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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
三年目
117/139

メイキングのメイキング 2




          †




 ふっと息をついているときや食事中、寝ているときにまで、innocence(イノセンス) gift(ギフト)の星乃純ではいられない。メイキングで神経を張り巡らせるくらいなら、本番の集中に余力を残していたかった。


 控室を出て、中で繰り広げられる会話を耳で拾いながら立ち去る。廊下で食べようにもスタッフの目があり、気まずい。トイレで食べるのは最終手段だ。できれば避けたい。


 ふと、何も書かれていないドアを見つける。中を(のぞ)けるようなガラスもなく、ドアノブがついているだけだ。その向こうで、人の気配はしなかった。


 ドアノブに手を伸ばし、力をこめながら押してみる。生ぬるい空気がむわりと肌をなめてきた。


 そこは、普段利用される階段とは別の、非常階段だ。中にあるスイッチを押して電気をつければ、蛍光灯の青みがかった光が冷たく照らす。


 直感的にここだと悟った純は中に入り、ドアを閉めた。踊り場で聞き耳を立てても、足音は一切聞こえない。純はいい場所を見つけたと、心を跳ねさせていた。


 上に向かう階段の一段目に腰を落とす。膝に弁当をのせ、割り箸を割り、ご飯を多くよそって大口を開けた。


 口に入れようとした瞬間、外から走ってくる足音が聞こえてくる。それはだんだんと大きくなり、やがて、分厚い扉が音を立てて開いた。


「おい! メイキング出ろよ! 撮影中だろ!」


 独特な甘い声が、非常階段に響き渡る。


 千晶だった。中に入り、ドアを閉めると、しかめ面で純を見る。


 純はとりあえず、箸でよそったご飯を口に入れた。


「おい! 聞いてんのか! みんなカメラで映されてんだけど! おまえだけだぞ!」


「坂口くんだって出てないだろ」


 わかりやすく体を揺らす千晶だったが、さらに言い返す。


「おれはいいんだよ! おまえがやれ! ああいうのは出てなんぼだろ、アイドルだったら」


 純は、千晶の手が同じ弁当を握っていることに気づいた。


 咀嚼(そしゃく)したものを飲み込み、短く息をついて、弁当のふたをしめる。


「……グループなんだから」


 千晶のつぶやきに。手を止めた。


「みんなで一緒に売れなきゃ、意味ないだろ」


 その一言だけで、入り乱れた感情と思考が、耳から入り込んでくる。同情すべき点もあれば、理解できない点もある。その結果、この子とは理解しあえないのだと悟る。


 腰をあげ、弁当を持ちながら階段をのぼり始めた。


「おい、どこ行くんだ!」


 再び響き渡る千晶の声に、足を止めた。


「坂口くんも一人で食べたいんだと思って」


 振り返れば、階段の下から見上げる形で指をさされている。


「おまえ、そういうのよくないぞ! 嫌だからってすぐ逃げるその姿勢が! そんなに俺たちとかかわるのが嫌なら、最初から……」


 口を閉じ、指を下ろす。その続きを、言うことはなかった。


「とにかく! 戻って来い! 食うならここで食え! 俺もここで食う!」


「いや、いいよ。俺、別のところで食べるし」


「なんだその態度! おれのほうが先輩だぞ! 先輩命令だぞ!」


 これ以上関係がこじれてもいいことはない。純はしぶしぶ戻ることにした。


 結局、階段の一段目に並んで座り、一緒に食べ始める。はたから見れば仲良しだと思われるほど距離が近い。しかし純は、居心地が悪くて仕方なかった。千晶と近ければ近いほど、漂う感情や思考に全身を覆われそうになるからだ。


 とりあえず食事に集中し、千晶に意識を持っていかれないようにしていた。


「おまえはすぐふらふらするからな。俺が見張ってやらないと」


 逃げもできず、一緒にいるのも息苦しい。かといって、控室に戻ればメイキング撮影が待っている。


「……おまえ、月子と付き合ってんの?」


 箸を持つ純の手が、止まる。


 咀嚼(そしゃく)しながら千晶を見れば、弁当に視線を落として食べ進めていた。あえて、純を見ないようにしている。


「付き合ってない」


「ウソつくなよ」


「ついてない。そういうのは俺じゃなくて月子ちゃんに聞いたら?」


 今度は千晶の手が止まる。純は食べるのを再開した。


 小ばかにする千晶の声が、耳に入ってくる。


「別にどっちでもいいけど。付き合ってるなら付き合ってるでうまく隠せば? 撮られんのが一番迷惑なんだから」


 純は食べ進め、返事をしない。なんと返そうが無駄だ。


 苦手意識を丸出しにしている純も純だが、千晶は千晶で純の話を聞くつもりは一切ないのだから。


「それに、ああいうのもさ~、よくないと思わねえ?」


 その口調に、意地の悪さがじわじわとにじみ出ている。


「いい年して一人で帰れないとか、大丈夫? ああいうところで親のコネがどうとか言われるんじゃねえの? あの場にいたのが俺だからよかったけどさ~。そんなに一緒にいると思われたくないならもっと気を付けないと」


 千晶はこれ見よがしに先輩風を吹かせ、優越感を漂わせていた。


「熊沢が言うことも一理あるっていうか。二世なら二世なりにそういうとこ気にしなきゃダメじゃね?」


 返事をせず弁当を食べ進める純に、千晶は顔をしかめる。それ以降、純が千晶を見ることも、話すこともなかった。


 一言も交わさない中、千晶が先に完食する。先に立ち去るよう願う純だったが、律義に純が食べ終わるのを待っていた。




          †




 控室に戻ってきた二人を、熊沢が出迎えた。


「よかったな。間に合って。そろそろ撮影再開だぞ」


 薄い笑みを浮かべ、純に目を向ける。


「浜崎が探してたぞ。休憩中に撮影したいからって星乃のこと。残念だったな、間に合わなかったみたいで」


 純は返事をせず、じっと熊沢を見返していた。


「まあ、メイキングでおまえを望んでるやつは、いないだろうけど」


 熊沢は、純のとなりにいた千晶に視線を移す。上がっていた口角はさらに上がり、その雰囲気はやわらかくなった。


「千晶までどこに行ってたんだ? おまえこそこういうのにでなきゃ、だろ?」


「……すみません」


 それらしく謝った千晶を一瞥(いちべつ)した純は、その場を離れ、カラの弁当箱をごみ袋に入れた。

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