙しいか」


「そうですね。勉強以外で一つくらい夢中になれるものがあればいいんですけどね」


「誰かなんか教えてやれよ。こいつたぶん休みの日も家で引きこもってるぜ?」


 メンバーたちは誰が発言しようかと顔を見合わせている。その時間ですら、若木相手には惜しい。


「え? 仲悪い?」


 メンバーが立ち上がって否定する中、座ったままの純が返した。


「それこそ爽太が多趣味なので、ちょっとうらやましいなと思ってるんですけど」


 純の二つどなりに座る爽太が、「え?」と目を見開く。


 若木が眉をひそめ、資料をめくった。


「あ、そうなの? なんか、釣りと楽器って書いてあるけど」


「こないだ肉厚☆パンチのライブ行ったらしいです」


「肉厚☆パンチぃ?」


 大げさに驚いてみせる若木に対し、爽太はあいかわらず目をぱちくりとさせたままだ。


「爽太がぁ? え? 好きなの?」


 肉厚☆パンチは、日本のメタルロックを代表するバンドだ。国内外問わず有名なロックフェスの常連で、海外ファンも多い。


 若木に振られた爽太は、ぎこちなくうなずいた。


「あ、はい、好きです」


「あの、むさくるしいライブ言ったの? 肉厚☆パンチのライブってあれ、観客の圧もすげえんだぜ? ちゃんと合いの手やらなきゃぼこぼこにされんだから」


「そんなことはないです!」


 全力で否定する爽太に、再び笑いが起こる。


「ちょっと信じらんないな、こん中じゃ一番しっかりしてそうなおまえが……」


 バラエティのノリの中、爽太は必死に頭を回転しながら返した。


「しっかりしてますよ。ほかのお客さんと同じようにちゃんと肉厚☆パンT着て行きましたから」


「ふふ、肉厚☆パンT……。Tシャツね。じゃあライブでみんなと一緒にヘドバンするんだ?」


「します」


「おまえがぁ?」


「はい。カルビ! ロース! サーロイン! 霜おぉ! っつって」


 本格的なデスボイスを出しながら軽く頭を揺らす爽太に、若木が「こっわ」と漏らす。


「ほかにもそういうバンドの曲って聞くの?」


「そうですね、ハードロックとか結構好きなので。最近のロックバンドで言えば……オレンジウォールとかUSGAとか……」


「俺たちの世代で言う3Bみたいな感じ?」


「いや3Bはどっちかっていうとポップスじゃないですか。3Bと同じ世代だったら」


「いや、なんで伝わんだよ! だいぶマイナーだったぞ、今の。俺以外ピンと来てないって!」


 トークのラリーがしばらく続いている。


 自分のパスがうまくいったと、純はとりあえず一安心だ。


 MCが同じ事務所というのもあって、どんなに小さいエピソードでも雑に扱われることはない。むしろ変わったエピソードはここぞとばかりに盛り上げてくれる。


 スタッフの笑いを何度も起こした爽太とのトークは、一区切りついた。


 若木は、純と爽太のあいだに座る千晶に目をやる。


「千晶はガチで忙しいよな。最近いろんなとこで見るもん。おまえ遊べてんのか?」


「いや、ないですねぇ。趣味とかも特にないし……」


「ああ、そう?」


 若木がADのカンペを見て、手元の資料を確認する。


「なんか。仕事終わりに大先輩から優しくしてもらったんだって?」


 その口調と、千晶から一瞬向けられた視線に、純の全身がぞくりと震えた。


「あ、そうなんですよ! こないだ仕事帰りに恵さんに会って、送ってもらったんです!」


「ええ? 恵さん?」


 胸元を突き刺される衝動が、純を襲う。


「もう夜遅かったんですけど、事務所でタクシー待ってたら、たまたま恵さんと合流して」


「送ってもらったの?」


「はい、家まで。そのあとラジオの収録に行かれるみたいでしたけど」


「優しいもんな、恵さん」


「でも、ちょっと、気まずかったです。なに話していいかわかんなくて」


「坂口にとっては大先輩だもんな~」


 照れたように笑う千晶から、和やかな空気が広がっていた。


「……おい、純。顔が怖い。顔」


 目を伏せていた純は、思い出したように笑みを浮かべ、若木を見る。


「なに? おまえ知らなかったのか」


 胸のざわつきが、止まらない。それでも、この場で千晶を責めるようなことは言えなかった。


「……いや、知らないです。全然、聞いてない、はじめて聞きました」


「ああ、そう? そういう話しないの?」


「しない、ですね。なかなか会う機会ないんで」


「あ、そっか。お互い仕事あるからな」


 トークが落ち着いたころ、ADが指示を出し、若木が改めてinnocence(イノセンス) gift(ギフト)に話題を振る。全員でドーム公演の宣伝を行い、最後に若木が一言締めて、番組収録は終了した。


「お疲れさま~」


「お疲れさまでした」


 現場の緊張感は一気に緩くなり、スタッフたちの動き回る音や話し声が響くようになる。


 セットのイスから腰を上げる若木に続き、innocence(イノセンス) gift(ギフト)も立ち上がってひな壇を降りた。


「いや~ごめんな。ほんとはもっと、前に出させていろいろさせたかったんだけどさ~」


 からかう笑みで声をかける若木に、メンバーたちは礼を言いながら頭を下げる。


 若木の一番そばに座っていた純も、控えめに笑って会釈した。その純の肩に、若木が腕を回す。その顔には笑みが消えており、純の肩をぽんぽんとたたいた。


「おまえさぁ、楽しい? この仕事」


 意味深な、圧のある声だった。


 収録前の熊沢とのやり取りや、提出されたアンケート内容で、いろいろ思うところがあるようだ。


 怪訝(けげん)や怒りの感情は漂ってこない。同情や心配が強かった。――先日会った、父親の(青寺)マネージャーと同じだ。


 返事のない純に、若木はため息をつく。


「ま、俺がどうこう言える立場じゃないけどな」


 もう一度肩をぽんとたたいて、体を離した。再びメンバー全員に笑顔を向け、手をあげる。


「じゃ、お疲れ。寄り道して遊んで帰れよ、おまえら」


 スタッフに先導される若木は、自身の楽屋にさっさと戻っていった。

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